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ハロ「ハロハロゲンキ」 ヅダ「ヅダ。ヅダヅダ」 サク「サクサクサク」 アッガイ「モキュー」 ホルバイン「ありがとう」 ザコ「ここからは翻訳機を掛けるザコ」 ハロ「背中、流すハロ」 ヅダ「湯舟は軽く自爆して温めるヅダ」 サク「サクサク。擦るのは僕に任せて」 アッガイ「モキュー。僕は岩風呂の変わりが出来るよ」 ホルバイン「ありがとう」 - - - - - ホルバイン「アッガイ…大丈夫だったか?セレーネの奴に…」 アッガイ「モキュ……目が血走ってて怖かったモキュ」 ハロ「ハロハロ。あのお姉さんは本当に怖いハロ」 サク「何機か捕まって帰って来ないサク……」 ホルバイン「そうだな…だが、あいつはまだ良い。料理に使おうとしていたフシがあるからな……」 ヅダ「食べられるのは堪らないダ!」 ホルバイン「そりゃそうだ。だが、世の中には虐める為だけに拾う奴もいる」 ハロ「ハロハロ…ハロのお兄さんも捕まって……ハロハロ…」 ホルバイン「……だから、俺やアカハナさん、ドズル閣下がお前達を護る為の施設を作った…」 アッガイ「それを聞いた時は本当に嬉しかったモキュ」 ホルバイン「本当は捨てないのが一番なんだが…人ってのは愚かなものだ。そして、助けられる野良達も限りがある……」 サク「でも、シャア総帥も何かしようとしてるらしいサク」 ホルバイン「それ、だ。例え、偽善と言われようと…自己満足と言われようと……」 ヅダ「マスター……」 ホルバイン「そういう事をやり続ける事で、シャア総帥のような事をする人が出てくるかもしれない……俺はそれに賭けている」 アッガイ「もし、そうなったら嬉しいモキュ…」 ホルバイン「ふっ。先はまだまだ長いがな……さて、次はお前達を洗う番だ……」 ザコ「翻訳機の電源が切れたので、ここまでザコ」
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俺とルーデルの短編集 ここは俺とルーデルをいちゃいちゃさせたりする短編集です。付き合ってたり、付き合っていなかったりと結構バラバラですが、楽しんでいただけると嬉しいです。 その1 煙草 その2 菓子 その3 肉じゃが その4 買出し その5 仮眠 その6 飛行服 その7 焼き芋 その8 トリックオアトリート その9 酒 その10 出会い その11 クリスマス その12 風邪 その13 寒いときは・・・ その14 雪 第15話 髪題名間違えた・・・ その16 節分 今回は珍しく台詞のみ その17 バレンタイン その18 膝枕 その19 風呂 スツーカ中隊スオムスへ その1/その2/その3 テスト -- 作者 (2011-12-13 00 09 16) 地の文の使い方がうまいな。久しぶりに悶えたよ、パーフェクトだ。 -- 名無しさん (2011-12-13 00 39 43) まさかルーデルさんをこんなに可愛いと思う日が来るとは…作者ぐっじょぶと言わざるを得ないな! -- 名無しさん (2011-12-13 00 59 58) ルーデル閣下が可愛すぎてつらいwww -- 名無しさん (2011-12-14 14 49 58) 素晴らしい!素晴らしいです! -- 名無しさん (2012-01-15 19 28 07) 素晴らしいです -- 名無しさん (2012-02-03 16 38 59) そういえば、整備士の士が師になっているのは仕様? -- 名無しさん (2012-02-14 01 06 15) ↑仕様です。最初は士でもいいかと思ったんですが、個人的に師のほうが気に入っているからです。 -- 作者 (2012-02-14 01 29 41) ルーデルさんの魅力が天元突破。整備師俺うらやまけしからん! -- 名無しさん (2012-03-13 07 23 07) 今までルーデルさんをこんなに可愛いとは思わなかったぜ。あれ、壁がない。 -- 名無しさん (2012-03-14 23 33 45) こんな可愛いルーデルさんを見れるとは -- 黄色の15 (2014-05-29 19 06 32) 第九話で壁が消えた -- 名無しさん (2014-07-28 20 59 51) 名前 コメント 本日ルーデルがデレた回数 - 回 昨日ルーデルがデレた回数 - 回 今までルーデルがデレた回数 - 回
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その日、俺は誤ちを犯した。 「みくる。夏のせいだ。そうだ。夏が全て悪い」 偶然着替えを見てしまった俺は、みくるを産まれたままの姿にしていた。 「はうはう、こんな事をしたらハルヒさんが」 唇を優しくふさぐ。指先タッチ感覚。 そして、俺は燃えた。燃え上がった。世界は溶解し、俺の前に征服され、一人の女を支配した俺に不可能はなく、万能感が、俺に自身を神と告げていた。 ガチャ。部室の扉が開いた。 「ちょっと何してるのよ、キョン!」 驚愕というのを絵に描いたような表情でハルヒが俺を見ていた。 そして、その目に涙が盛り上がってくる。 「待ってくれ。違うんだ、ハルヒ」 俺は手を上げてそう言っていた。 「何が違うのよ、キョン。もういや、皆いやーーーーーーー」 そして、ハルヒの記憶から俺達は消えた。 入学式まで時間は戻り、俺の後ろには普通の女。 更に、古泉が調べてところではハルヒは坂の下の進学校に行ったのだという。 俺は、愕然として入学式を迎えていた。 あの時をまたやり直せたら、夏の妖精の誘惑すら振り切ったのに。 翌日、目を覚ました俺は、重い気持ちで、着替え、朝食を終え、そして、ダッシュしていた。 遅刻だ。このままでは完全に遅刻だ。 そして、学校に向かう、最後の角を曲がった瞬間。 背後から女生徒に激突していた。 かばんが開きモノが散乱する。 その女生徒が顔を上げる。黄色いカチューシャをした凄い美人がそこにはいた。 「ちょっとあなた。前に会った事がある」 もし、ハルヒに再び出会えるのなら。 そんな偶然を神が起こしてくれたのなら。 もう間違わない。 もう道を間違えはしない! 「ああ、会ったさ。三年前に、俺はジョン・スミスだ」 俺はハルヒを抱きしめてそう言っていた。 まわりの遅刻気味の生徒の視線も気にしなった。 もし、再び、やりなおせるのなら。 「今度は浮気したらダメだからね」 ハルヒが怒った目をしてそう俺を睨んだ。 判っていたのかハルヒ。お前もやり直したかったのだな。 あの日、あの時をやり直せるのなら! 通学路の脇にあるラブ・ホテルが俺達を誘っていた。 もう俺達の愛を阻むものは何もなかった。 そう、夏の妖精ですらも。 二人のラブストーリーはまだ始まったばかりだ・・・・・・。 涼宮ハルヒの再 会 完 灼熱の夏再び、みくる・マイ・ラブ~二度めの誤ち~につづく
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「今日はこれで終わり! みんな解散よ!」 窓から入ってくる夕焼けに染められたわけではないだろうが、ハルヒの黄色く元気の良い声が部室内に轟く。 この一言で、今日も変わったこともなく、俺は古泉とボードゲームに興じ、朝比奈さんはメイドコスプレで居眠り、 長門は部屋の隅で考える人読書バージョン状態を貫き、年中無休のSOS団の一日が終わった。 正直ここ最近は平凡すぎる日常で拍子抜け以上に退屈感すら感じてしまっているのだが、まあ実際に事件が起これば 二度とご免だと思うことは確実であるからして、とりあえずこの凡庸な今日という一日の終了に感謝しておくべき事だろう。 俺たちは着替えをするからと朝比奈さんを残しつつ、ハルヒを先頭に部室から出ていく。どのみち、朝比奈さんとは 昇降口で合流し、SOS団で赤く染まったハイキング下校をするけどな。 下駄箱に向かう間、ハルヒは何やら熱心に長門に向かって語りかけている。 それをこちらに注意を向けていないと判断したのか、古泉が鼻息をぶつけるぐらいに顔を急接近させ、 「いやあ、今日も平穏無事に終わりましたね。こうも何もないと返って不安になるほどですよ。 まだまだあの神人狩りに明け暮れていたときのくせが抜けていないようでして」 「ないことに越したことはないね。犬が妙な病気になったことを相談されたりされるぐらいならちょうど良い暇つぶしにはなるが、 事と次第によってはとんでもない大事件の場合もあるからな」 俺は古泉と数歩距離を取りつつ返す。古泉はくくっと苦笑を浮かべると、 「何かが起こった方が楽しい。だけど、その影響範囲を含めた規模や自分にとって利益不利益どちらになるかわからないなら、 いっそどちらとも起きない方が良いというわけですか。実にあなたらしい考え方と思いますよ。 恐らく涼宮さんとは正反対の思考パターンですが」 「あいつの場合は、自分にとって楽しいことだけ起こればいいと思っているんだろ。世の中そんなに甘くはねぇよ。 ま、命を狙われたり世界を改変されて孤立したりしたことがないんだから、当然っちゃ当然だな」 大抵、人間ってモノはどこかで何かが起こることを期待しているもんだ。俺だって昔は宇宙人とか未来人とか超能力者が いてくれればいいなぁとか、映画並みのスペクタクルが起きたりしないかと思っていたしな。 ただ、実際に目の前でそんなことが起これば考え方も変わる。少なくとも、もう俺はタヒチのリゾートにあるような 透明度の高い純真な期待感なんて持たないだろう。 そんな俺に古泉はさらに苦笑いして、 「おや、ひょっとして今まで多くのことを経験しすぎて、一生分のインパクトを消化してしまったんですか? 前途ある十代の若者にあるまじき枯れっぷりな考え方ですよ」 うるせえな。一度ヒマラヤの頂上に届きかねないびっくり仰天事やマリアナ海溝以上に深いどん底に突き落とされる 経験しちまうと、何だかんだで海抜ゼロメートルプラスマイナス数百程度が一番いいと思い知らされただけだ。 そんな話をしている間にようやく下駄箱に到着だ。ハルヒの長門に対する語りかけは、もうヒトラーの演説、 テンション最高潮時な演説と化している。もっとも当の長門は相づちを打つように数ミリだけ頭を上下させるだけなんだが。 しかし、そんな自分に酔っているような話し方をしながらも、ハルヒはちゃっちゃと下駄箱から靴を取り出し 下校の準備を進める。全く口と身体が独立して稼働しているんじゃないか? もう一つの脳はどこにある。やっぱりあそこか。 「遅れちゃってごめんなさい」 背後から可憐ボイスが背中にぶつかる。振り返れば、いそいそと北高セーラ服に着替えた朝比奈さんが小走りに現れた。 背後にある窓から夕日が入り、おおなんと神々しいお姿よ。 俺がそんな神秘的情景を教会で奇跡がおきるのを目撃した神父の如く感涙して(していないが)いたところへ、 「ほらっキョン! なにぼーっとしてんのよ! とっとと靴履いて帰るわよ!」 いつの間にやら演説を停止したハルヒ団長様からの声で、幻想的光景から強引に引きずり出された。 全くもうちょっと堪能させてくれよな。まあ、当の朝比奈さんもとっとと俺を追い越して、靴をはき始めているから俺も続くかね。 そんなわけで俺は自分の下駄箱を開けて―― 「…………」 すぐに気がついた。俺の靴の上に一枚の紙切れ――手紙じゃない。本当にただの一枚紙である――があることに。 朝比奈さん(大)の仕業か? またいつもの指令書か…… しかし、違うことにすぐ気がつく。朝比奈さん(大)はもっとファンシーで可愛らしくいい臭いがしそうな封筒入りを使うが、 今ここにあるのはぴらぴらの紙一枚。こんな無愛想なもので送りつけるような人じゃない。それに書いてある内容が 『あと30分以内に●●町の公園に来なさい。一人で』 とまあ何とも一方的な内容である。しかも命令口調。まるでハルヒからの電話連絡みたいだ。 ふと、これはハルヒが書いて何か俺に対してイタズラでもしようとしているのでは?と思ったが、 「なーにやってんのよ! さっさとしなさい!」 当のハルヒは俺につばを飛ばして急かしてきている。大体、こんな手紙なんていう回りくどい手段をあいつがとるはずもなく、 誰もいなくなったところで俺のネクタイ引っ張って行きたいところに走り出すだろうな。 じゃあ、これはなんだ? ラブレターの可能性は否定できないのも事実。せっかくだから行ってみるのも悪くないか。 時計を確認する。ここから指定された場所まではゆっくり歩いて30分もかからない。帰りに道に寄ってみるかね。 俺は他の団員に見つからないように、その紙をポケットにねじ込んだ。 ◇◇◇◇ さて、下校途中に他の連中と別れた俺は、とっとと目的の公園に向かう。初めて行く場所だったので、 その辺りにあった看板の地図を見ながら向かった。 が。 「……全く」 おれは嘆息する。さっきから背後をハルヒたちが付けてきているからだ。どうやら、あの紙をもらってからの俺の挙動が 不審だとハルヒレーダーが捕らえていたらしい。相変わらずの動物並みの嗅覚だよ。 しかし、別に俺はやましいことをしているわけでもないんだから、このまま放っておいてもいいか。 俺はそう割り切ると、俺は背後のストーカー集団を無視して目的地に向かった。 ◇◇◇◇ 俺はようやく目的地にたどり着いた。時計を見ると、あの紙切れを読んでから20分程度。指定された時間には間に合っている。 平日夕方でぼちぼち日が落ちつつあるためか、指定された公園には人一人おらず、閑散とした静けさに覆われていた。 どこからともなく流れてくる夕飯の香りが俺の空腹感を刺激する。 ふと、背後を突けていた連中がいなくなっていることに気が付いた。なんだ? 捲いたつもりはなかったから、 途中でハルヒが尾行に飽きたのか? 俺はそんなことを考えながら、あの紙切れをポケットから取り出して―― この時、初めて俺はここに何の警戒心も持たずのうのうとやってきてしまったことを後悔した。見れば、その紙の文面が 『付けていた連中はいないわよ。邪魔だったから追っ払っておいたわ』 そう変わっていた――ちょっと待て。この紙はずっと俺のポケットに入ったままになっていたはずだ。 それを書き換えるなんていう芸当ができるのはごくごく限られた特殊能力を持つものしかあり得ない。 つまり、俺を呼び出した奴は一般人ではなく、宇宙人・未来人・超能力者――あるいはそれに類する奴って事だ。 ちっ。これで呼び出したのが朝倉みたいな奴だったら、洒落にならんぞ。 すぐに携帯電話を取り出し、とりあえず古泉に―― しかし、時すでに遅し。俺の周りの景色が突然色反転を起こしたかのようになり、次第にぐるぐると回転を始める。 やがて、俺の意識も落下するように闇に落ちていった…… ◇◇◇◇ 「いて!」 唐突に叩きつけられた感触に、俺は苦痛の悲鳴を上げた。まるで背中から落ちたような痛みが全身に走り、 神経を伝って身体を振るわせる。 そんな中でも、俺は必死に状況を探ろうと密着している地面を手でさすった。切れ目のようなものが規則的に感じられ、 コンクリートや鉄ではなくそれが木でできている感触が伝わってくる。 ようやく通り過ぎた痛みの嵐に合わせて、俺は閉じたままだった目をゆっくりと開けた。まず一面に広がる教室の床が 視界を覆う。同時についさっきまで俺に浴びせられていた夕日の灯火が全くなくなっていることに気が付いた。 俺を月明かりでもない何かの弱い光を包み込んでいる。その光のせいか、俺のいる部屋の中は灰色に変色させられ―― 気が付いた。この色合い、以前に見たことがある。あのハルヒが作り出す閉鎖空間と同じものだ。 俺は痛みも忘れ、飛び上がるように立ち上がり、辺りを見回した。 出入り口・黒板・窓の位置。俺がいるのは文芸部室――SOS団の根城と同じ構成の狭い部屋だった。 ただし、ハルヒの持ち込んだ大量のものは一つとして存在せず、空き部屋の状態だった。ただ一つ、見慣れた団長席と同じように 窓の前に置かれた一つの机と、その上に背中を向けてあぐらをかいて座っている一人の人間を除いて。 「……誰だ?」 自分のでも驚くほど落ち着いた声でその人物に語りかける。窓から見える景色は、薄暗い闇に包まれた灰色の世界だった。 やはりここは閉鎖空間なのか? しかし、誰だと語りかけた割には、俺はその机の上に座っている人物に見覚えがあった。いや、そんな曖昧な表現ではダメか。 北高のセーラ服に身を包み、肩に掛かる程度の髪の長さ、そして、あのトレードマークとも入れるリボンつきのカチューシャ。 該当する人間はたった一人しかいない。 こちらの呼びかけに完全に無視したそいつに、俺は再度声をかける。 「俺を呼び出したのはお前なのか? ここはどこだ?」 「黙りなさい」 ドスのきいた声。しかし、殺気に満ちたそれでも、俺はその声を知っていた。 ………… ………… ………… 長らく続く沈黙。俺はどう動くべきか脳細胞をフル回転させていたが、さきに目の前の女がそれを打ち破った。 「――よしっ!」 そう彼女は威勢のいい声を放つと、机から身軽に飛び降りてこちらをやってきた。そして、問答無用と言わんばかりに 俺のネクタイをつかむと、 「成功したわ。奴らにも気が付かれていない。今回はちょっと難易度が高かったから、失敗するかもと思っていたけど、 案外簡単にいったわね。そういうわけで協力してもらうわよ」 おいちょっと待て。なにがそういうわけだ。その言葉には前後のつながりがなさすぎるぞ。 「そんなことはどうでもいいのよ。あんたはあたしの質問に答えれば良いだけ。簡単でしょ?」 「状況どころか、自分が一体全体どこにいるのかもわからんってのに、冷静な反応なんてできるわけねぇだろうが」 ぎりぎりとネクタイを締め上げてくるそいつに、俺は抗議の声を上げた。 だが、この時点で俺は確信を持った。今むちゃくちゃな態度で俺に接してきている人物。容姿・声・性格全て合わせて、 完全無欠に涼宮ハルヒだった。ああ、こんな奴は世界中探してもこいつ以外一人もいないだろうから、 そっくりさんということはないだろう。 俺の目の前にいるハルヒは、すっとネクタイから手を離すと、腰に手を当てふんぞり返って、 「全く情けないわね。少しは骨があるかと思っていたけど、どっからどうみてもただの一般人じゃない」 「当たり前だ。今までそれは嫌というほど見せつけてきただろ」 俺の返した言葉に、ハルヒはふんと顔を背けると、 「あんたとは今日初めて合ったんだから、そんなことわかるわけないでしょ」 あのな、初対面の人間に一方的に問いつめるのはどうかと――ちょっと待て。なんだそりゃ、俺の記憶が正しければ、 お前とはかれこれ一年以上の付き合いになるはずなんだが。しかも、クラス替えまでしてもしっかりと俺の後ろの席に 座り続けているじゃないか。 「それはあんたの所のあたし。あたしはあんたなんて知らないし、こないだ平行時間軸階層の解析中に見つけるまで 存在すら知らなかったわ」 このハルヒは淡々と語っているんだが、あいにく俺には何を言っているのかさっぱりだ。しかも、話がかみ合ってねえ。 このままぎゃーぎゃー言っても時間の無駄だろう。 俺は一旦話をリセットすべく両手を上げてそれを振ると、 「あー、とりあえず話がめちゃくちゃで訳がわからん。とにかく、まず俺がお前に質問させてくれ。 それで状況が把握できて納得もできたら、お前に協力してやることもやぶさかじゃない」 俺の言葉にハルヒはしばらくあごに手を当てて考えていたが、やがて大きくため息を吐くと、 「わかったわよ」 そう渋々承諾する。よし、とにかくボールはこっちが握った。まずは状況把握からだ。 真っ先に俺が聞いたのはこれである。 「お前は誰だ?」 俺の質問に、ハルヒはあきれ顔で、 「涼宮ハルヒよ。他の誰だって言うのよ」 「巧妙に化けた偽物って可能性もあるからな。俺の周りにはそんなことも平然とやってのけそうな連中でいっぱいだし」 「それじゃ、証明のしようがないじゃん。どうしろっていうのよ」 ハルヒの突っ込みに俺は返す言葉をなくす。確かに疑えばどうとでも疑えるのが、俺を取り巻く現在の環境だ。 となると、これ以上追求しても意味がない。それに俺の直感に頼る限り、今目の前にいるのはあのわがまま団長様と 人格・容姿ともに完全に一致しているわけで、それを涼宮ハルヒという人間であると認識しても問題ないだろう。 だがしかし、先ほどの言い回しを見ていると、俺が知っている『涼宮ハルヒ』ではない。 「えー、聞きたいのはな、お前がハルヒであることは認めるが、俺の知っているハルヒじゃなさそうだって事だ。 なら俺のつたない脳を使って判断すると、ハルヒが二人いるって事になるんだが」 「そうよ」 そうよ、じゃねえよ。そこをきっちり説明してくれ。 「あー。あんたの頭に合わせて言うと、別の世界のあたしってことよ。平行世界って言葉ぐらい聞いたことあるでしょ? ここはあんたのいた世界とは似ているけど別の世界ってことよ」 簡単すぎてかえってわからんような。まあいい、いわゆる異世界人ってことにしておこう。このハルヒから見れば、 俺の方が異世界人なんだろうが。 ……しかし、ついにでちまったか、異世界人。しかもよりにもよって別の世界のハルヒとはね。こいつは予想外だったぜ。 ここでふとハルヒが口をあんぐりと開けて呆然としているのが目に入った。 「ちょっと驚いたわ。随分あっさりと受け入れるのね」 「最初は本意じゃなかったが、いろいろ今までそういう突拍子もない話は聞かされまくったから、 いまさらここは異世界で自分は異世界人ですっていわれても、今更驚かねえよ。異世界人については今まで伏線もあったからな」 俺の言葉にハルヒは興味深そうに目を輝かせている。何だ? こいつも宇宙人・未来人・超能力者のたぐいを求めているのか? まあいい。俺は次の質問に移る。 「ここはどこだ?」 「時間平面の狭間よ」 ……何というか、ハルヒが真顔で朝比奈さんチックなことを言うと違和感がひどいな。それはさておき、それじゃわからん。 わかるように説明してくれ。 「何よ、そんなことぐらい直感でピンと来ないわけ? 呆れたわ。未知との遭遇体験に慣れているだけで、 肝心の理解能力は本当に凡人なのね。まあいいわ、ざっと説明すると、あたしが作った空間で誰も入って来れず、 誰も認識できない場所。これくらいグレードを落とせばわかるでしょ」 いちいち鼻につく言い回しなのもハルヒ独特だよ。確かにわかりやすいが。って、なら俺が今ここにいるのは、 お前が招待したからってことなのか? 「そうよ。もっとも周りの人間に悟られずにやるのには、それなりに細工が必要だけどね」 なら次に聞くことは自然に出てくる。 「で、一体俺を何のためにここに連れてきたんだ? 何が目的だ?」 これが核心の部分になるだろう。自己紹介は終わった以上、次は目的についてだ。 ハルヒは待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑みを浮かべ、 「それは今から説明してあげる。長くなるから、そこの椅子に座って聞きなさい」 そうハルヒは、また窓の前にある俺的に団長席の上に座る。そして、すっと手を挙げると、床から一つのパイプ椅子が 浮かび上がってくる。 ここまでの話で大体予測していたが、このハルヒは普通じゃない。いや、確かに俺のよく知っているSOS団団長涼宮ハルヒも 変態的神パワーを持ってはいたが、自覚していないため自由にそれを操ることはできない。しかし、この目の前にいるハルヒは 自分の意思で長門レベルのことを今俺の目の前でやってのけたのだ。 やれやれ、これはちょっと異世界訪問という話で済みそうにない気がしてきた。 俺はハルヒの頼んでもないご厚意に甘えることにして、パイプ椅子に座る。 「さて……」 ハルヒはオホンと喉の調子を整えると、 「あんた、宇宙人の存在は信じる?」 このハルヒの言葉に何か懐かしいものを感じた。あの北高入学式のハルヒの自己紹介。ただ、いくつか欠けてはいるが。 俺は当然と手を挙げて、 「ああ信じるよ。少なくとも俺の世界ではごろごろ――とはいかないが、結構遭遇したしな」 「……情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインタフェースに?」 返されたハルヒの言葉に、俺は驚く。何だ、このハルヒは長門のパトロンのことを知っているのか? 「当然よ。あいつらの存在、そして、どれだけ危険な連中かもね。実質的にあたしの完全無欠な敵よ」 ――敵。ハルヒの口から放たれた声には明らかに敵意が混じっていた。 どういうことだ。俺が知っている限り、奴らは内部対立はあるとはいえ、主流派は黙ってハルヒを観察することにしていたはず。 あからさまな敵意を見せてはいないんだよ。 「何ですって……? まさか……いや……」 ハルヒは予想外と言わんばかりに思案顔に移行するが、軽く頭を振ると、 「まあいいわ。とにかく、あたしと情報統合思念体は対立関係にある。というよりも、情報統合思念体が一方的にあたしを 敵視して排除しようとしているだけなんだけどね。こっちとしても、敵意さえ見せなければ別に相手にする気もないんだけどさ」 ハルヒはあきれ顔でふうっとため息を吐いた。 排除しようとしているとは、まるで俺の世界とは正反対の行動じゃないか。 「何で対立しているんだ? いや、どうして情報統合思念体はお前を排除しようとしているんだ?」 「細かいレベルでの理由は知らない。とにかくあたしの存在を勝手に危険と認識して、襲ってくるのよ。 それも狙うのはあたしだけじゃない。この星ごと消滅させようとするわ。そんなの許せるわけないじゃない」 「星……ごと?」 何だか話がSF侵略映画っぽくなってきたぞ。情報統合思念体が地球を攻撃するとは、まさにハリウッド映画。 ――ここでハルヒは思い出に浸るように天井に視線を向けると、 「三年前――いや、あんたのいた時間から見れば四年前か。その時、あたしは自分が持っている力に気が付いた。 野球場に連れられていったあの日、自分の存在がどれだけちっぽけな存在であるか自覚したとたん、体内で何かが爆発したような 感覚がわき起こり、この世の全ての存在・情報がどっとあたしの中に流れ込んできたのよ。当然、その中に情報統合思念体に ついてのこともあった」 ここで気が付く。さっきまで俺は灰色に染まった教室の中にいたはずなのに、いつの間にかまるで360度スクリーンの 映画館のような状態になっていることに。そこには野球場の人数に圧倒されるハルヒ・電卓で野球場の人間が 地球上でどのくらいのわりあいなのか計算するハルヒ・ブランコで物思いにふけるハルヒの姿が映し出される。 「きっとその時に向こう――情報統合思念体も気が付いたんでしょうね。あたしはその巨大な存在に触れてみようとした。 そのとたん……」 ハルヒの言葉に続くように、今度は宇宙から眺める地球の姿が映し出される。そして、 「嘘だろ……」 俺は驚嘆の声を上げた。まるで――そうだ、長門が朝倉を分解したときみたいに、地球が一部が粉末のように変化を始めた。 それは次第に地球全土へと広がっていき、最後には風に飛ばされるようにちりぢりにされ消滅してしまった。 呆然と見ることしかできない俺。と、スクリーンに星以外に一つだけ残されているものがあった。 「無意識に自分のみを守ろうとしたんだと思う。気が付いたとき、あたしは宇宙から消えていく自分の星を眺めていた。 ただその恐ろしさと悲しさに泣きじゃくりながら何もできずに」 ハルヒだった。まだ幼い容姿のハルヒが宇宙空間で座り込むような格好で泣きじゃくっている。 目の前で淡々と語るハルヒは決してそのスクリーン上の自らの姿を見ようとせず目を閉じながら、 「何でこんな事になったのか、この時は理解できなかった。いや、今でも完全に理解できた訳じゃないけど。 あたしはただ情報統合思念体という大きく魅力的に見えたものに触れようとしただけ。なのに、奴らはあたしどころか、 周囲全てを巻き込んで消し去ろうとした――許せるわけないじゃない。あたしは何の敵対行動も取っていないのに」 その声には怒気どころか殺気すら篭もっていた。確かに、なにも悪いことをした憶えもないのに、いきなり攻撃されて しかも無関係な人たちまで抹殺したんだから怒って当然か。しかし、何でそこまでして情報統合思念体はハルヒを消そうとする? 「知らないわよそんなこと。とにかく、その後あたしは情報統合思念体からの次の攻撃に備えていた。 あたしの抹殺に失敗した以上、また仕掛けてくると思ったから。でも、いつまで経っても襲ってくる気配はなく、 ただ時間だけが過ぎたわ。おかげでその長い時の間に大体自分ができることがわかったわ。奴らへの対抗措置もね」 「何で連中は追撃してこなかったんだ?」 「あとで奴らの内部に侵入して確認したときにわかったんだけど、最初の攻撃時にあたしは無意識に情報統合思念体に対して ダミー情報を送り込んだみたい。あたしは強大な力を手にした。だけど、あたしはそれを自覚していないという形でね。 だから、奴らは地球を抹殺した理由がなくなり、どうしてそう言った行為を取ったのかわからない状態として処理されていた。 そこにあたしは目を付けた」 ハルヒの言葉に続き、周囲のスクリーンに無数――数えることのできないほどのガラス板のようなものが並列で並んでいる 映像が映し出される。その一枚一枚には無数のカラフルな丸い点が描かれ、様々な形に変化・縮小・拡大・消滅・発生を 繰り返している。 「あたしは地球抹殺の理由の接合性がなくなっていた情報をさらに改ざんした。あたしは自分の力を自覚していない、 だから情報統合思念体は何の行動も起こさなかった。だから地球は消滅していないと。 地球自体は消滅前の時間軸に残されていた情報をコピーしてあたしが再生した。幸い、連中も脇が甘いのか、 そういったことは多々にあるのか、あっさりとあたしの情報改ざんは成功したわ。おかげであの日の惨劇はなかったことにできた。 ただあたしが力を得たという情報まで奴らから消去することはできなかった。結構希少な情報だったせいか、前例として 広域な情報に関連づけられていたから、これを改ざんすると他への影響範囲が大きすぎて、全部改ざんなんて不可能だったから」 あまりのスケールの大きさに呆然と耳を傾けることしかできない。 「……ここじゃそんなことがあったのかよ」 俺は聞かされた衝撃的な話に疲れがたまり、パイプ椅子の背もたれに預ける体重を増加させる。 ハルヒは続ける。 「とりあえずリセットはできたわ。状況はあたしは力を得たが、それを自覚していないと情報統合思念体は理解している。 この状況下でどうすれば奴らの魔の手から逃れることができるのか、次はそれを模索する必要ができたのよ。 あたしが力を得たことで奴らに目を付けられた以上、うまくやり過ごなければならない」 ここでスクリーンに映し出された一枚のガラス板がアップになる。 「一度でうまくいくとは思っていなかったあたしは、一つの時間平面――このガラス板一枚があたしたちのいうところの『世界』と 認識すればいいわ――を支配することにした。こうしておけば、いざ奴らにあたしが力を自覚していることに気が付かれても いつでもリセットできるし、情報統合思念体には同じようにダミー情報を送り込めばごまかせるから」 「で、どうなったんだ?」 俺の問いかけに、ハルヒはいらだちを込めたように髪の毛を書き上げ、 「それがさっぱりうまくいかないのよ。どこをどうやっても途中で奴らに力を自覚していることがばれて終わり。 その度にリセットを続けて来ているけどいい加減手詰まり状態になってきて……」 ここでハルヒはびしっと俺を指差し、 「そこであんたを呼び出したって訳よ」 「何でそうなるんだよ?」 俺が抗議の声を上げると、ハルヒは指を上げて周囲のスクリーンに別のガラス板――時間平面とやらを映し出す。 「手詰まりになったあたしは別の時間平面に何かヒントがないか調べ始めたのよ。そこであんたたちの存在を知った。 同じようにあたしが力を得ながら、情報統合思念体が何もせずにずっと歩み続けている。力を自覚した日から、 4年も経過しているってのに。それはなぜなのか? どうしたらそんなことができるのか? 詳しく別の時間平面を調査していると奴らに気が付かれる可能性があったから、とりあえず一人適当な奴を こっちに連れてきて教えてもらおうってわけ。とはいってもあたし自身を連れてくるとややこしいことになりそうだから、 事情を知っていそうな奴を選んだけど」 そういうことかい。で、唯一の凡人である俺が選ばれたって事か。 ここでハルヒは机を飛び降り、また俺のネクタイをつかんで顔を急接近させると、 「さあ、白状なさい。一体あんたの世界のあたしは何をやったわけ? どうやったら情報統合思念体は手出しできなくできる?」 「何もやっていない。少なくとも俺の知っているハルヒは自分の力を自覚していないからな」 「は?」 ハルヒの間の抜けた声。が、すぐに眉間にしわを寄せて額までぶつけて、 「そんなわけないじゃない! 例えなんかの拍子で自分の力に自覚していなくても、周りに情報統合思念体がいるなら どこかでちょっかい出してくるに決まっているんだから、すぐに気が付くはずよ!」 「だが、事実だ。情報統合思念体はハルヒがその状態を維持することを望んでいるし、それに俺をここに呼び出す前に 俺を付けていたハルヒと一緒にいた小柄な女の子はその対有機生命体ヒューマノイドインターフェースだ」 「バカ言わないで! あたしがあいつらと一緒に仲良く歩いていられるわけがないじゃない!」 ハルヒはつばを飛ばして言ってくるが、そんなこと言われても知らんとしかいいようがない。 それにしてもこのハルヒが持っている情報統合思念体への敵意は痛々しいまでに強く感じる。 「じゃあなんであんたはあたしの力について知っているのよ!」 「長門――情報統合思念体とかその他周囲から教えてもらった」 「じゃあなんであたしに教えようとしないわけ!?」 「一度言ったが、信じてくれなかった」 とりあえず事実だけ淡々と返してやると、ハルヒの顔がだんだん失望の色に染まっていった。やがて、ネクタイから手を離し、 机の前まで戻ると、 「……だめだわ。それじゃだめよ。ただ運良くそこまで進んだだけじゃない。とくにあたし自身が自分の力の自覚がないのは 致命的だわ。自覚したとたん、情報統合思念体に星ごと抹殺されて終わり。そして、リセットもダミー情報による偽装もできない。 あんたの世界も長くはないわね」 そうため息を吐く。 このハルヒの言葉と態度に、俺の脳天に少し血が上り始めた。まるでいろいろあった俺のSOS団人生を 簡単に否定された気分になったからだ。 「おい、俺のやってきたことをあっさりと否定するんじゃねえぞ。確かにお前みたいに壮絶じゃなかったかもしれないが、 俺は俺で色々やってきたんだ。大体、俺のいる世界を全部見たって言うなら、俺たちのその後もわかっているんじゃないのか?」 「あのねぇ、時間平面ってのは数字に表せないほど大量にあるのよ。そこから無作為に検索をかけて、 偶然見つけたのがマヌケ面のあんたがあたしと一緒に歩いている姿を見つけただけ。その後の様子まで確認している余裕は なかったわよ。あまり長時間の時間平面検索は奴らに察知されかねないから」 それを先に言えよ。ってことは、このハルヒは俺たちSOS団についてもさっぱり知らないって事になる。 そこで俺はこのハルヒに対して、俺を取り巻く環境についてかいつまんで説明してやった。 情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインタフェースである長門有希。 未来からハルヒについての調査・監視を命じられてやってきた朝比奈みくる。 ハルヒの感情の暴走を歯止めする役目を与えられた超能力者古泉一樹、そしてそれを統轄する組織、『機関』。 ………… だが、ハルヒは話自体は信じたようだったが、やはり俺たちがその後も平穏に進むということについては 懐疑的な姿勢を崩そうとしなかった。 「まさかあたし自らそういう連中とつるんでいたとはね。それも自覚がないからこそできる芸当なんでしょうけど、 とてもじゃないけどリスクが大きすぎてできそうにない。それに皮一枚でぎりぎりあたしに気が付かれていないだけにしか 感じられない以上、いつ自覚してもおかしくないわね。その時点であんたの世界は終わりよ」 「なぜそんなに簡単に否定できるんだよ?」 ハルヒはわからないの?と言わんばかりに嘆息し、 「まず『機関』とやらは、情報統合思念体に逆らえるだけの力があるとは思えない。あんたと一緒にいた色男――古泉くんだっけ? ――が、機関の意向よりあたしが作ったSOS団とやらを優先すると言っても、個人で何ができるわけもなし。 未来人については、同じ時間平面上なら移動可能ということは使えそうだけど、そもそも情報統合思念体はそんなことなんて 朝飯前。対抗手段としては物足りないわね。最後の情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインタフェースについては論外。 奴らの支配下から離れて独立しつつあるとか言われても、信じられるような話じゃない。所詮は操り人形なんだから」 その言葉に俺はいらだちを募らせるばかりだ。まるで外部の人間にSOS団の存在意義を必死に説明してみせているような 気分になってくる。いや、このハルヒは確かに俺たちについてまるっきり知らない――それどころか、情報統合思念体に対して 明確な敵意を見せているので余計たちが悪い。 だが、俺はSOS団として満足して生きてきていたし、危険も感じていない。長門のパトロンはさておき、 長門自身には信頼を寄せているし、古泉はSOS団副団長という立場の方がすっかり似合っている状態。 朝比奈さんはもうマスコットキャラが板に付きすぎて抱きしめて差し上げたいぐらいだ。そして、皆ハルヒとともに 平穏無事にいたいと願っている。 それの何が問題だというのだ? このハルヒは自分の力を自覚していないとダメになるということを 前提に語っているようにしか見えない。 その後も必死に説明した俺だったが、ハルヒは聞く耳を持たない。 「悪いけど、これ以上議論しても無駄よ。あんたを元の時間平面に送り返すわ。一応礼を言っておくけど、 そっちもかなりぎりぎりの状態ってことはわかったんだから――」 「そうはいかねえよ」 「え?」 元の世界への機関を拒否した俺に、ハルヒはきょとんとした表情を浮かべた。 俺は正直このまま元の世界に戻るような気分じゃなかった。このままSOS団を完全否定されたっきりでは、 気分が悪いことこの上ないし、そもそもこのハルヒのいる世界は破滅とリセットのループを繰り返している。 だったら、俺の世界と同じようにSOS団を作れば同じように平穏に過ごせる世界が作れるはずだ。 俺にはその絶対の確信があった。 「何度でもリセットできるんだろ? だったら、俺の言うとおりに動いてくれ。そうすりゃ、俺たちの世界が どれほど安定しているか教えてやれるし、ここの世界の安定化も図れる。お前だって手詰まり状態だって言っているんだから、 試す価値はあるはずだ。少なくともお前が到達できない場所に俺たちは到達できているんだからな」 「…………」 ハルヒはあごに手を当てて思案を始めた。 ふと、他人の世界にどうしてそこまでするんだという考えが脳裏に過ぎる。しかし、すぐにその考えを放り捨てた。 ここまであーだこーだな状態になっておめおめと引き下がるほど落ちぶれちゃいない。 「……わかったわよ」 ハルヒは渋々といった感じに了承の言葉を出した。しかし、すぐにびしっと俺に指を突きつけ、 「ただし! 条件付きよ。あんたのいう宇宙人・未来人・超能力者にまとめて接触はしない。一つずつ試していくわ。 情報統合思念体の目はどこでも光っているんだから、変に手を広げて取り返しの付かない事態にならないよう 石橋をハンマーで殴りつけながら進ませてもらうわ。あと、あたしは自分の力の自覚はそのままにする。 この一点だけは譲れない。これがダメというなら即刻あんたを元の世界に送り返すから」 条件付きというわけか。はっきり言って、3勢力がそろわないとSOS団には成り立たないが、この際贅沢はできない。 一つずつ接触しても俺のいた世界のSOS団と同じぐらいの平穏な関係は築けるはずだ。 力の自覚については仕方ない。ハルヒは自分がそれを理解していない状態を極端に恐れている節がある。 それに、これに関してはうまい具合にハルヒが黙っているだけで済むから大丈夫か。 「わかった。それで構わん」 「じゃ、決まりね」 こうして別の世界でSOS団再構築という壮大なプロジェクトが始まった。 ――そして、俺がどれだけ甘い考えをしていたのか、嫌と言うほど思い知らされることになる涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
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プロローグ 二年に進級して早くも三ヶ月ちょい立った。 その三ヶ月の間、何事もなかったってワケではない。 が、それについては脇に置いとおこう。今からする話は久しぶりに生命の危機を感じた事件だ。 いや、ちょっと大袈裟か。だが本っ当に痛かったんだ。もうあんな目には遭いたくないね、一生。 その日は地球温暖化とやらが地味に効きつつあるのか凄まじく暑かった。衣替えで夏服になったものの 白いワイシャツは噴き出る汗でペッタリと素肌に接着されていた。まだ七月中旬でこの暑さ。 梅雨と重なってるので雨もたまに降るが、快適な気温まで低下させるほどのパワーはないようだ。 悪戯に湿度を上昇させ同時に俺の不快指数までチマチマ増えてきている。この調子じゃ夏本番に位置付 けられてる八月はエライ事になるんでないの?俺も地球も。 まぁ結果から言う。地球はともかく、俺はエライ事になった。しかも一ヶ月後ではない。授業が終わって 文芸部室に向かっているのが今の俺。この30分後にドエライ事になる。だけど悪い予感なんてのは一切な かったんだ。感じるのはとめどなく噴き出る汗による不快感だけ。 まぁ、遠からず近からずこれが原因になるんだが。 放課後の文芸部室…と言っても文芸部らしい活動はこの一年三ヶ月の中で一度だけで。 我らSOS団の季節イベントもやるが、もっぱらすることもなくダラダラと過ごしてる。 今日も特にすることはない。することがないならすぐに家に帰ってクーラーに当たりながらゴロゴロするのがベストなのだが 俺の足は部室に向かっている。何故だろうね?習性というのは恐ろしいものだ。クーラーもないあの部室に行ってもやる事は いつも同じなのに。スマイルエスパー野郎からボードゲームの勝ち星を奪いながら未来型メイドの煎れた茶をすする。 そして読書マシンと化した宇宙人の姿を眺める。 これらの作業をこなしながら常に感じるのは、退屈だなぁ、ってことだ。 んでもって、あの団長が頭のネジを撒き散らしながら嬉しそうにトンデモ企画を持ち込むんだ。 気づく頃にはその退屈がいかに貴重かがわかる。 で、部室に着いた。 中にいたのは、トランプを切り続けてるエスパー古泉、茶葉と闘う未来型メイド朝比奈さん、定位置で読書にふける宇宙人長門。 団長ハルヒ以外全員いたわけだ。ハルヒがいない理由は俺も知ってる。ヤツは今教室でワックスがけの最中だ。 ご苦労なこった。まぁ交代制なので二学期は俺も参加せざるを得ないのだが。 「どうですか?久しぶりにトランプでも。最近はずっとチェスや囲碁でしたからね。結構新鮮かもしれませんよ?」 本当にゲームが好きなんだな、古泉。だが二人でトランプってのはつまらんだろ。しかも野郎同士じゃな。 「おや、僕が相手じゃ不満ですか?いつも貴方を楽しませようと努力しているんですが」 無駄な努力だな。その努力を機関に注いで出世すればいい。 「とんでもない。機関の業務より、このSOS団の活動に意欲を注ぐ方が有意義ですよ、今の僕にはね」 「職務怠慢だな。今度新川さんか森さんに会えたらチクってやる」 「それは勘弁してください。新川さんはともかく、森さんはああ見えて結構厳しいんですよ」 「あぁ…なんとなくわかるわ。あの人のオーラは身の危険を感じちまう」 二月の事件での森さんは今までのおとなしいメイドキャラとは一変していたからな。 「話が逸れましたね。で、どうします?トランプ」 「あぁ。相手してやるよ」 どうせ暇だしな。 ここで俺は他二名の団員に目をやった。 長門は先週俺と行った図書館で借りた凄まじく分厚い本(ジャンル不明)を読んでいる。 朝比奈さんは茶葉に適する温度を見極めようとヤカンを睨みつけている。 この二人も誘ってみるか。 「朝比奈さん、一緒にトランプしませんか?」 「えぇと、今お茶の準備してるので遠慮しますぅ。だって、皆さんには出来るだけ美味しいお茶を飲ん でほしいから…」 素晴らしい!その奉仕精神はまさしくメイドそのものだ。 「じゃあ仕方ないですね。美味しいお茶、おねがいします」 「はぁい。もう少し待っててくださいね」 「長門はどうだ?トランプ」 長門は本から視線を外さずに「………いい」と言った。 「二人じゃ盛り上がらんだろ。お前もたまには…」 「…今、いいところ」 ……そうですか。 あの長門が面白いというほどだ、よっぽど熱中しているようだ。まぁ、たぶん俺には何が面白いかわか らん内容だろうが。っていうか何語だ?それ。 長門の勧誘を諦め古泉に目を戻すと、ニヤニヤしながら俺にトランプを配り始めやがった。まるで最初 からこうなる事はお見通しだと言わんばかりに。 まぁいい。当分トランプを見たくなくなるぐらいに痛めつけてやる。 「暑いな。クソ暑い。どうにかならんのかこの暑さは」 朝比奈さんのお茶を飲みながら古泉との大富豪の毎ターンに愚痴を呟く俺に古泉は苦笑しながらいちい ちそれに答えある提案をしてきた。 「僕も参ってしまうぐらい暑いですよ。ではどうでしょう?この勝負に負けた者がアイスを買ってくる というのは?」 お前、全然暑そうには見えんぞ。涼しい顔しやがって、汗もかいてないじゃないか。 でもその案は俺も乗った。ちょうど冷えたアイスが食いたいと思ってたところだ。 「ではちょっと本腰を入れてかかりましょう」 手抜いてやがったのか。だが既に俺の方がかなり有利な戦況だ。俺の勝ちだな。俺のために汗水垂らし てアイスを買ってくるがよい、古泉。 ………こういう時だけ負けるのはどうしてだろうね。古泉の野郎は最後の最後に大逆転をかましやがった。 今まで負け続けてたのは今日のこの勝負の伏線だったんじゃないのか? 「そんな事ないです。正真正銘まぐれです。僕は買いに行く覚悟してたんですが。勝負というのは時に 予想のつかないものですよ」 そういう要らんこと言うから胡散臭さが増すんだ。そのツラ見ながらだと馬鹿にしてるようにしか聞こ えん。 「それは失礼しました。まぁ勝負ですからね。この暑さでは買いに行くだけで罰ゲームですし、お代は 先に渡しておきましょう。ついでに皆さんの分をお願いしますよ」 そういうと古泉は千円札を差し出してきた。ラッキー。勝負を受けたものの、生憎俺の財布には合計百円 ちょいしか入ってなかったからな。このままバックレちまおうか。 だが皆の分と言われるとそんな悪どい事はできん。古泉になら別に恨まれても知ったこっちゃねぇが 朝比奈さんに非難されるのは絶対避けたい。長門も結構根に持つタイプだし。 しゃあないな。ちょっくら行ってきますか。 「あ、涼宮さんの分もお願いします。仲間外れにされた、なんて思われたくないですからね」 古泉は肩をすくめ苦笑しながら言った。わかってるよ。アイツはすぐすねるからな。 しかもそれだけで世界を危機に晒しかねないのがハルヒクオリティだ。 余談ではあるが皆にどのアイスがいいか聞いてるとき、面白い事があった。 古泉はソーダ系、朝比奈さんはバニラ系。ここからが面白かった。 どうせ「何でもいい」と言うだろうなと思いつつ長門に注文に訪ねた。 「……ガリガリ君」 思わず吹いたね。別にガリガリ君には非はないんだ。アイスの定番だしな。しかし長門がその名を口にすると、何とも笑える。なかなか長門もわかってるじゃないか。 古泉はクックッと笑いを堪え、朝比奈さんに至っては顔を真っ赤にして口を押さえている。 長門は状況を理解していないようで首を傾げ、笑いっぱなしの俺の顔を見つめている。 「……ガリガリ君…ガリガリ君…」 ガリガリ君食いたいのはわかったから、ワイシャツを掴みながらすねた感じで連呼しないでくれ。面白い&可愛いのダブルパンチで俺の思考がどっかに飛んでっちまう。 「わかったよ。ガリガリ君だな?」 長門は俺にしかわからない、困った顔で頷き読書を再開した。 なんか無駄に興奮したもんで、余計に暑くなっちまった。さっさとガリガリ君買ってくるか。 このまま今日が終れば、非常に有意義な一日だったろう。 悲劇はこの数十秒後に待っていた。 俺は、いい意味での長門らしくない発言を噛み締めながらアイスを買いに行くため廊下に出ようと部室のドアを開けた。すると目の前に一人の女子生徒が立っていた。 回りくどい言い方だな。ハッキリ言おう。俺の目の前にいたのは…… SOS団団長 涼宮ハルヒだ。 なかなかこのタイミングはない。いつもなら俺たちがノンビリしてる頃にハルヒは横真っ二つに割る勢いでドアを蹴り開けるわけだが、この時の様子は少し変だった。 ハルヒは両の目を固く閉じ、深呼吸をしている。それに合わせて肩の大きく上下させていた。 俺はというと、そのハルヒの様子を何も言わずただ見ていた。ハルヒは俺に気付いていない。 俺の背後にいる三人も、いつもと様子が違うハルヒをじっと見ていた。誰も一言も発しなかった。 まさしく、嵐の前の静けさ。 呼吸を整えたハルヒの表情は目を閉じたまま、ゆっくりと満円の笑みに変わった。 そして……… 「みんな、ごっめーん!遅れちゃったー!」 そのハルヒの大声を目の前で聞いている途中、俺は凄まじい衝撃に襲われて目を閉じた。 ゆっくりと瞼を上げて目に入った光景。 ハルヒの太陽のような笑顔。 まだ固く閉じた瞳。 前にピンと伸ばされた綺麗な右足。 状況を把握できない俺はゆっくりとその右足を辿る。 スカート、太股、膝、ふくらはぎ、白いソックス、運動靴。 そして辿り着いた先に見えたのは……… 俺の、いや、男にとって大切な、それでいて一番の弱点である『そこ』に、ハルヒの伸ばされた右足のカカトが、深く、深く突き刺さっていた。 「教室のワックスがけが長引いちゃって……え?」 ハルヒはここでようやく、瞼を上げた。 「え?…ちょ、キョン!?あん…た…そんな、とこで…なに……あ!」 一瞬で笑顔が動揺した表情に変わる様を見届けた俺は、もの凄い速度で膝を床に打ち付け、倒れこんだ。 『そこ』に受けたダメージは俺の全身のコントロールだけではなく、思考を奪っていった。 あれ…俺…アイ……ス買いに…行く…ああ…ハル…ヒ…いつもドア……蹴っと…ばして…たんだ…っけ…… 「ちょ、ちょっとキョン!大丈夫!?なんでアンタあんなとこに!……何これ…温かい…?アンタまさか漏らし…て…え?赤…い…?え……ち、ちち血ぃ!!??」 「涼宮さん!落ち着いてください!朝比奈さん!救急車を呼んでください!早く!」 「え…あぅ…キ、キョン、君……うぅ」 「朝比奈さん!早く!救急車を!」 「………私が呼ぶ」 「長門さん!お願いします!」 俺の頭上で叫ぶ古泉、携帯をかけている長門、泣き出す朝比奈さん、尻餅をつきながら手の血糊を見つめているハルヒ。 薄らいでゆく視界。遠のく意識。その中で、俺は思った。 俺のアソコとドアのどちらが丈夫だろう、と。 俺は下半身に突き刺さる様な激痛でうめき声を上げ、それで目が覚めた。 薄くオレンジ色を帯た白い天井が見えた。部室の天井より綺麗だが、眺めてるとどうも気が重くなる。 天井からゆっくりと壁に視線を映すと、窓が見えた。もうすぐ日が沈むようだ。 窓からは天井をオレンジ色に染めていた太陽が低い山に隠れていく、夕暮れの風景が広がっていた。 昨日、下校途中に見た空と同じだ。いつもなら俺はそろそろ家に着く頃だろうが、今おれがいるここはどこだよ。 やはりまだ頭がぼんやりしていたのだろうか。 その窓がある壁に無表情な少女が寄りかかっている事に気付くまで、だいぶ時間がかかった。 声をかけようとして口を開いた丁度その時、背後から声がした。 「目を覚まされたようですね。どうですか?具合は」 下半身の激痛を堪えながら振り返ると、明らかに作り笑いをした古泉が立っていた。その隣には涙目の朝比奈さんがいた。 「良かったぁ…キョン君大丈夫?本当にあの時はどうなることかと…」 朝比奈さんは安堵の表情を浮かべて言った。……だがなんかぎこちなさが残る表情だ。 あの時……っていつだ?俺がどうなったって?駄目だ、頭の中がモヤモヤしてて思い出せん。 何も言わない俺を見かねて、古泉が勝手に喋りだした。 「まだ状況を飲み込めていないようですね。ここは病院です。本当にあの時は大変でした。 まさか涼宮さんの蹴りにあれほどの破壊力があるとはね。 貴方がうずくまったと思ったら意識を失ってしまって、さらに出血までしていたんですから。流石に僕も焦りました」 そうだ。俺はハルヒに蹴られた。で、その蹴りが俺のアソコにジャストミートしたんだ。 ったくあの馬鹿力が、意識失う程の金的攻撃を普通人の俺に食らわせるとはね。そうそうないぜ、こんな経験。しかも血まで…… ……血。ここに来てようやく俺の頭が正常に機能し始めた。 血が出たって事は、血尿か?生憎俺は医学知識に乏しい。アソコから血が出たってのはどれ程危険なんだ?いや、そんなに危なくもないのか? 全然わかんねぇや。こりゃさっさと賢そうなヤツに聞いた方がいい。やっと頭がハッキリしたが、元々の出来はたかが知れてる。 「なぁ古泉。俺の、その…ア、アソコなんだが…どうなったんだ?」 この部屋には女の子が二人もいる。ふと気付いて口ごもってしまった。 谷口じゃあるまいし、俺は異性の前で堂々と下ネタを言える程デリカシーにかけちゃいない。 別に下ネタを言ってるわけでもないんだが。 朝比奈さんが恥ずかしそうに顔を赤らめてうつ向いてしまった……なんて展開だったらいい感じに和めたのに。 室内の雰囲気が超ブルーだ。室温までも急降下してる気がする。 古泉の顔から笑みが消え、考え込むような仕草を数秒間とった後、真剣な眼差しを俺に向けた。 「僕がこれから言う事、落ち着いて聞いてください。恐らく、貴方にとって大変ショックな話でしょうが……」 「なんだ急に改まって。前置きはいいから早く言え。話が進まんだろ」 表面上、俺は楽観的に振る舞ったが内心すごくビビってた。末期癌患者が余命宣告を受けるのもこんな感じなんだろうか。 「……貴方の、その、性器…なんですが、損傷が激し過ぎて…その…これ以上の治療は困難らしいんです。ですので…もう切断しかない、そうです。担当医の方が、言ってました…」 俺は余命宣告ならぬ、男性ドロップアウト宣告を受けた。何故か古泉から。 「救急車の中で、恐縮ですが患部を拝見させて頂きましたが、かなり酷い様相でした。素人目で見ても、もう手遅れだ、と思います…」 古泉は申し訳なさそうな表情で、古泉らしくない歯切れの悪い説明を続けた。 「一度手術室に入ったんですが、医師も手の施しようがない状態だったそうで応急的な処置に止まったようです。ですがこのままでは感染症を起こすのも時間の問題らしく、準備が出来次第、再手術……切除…の予定、だそうです…」 目の前が真っ暗になったね。もう日が沈みきっていたので室内はかなり暗かったが、それ以上の闇が視界を覆っていた。 俺は天を仰ぎ、目を固く閉ざした。そうでもしなきゃ涙が出ちゃう。だって、男の子だもん。 「…ハルヒはどうした?俺をこんな目に遭わせといて、逃げたのかよ?」 古泉は溜め息を吐いた後、俺にハルヒの居場所を教えた。 「涼宮さんは病院の外にいます。貴方に合わせる顔がない……と。かなり落ち込んでましたよ」 「キョン君…涼宮さんはワザとやったわじゃないの。許してあげて…とは言えないけど、あまり涼宮さんを責めないであげて…ね?」 こんな状態の俺よりハルヒが心配ですか。そうですか。 「みんな、出てってくれ。ひとりになりたい」 「そうですね…恐らく、もうそろそろ手術室の準備が終わる頃ですし、それまでお一人で考える方が良いでしょう。僕らがどうこう言える問題ではありませんから……」 目を閉じたまま、古泉たちがドアから出ていく音を確認した。 その瞬間、不意に右目から一筋の涙が流れた。本当は大声で泣き叫びたいが、下半身を支配する激痛によって断念した。 これは古泉たちのタチの悪いドッキリか?手術室に運ばれて、無駄にデカイハサミを持った医者が俺に迫ってくるんだ。 もう駄目だーってところで古泉が派手な札を持って現れ、長門がカメラを回してて、朝比奈さんが申し訳なさそうにしてて。 いや、違う。ドッキリなんかじゃない。この痛みは本物だ。残念ながら。 しっかし、ハルヒがこの場に居なくて良かった。今、俺の頭の中ではハルヒに対する罵詈雑言が文章を成さずに乱れ飛んでいる。 アイツの面を見てしまえば、それらが憎むべき敵を破壊するために俺の口から一斉に放たれるだろう。 激痛が走ろうとも、その全てを思い付く限りの罵声に変換にしながら、俺は止まらない。自制できる自信などない。自制する気もない。 少しずつ落ち着いてきた。だが、落ち着く程に悲壮感が増す。 俺は今まで、自分の将来を真剣に考えた事はほとんどなかった。大学受験の準備に全く手をつけていないことからもそれは明白だ。 何故かって?決まってるだろ。今がとても楽しかったからだ。 宇宙人や未来人や超能力者と仲良くなって、たまにそれらの敵対勢力が攻撃を仕掛けてくるんだぜ? 昔誰かが記した何の役にも立たん戯言を覚えてる場合ではないんだ。 そう思いながらも、俺の頭の隅には人生計画があった。 普通に働いて普通に結婚して普通に子供つくって普通に老けて普通にあの世行き。 別にそれでいいと思えるほど、この一年間はとても楽しかった。俺なんかにはもったいないぐらいに。 でもそれもいつかは終わるのはわかってたさ。 でも、なんだよこのオチは。 アソコ切断だ?そんな状態で、どうやって男として生きていける?子供なんか作れないし、そもそも結婚なんてできやしない。 全てハルヒのせいだ。アイツには感謝してるさ。俺を非日常に巻き込んでくれたからな。退屈しなかったさ。 だが、そのハルヒの蹴り一発で俺のこれからの人生は暗く閉ざされた。 なんでだよ。ふざけんな。畜生。 「ち…く、しょう……」 食い縛った歯の隙間から言葉が漏れる。きっと酷く不細工な面になってんだろうなぁ、今の俺は。 …全て私の責任…」 ん? なんか今、声しなかったか? ずっと目閉じてたから気付かなかった。 無表情の少女が窓の横に立っていた。 出てってなかったのかよ…… 「長門。お前、なんでまだここにいんだ?さっき出てけって言ったろ」 「私は貴方に話す必要がある。それが私が此処にいる理由」 あぁそうかい。何だ、話す事って。 「今回の事象は私の責任。あの時間、あの場所に涼宮ハルヒが存在していたのは貴方がドアを開ける前から感知していた。でも私は何のアクションもとらなかった。とっていれば高確率で今回の事象を防げた。何もしなかったのは私の怠慢。だから、私の責任」 だから何だってんだよ。お前が俺に詫びたところで、何も変わりゃしな………いや、待てよ。 長門にはサイヤ人も倒せるインチキパワーが使えるんだ。もしかしたら……… 「お前の責任だとして、だ。ただそれを言いに来ただけか?」 期待と不安が俺の中で激しく攻めぎ合う。ここで長門の口から俺の望む答えが出なかったら、自害も視野に入れよう。そうしよう。 「情報統合思念体から許可が下りた。これから貴方の下半身の損傷部位の再構成を施す」 あぁ……神様仏様ご先祖様長門様!!本当ですか!?直してくれるんですか!?長門様以外の三名は特に何もしてくれてないけど、ついでに拝ませていただきます!! ……落ち着け俺。古泉説によると神様は俺のアソコをぶっ壊した元凶だ!除外! 「現在の貴方の男性器の状態は尿道、睾丸、陰茎表面の損傷と多岐に渡る。このままでは排尿機能、生殖機能ともに機能しない。それに損傷部位から悪性の細菌が侵入する可能性が高い。 感染症を引き起こし、貴方の生命活動に支障をきたす可能性は現在無視できる程度の数値。しかしこれ以上時間の経過は数値の上昇を加速させる。よってただちに再構成を開始する」 本当にヤバい状態なんだな、俺のアソコは。 長い専門用語で、ある程度の説明を終えた長門は俺が寝てるベットに寄って来て……って、長門!なぜに俺の服を脱がす!? 「貴方が今着ているのは、この施設の入院患者に着用させている指定衣服。再構成する際、損傷部位を露出させる必要がある。だから貴方の衣服を脱がしている」 言いながら長門はテキパキと俺から入院患者用の服を脱がしてゆく。まぁ長門がそう言ってるんだし、ここは大人しく従うべき……って、損傷部位の露出!?簡単に言えば、長門に俺の瀕死状態で虫の息になってる息子を見られるってことじゃねーか! 「大丈夫。私は気にしない」 いや俺が気にするよ。ってか俺のアソコは直視できる状態なのか?古泉によると明らかにヤバい状態らしいが。 いつの間にか俺はほぼ全裸にされていた。露出されたアソコにはガーゼやら透明なフィルムやら細いゴムチューブやらが一斉に集中してて、なんともいえない賑やかな様相だ。 「……長門。このガーゼやらシートやらチューブやらも、外さなきゃいかんのか?」 「この程度の障害物は問題ない。この上から再構成を行う。心配ない」 なら安心だ。自分の息子の無惨な姿を見ずに済むし、長門に見られずに済む。ついでに言うと俺はグロいのは苦手なんだ。 長門は俺のアソコに手をかざし、ゆっくりと目を閉じた。俺は全裸になるのを防ぐために脱がされた服を上半身に当てがりながら、長門の様子を観察していた。 長門は気功やらの先生がそうするような感じで、かざした手をゆらゆらと小さい円を描くように漂わせていた。 なんか心霊治療を受けてるみたいだ。これでロウソクや怪しい雰囲気の音楽がセットされてたら、いつぞやの長門式民間療法とそっくり。 こんなに冷静に、いや、他人事のようにしていられるのはどうしてだろう。 長門の横顔を眺めながらそんなことを考えてると、長門は揺らしていた手をピタリと止めた。 一息つくような仕草をとった後、あの超々高速早口を放った。 その瞬間、長門の掌と俺のアソコが光り出した。その間を光の粒が漂いながら往復を繰り返している。幻想的で見とれそうだが、一番光ってるのは俺のアソコだ。途端に凄まじく恥ずかしくなった。 「……終わった」 「…そ、そうか。色々すまん」 いつの間にか再構成とやらは終っていた。俺は途中で恥ずかしくなって、抱えこんだ服に顔を押し付けてたから治癒を見届ける事はできなかった。 自分のアソコがギンギンに光ってるんだぞ?しかもすぐ横に年頃の女の子がもうちょいで触れそうなところまで手を伸ばしてんだ。そんな異常な状況に耐えられるほど場慣れしちゃいない。 随分暗くなっていたんで、俺はベットに備え付けてある小型の蛍光灯のスイッチをオンにした。 目が闇に慣れていたせいか、眩しくて思わず光源から目を反らした。 長門も同じようにそっぽ向いた。意外だ。長門も眩しく感じることがあるのか。視力なんかアフリカのナントカ部族よりも良さそうだし、色んな機能が備わっていそうだがな。 だが、長門のそっぽ向いた理由が瞬時にわかった。いやこれは俺が思いついただけのことで、長門はそんな理由でそっぽ向いたんではないと思う。 俺、今、真っ裸。 俺はベットから飛び降り、速攻で抱えていた入院患者用の服を着た。気付くのが大分遅れたが、俺をベットに縛りつけていた激痛は全く感じなかった。 よっしゃ完全回復!俺は小さくガッツポーズをとり、長門に懇切丁寧に礼を言おうとして振り向いた。 「……全て私の責任。…だから、もし…」 まだ責任がどうとか言ってんのか。お前は俺を治してくれただろ。それに、そもそもお前に何の落ち度もない。お前がさっき言ってた責任の理由だって、無理矢理こじつけたようなもんだ。その理由が通るんなら、小泉も朝比奈さんも、俺も同罪だ。 あの時誰かがハルヒに声をかけていれば、黙っていなければ、俺が蹴られることはなかった。それは俺にも言えること。むしろ俺自身が一番、あのアクシデントを回避できる立場にいたんだ。ハルヒの目の前にいたんだからな。 はは、現金だな俺って。さっきまで全部ハルヒのせいにしてたってのに。治った途端に、俺が一番間抜けだってことに気付いた。どうかしてた。ハルヒの行動なんかある程度予測できたはずだ。 アイツがドアを蹴り開ける場面なんて、飽きるほど見た。なのに俺はその間合いに入っちまった。なんて馬鹿なんだ。 しかし、腑に落ちないことが一つある。何だってハルヒはドアの前であんなことしてたんだ? 深呼吸してた。目もガッチリ閉じてた。ありゃなんのまじないだ? 納得いく推論が全く浮かばん。 長門の聞き取りづらい発声で我に返った。そういや、責任の後にまだ何か言ってたな。 「すまん長門。ちょっと興奮気味で聞いてなかった。もう一度、最初から頼む」 長門は少し戸惑うように視線を漂わせた後、さらに音量を下げて続けた。まるで独り言を呟いているように。 「…全ての責任は私にある…だから…もし、再構成された生殖機能に貴方が不安を感じるなら……」 感じるなら? 「……私の体で性交渉を試行しても…構わない…」 ……………はぁ? 性交渉って、つまりその……アレのことか?何故それを長門としなきゃならんのだ。 「情報統合思念体の許可を経て行われる有機物質の再構成は必ずしも完璧とはいえない。もしも貴方に対して行った再構成に不備があったら、子孫繁栄に悪影響を及ぼす危険がある。今のうちに検査と確認を行う方が得策」 長門はいつもより小声で早口だった。しかも俺の目をみていない。 気のせいであってほしいが、蛍光灯の光に照らされて白く輝く長門の頬はやや赤みが差している気がしないでもない。なんかあの世界の長門とダブって見えちまう。 この状況にこの提案。もうね、この一言に尽きるよ。 それ、なんてエロゲ? そりゃ俺も健全な一男子高校生だ。ついさっきまで健全じゃなかったのは置いといて、そういう事柄には興味をそそられるさ。 本音を言っちゃえばさ、俺みたいな冴えないヤツが長門ほどの可愛い女の子とどうにかなっちゃうのなら、それはそれで嬉しい。 事実、俺は長門に対して少なからず好意を抱いているし。 だが、「試しにヤッてみる」となると話は別だ。ここはハッキリと長門に言うべきだ。俺自身が本能を抑え込み、理性を保つためにも。 「いや、遠慮しとくよ」 「…………そう」 何でだ!何でそんな悲しそうな目をするんだ長門! しかも俺、ちょっと後悔してるし! 駄目だ。煩悩を振り払え。俺はまだ長門に言わなくちゃならないことがあるんだ。 「…長門よ。性交渉ってどんなものか解ってるか?」 長門はようやく無表情に戻り、答えた。 「理解している。有性生殖の機能を持つ生物、特に哺乳類がそれに当たる。異性の生殖細胞と組み合わせて自らの遺伝情報を後世に残すための本能的行動」 そうじゃないんだ。俺が訊きたいのはそんなことじゃない……!っていうか文系の俺にはよく理解できない……! 「じゃあ長門。質問を少し変えるぞ。性交渉は、どういう相手とするんだ?」 「さき程述べた通り、自分とは異なる性を持つ者。つまり異性と」 「理論的な話じゃないんだ!お前の感情論で言ってくれ!」 つい声を荒げてしまった。しかしこのままではこの議論は堂々巡りになってしまう。うやむやにはしたくないんだ、俺は。 「…私の感情論?」 そうだよ。自分の感情を言葉にするんだ。本やデータの引用じゃない、お前が思うことを。 「……私は情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。感情は対象の観察に不必要」 「いい加減にしろ!!」 俺の一喝に警戒したのか、長門は体はピクリと揺れた。 俺は完全にキレちまった。先程理性を保つためとかいっておいて、結局は本能を剥き出しにしてしまった。しかもこんな女の子に対して。最低だ。だが、長門に「結論」を出させるためなら、仕方ない。 「感情は必要ないだと?お前はそうやって俺の質問から逃げるのか!?だったら!俺たちと一緒にいたり、色んな本を読んだりしてきたお前の時間は何だったんだ!! そうしてる間、お前は何も感じなかったのか!?俺たちと一緒にいたのは親玉に報告する義務だったからか!?そんなもんだったのかよ!!違うだろ!!」 息継ぎナシで怒鳴り続けたせいか、頭がクラクラする。言ってることも滅茶苦茶だ。自分がなに言ってんのか、わからなくなってきてる。 「感情がないはずがない!お前は一人の人間なんだよ!俺たちの仲間の長門有希なんだよ!」 もう意味がわからん。どうにでもなれ。 「エラーなんかじゃない!それはストレスっていうんだ!人間なら生きてる上で誰でも感じるもんなんだ!」 はは……情報連結解除だっけ?あれ、今すぐ俺にやってくれ。 「……私…は…人間…?」 長門は声をほんの少し、震わせて言った。今、長門は黒い宝石のように輝く瞳を俺に向けている。潤っているんだろうか、それとも蛍光灯がすぐ近くだからだろうか、いつもよりキラキラと輝いていた。 俺はベットの向こうに佇む長門の呟きに答えた。 「そうだよ、長門。お前は人間なんだ。ちっとばかし複雑な事情があるだけの、な」 長門は泣いていた。泣きじゃくるわけでもなく、鼻をすするわけでもない。ただ涙腺が刺激されて分泌された体液が流れ出しただけ、そんな機械的な感じ。 ……いいや、違う。機械的なんかじゃない。何故かって?だって、その姿は、爆発していた俺の感情を優しく静めてくれたからさ。 女の子の涙を見て落ち着ける俺は不謹慎か?悪趣味か?違うね。その涙には悲しみなんて成分は含まれてないんだ。成分表示なんか記載されてないが俺にはハッキリ見える。嬉しい、っていう成分表示が。 「やっぱりあるじゃないか、感情」 俺は意識せず呟いた。脳のナントカ神経の仕組みなんか知らねぇ。だがな、涙腺を刺激するものぐらいは知ってる。感情だ。 俺は右手を目一杯伸ばし、長門の頬を伝う涙を人指し指でそっと拭った。普通だったらティッシュかハンカチで拭うが、俺はその涙に触れたかった。やっぱり俺って悪趣味? 長門は抵抗せず、目を閉じて俺が拭い終るのを待っていた。 長門の涙を拭い終えた俺は、深呼吸した。そしてベットに両の掌と頭の天辺を押し付けて一気に喋った。 「長門!本ッ当にすまんかった!怒鳴ったりして!俺どうかしてた!」 そして勢い良く頭を上げ、俺的に最高の笑顔を作って更に続けた。 「それと!俺の体直してくれて!本ッッ当にありがとう!」 俺はこんな体育系な事はしないが、仕方ないだろ?今の俺は嬉しさと恥ずかしさの相乗効果でハイになってんだ。 長門はいつもの無表情に戻り、 「………いい」 とだけ言った。一瞬、あの世界で一度だけ見た長門の微笑が俺の前に浮かんだのは気のせいだろうか。 「…一つ、教えて欲しい」 何だ?俺がわかる範囲なら何でも教えるぜ。平行宇宙がこの宇宙からどれぐらいの距離にあるのか、なんてのはパスな。 「さっき貴方が私にした質問の答え。私にはうまく言語化できない」 えーと……俺の質問って…なんだっけ? 「……性交渉はどのような相手と交すのか、という質問。私は、成熟した生殖機能を持つ異性、という答えしか導くことができない」 あぁ……それか。完全に忘れてた。 「そうだな…だが、それは俺の知ってる答えだ。お前がそれを鵜呑みにすることはないぞ。あくまで参考として、答えは長門自身が出すんだ」 「……承知した。努力する」 「えっとだな。その相手ってのはな、まぁ…なんだ、一番愛しいヤツの事だな」 「…愛しい?よく理解できない。別の言語に置き換えることは可能?」 まだ続けなきゃならんのか…俺、滅茶苦茶恥ずかしいんだが。仕方ない、腹をくくるか。そもそも長門との議論を今の流れにしたのは俺だし。 「そうだなぁ。簡単に言えば、自分の人生の中で、コイツとはずっと一緒にいたいって思える事、かな」 「……その答えでは、貴方は私とは一緒にいたくない、という結論が発生する」 なんでそうなるんだ?俺がそんなこと思うはずないだろ。絶対ない。一体どんな方程式を使った? 「……貴方は私との性交渉を断わった。つまり……私に『愛しい』という感情を抱いていない、ということになる」 あ~、そういう風に受け取っちゃったか… 「違う違う。そんな意味で断ったんじゃない。そういう行為はまだ早いってことだ。俺も、長門も」 「……早い?」 長門は数ミクロン首を傾げ、目でその意味を訊いてきた。 「つまりだな、そういう行為には順序ってもんがあるんだよ。仲良くなって、手を繋いだり、その…キスしたり…抱き、あったりしてだな、お互いの気持ちを確かめ合って、するんだ。俺は……そう思う」 間違ってないよな?なんか綺麗事言ってるかもしれんが、考えてみてほしい。 「好きです。ヤらせてください」 「是非。喜んで」 なーんてあるわけないだろ。あったとしてもだ、そんなの全然高校生らしくねぇ。全然甘酸っぱくねぇ。それとも俺が遅れてるのか? しかも長門はわざわざ俺の将来に配慮して、あんな事言ったんだ。感謝するべき事かも知れないが、簡単に言えばそれはバグチェック。さっきの例文に照らし合わせると「好きです」の部分がないってことにもなる。 「ヤらせてください」 「是非。喜んで」 行為にのみ重点を置いてるだろ?まさしく、それ何のエロゲ?ってわけだ。俺、嫌だよそんなの。 だが、ここで長門は俺の気持ちを無視したかのような、とんでもない発言をした。 「交流は図書館で深めた。手は世界改変の修正後、病室で繋いだ。朝倉涼子の襲撃後、教室で貴方は私を抱き寄せた」 なんだなんだ。何が言いたいんだ、長門。 「まだ消化していない順序は、キスのみ」 呆れた。そんな、流れ作業の手順みたいに言うとはな。お前はそんなにバグチェックがしたいのか? 「そうじゃないんだって。肝心なとこがわかってねぇ。全然わかってねぇ」 俺は首を振りながら長門に言った。 長門は意外にも反論した。 「わかっていないのは貴方」 長門は抗議するような口調で答えた。怒ってるのか…?こんな高圧的な口調で言われたのは初めて……いや違う。前にもあったな。確か……映画撮影の時、か? さっきの涙でふっきれたかのように長門は厳しい口調で続けた。 「貴方は言った。私という個体には感情があると。それは私も気付いていた。情報処理にエラーが頻繁に発生している。私に元々備えられていたソフトだけの動作ならエラーは発生しない。 つまり私の把握していないソフトが動作している。これが感情と呼称されるものかは不明。だから私は確かめたい。感情というものなのか、それとも単なるバグなのかを」 長門の長い独白は俺に大打撃を与えた。長門がこんなにまではっきりと自分の意思を表明したのは初めてかも知れない。 そして俺は驚いていた。長門が自分自身と向き合っている事に。俺はさっきあんなに偉そうな事言っておいて、いざ長門が自身の感情を探っていると知ると、意外だなって思った。長門はそんなことしないって思ってた。 それはつまり長門のうわべの属性ばかり見ていたってことだ。結局俺は長門の本心を全然わかってなかった。全然ダメじゃん。 「私はそれを確かめる手段として提案をした。貴方は提案を了承こそしなかったものの、私の知らないことを教授してくれた。感謝している。でも貴方はわかっていない。私は決して生半可な考えで提案したのではない」 あんな自分勝手で何でも解ってる風な戯言に感謝していると言われても嬉しくない。だが、言ってしまったことは取り消せない。ならどうすればいい? 決まっている。長門の提案に今度こそハッキリと答える。一度断わったが、それは自分のエゴで答えただけだ。 俺にとって長門の存在ってなんだ?命の恩人?頼れる仲間?俺が所属するグループの一人? 俺はSOS団の今の関係を壊したくない。今のままでいたい。だが、そろそろ変わらなきゃいけないのかもしれない。関係も、俺の保守的な気持ちも。 壊すのではなく、次のステップへ もう言いたいことは言ったのだろうか、長門は黙って俺を見ていた。 俺は息と思考を整える。覚悟を決めろ。言うんだ。 「長門。性交渉はダメだ。これは俺が真剣に考えた、お前の提案に対する答えだ」 「………そう」 「だが、キスは…いいぞ」 長門の瞼は数ミクロン持ち上がった。 「その…お前がいいのなら」 「………なぜ?」 「前に言ったよな。長門のためなら出来る限りの事はするって。今まで命を救われてきたお礼だって。だから、もしそれでお前が大切な何かを発見できるなら、俺は構わないよ」 この後に及んで、俺はまだ恩着せがましいことを言ってる。ずるいよな。フェアじゃない。 「長門だけじゃない、俺も何かを見付けられるかもしれないんだ。見付けられないかもしれない。五分五分だ。でもやってみなきゃ始まらない。いいか?」 「…いい」 長門はハッキリと頷いた。 俺と長門はベットを挟んだまま、ベットに手をつき体を支えながら少しずつお互いの顔を近づけてゆく。 くそ、覚悟してたけどやっぱり緊張するぜ。 長門が目を閉じたのに倣い、俺も目を閉じる。数センチずつ近付いていたのが数ミリずつになっていく。 俺は薄く瞼を開け、長門の唇の位置を確認して位置補正、再び瞼を下ろす。 長門は震えていた。目を閉じててもわかるほど。俺も震えてた。どちらも、無理な体勢からくる震えではない。 もうすぐ、くっつく。 俺は、変われるのか。どう転ぶかわからん。そんときはそんときだ。 ……いくぞ!「待って」 ………へ? 「涼宮ハルヒが情報封鎖空間に接近している。失念していた。かなり近い。あと43秒で接触する」 長門は一瞬でいつもの調子に戻った。 俺はワケが解らず、そのままの状態をキープ。 「今から貴方に説明しなければ矛盾が生じてしまう。貴方は早くベットに横になって」 俺は言われるがままにベットに潜り込んだ。一体何が起きたってんだ。わけわからん。 「貴方の損傷部位の再構成する際、他人の干渉を遮断するために情報封鎖を行った。ここでの会話が外部に漏れることはない。接触まで33秒」 確かに、俺は怒鳴りまくってたからな。あれが外にいるひとに聞かれるのは精神的にキツい。例え誰もそのことに触れなくても、だ。だがここで疑問が発生した。 「俺って再手術受ける予定だったんだよな。どうすんだ?治っちまってるぞ」 大丈夫。広範囲の人間にあの事故の該当記憶を消去し、擬似記憶を組み込んだ」 ってことはハルヒが蹴られた事実はなくなってるのか? 「涼宮ハルヒが貴方に危害を加えたことは事実。しかし原因を覆すのは困難。よって、結果を操作した」 ということは。何だ?途中で切ってもわからんぞ。全然わからん。 「貴方は涼宮ハルヒに蹴りを浴びたことで痛みを堪えようと異常な腹圧がかかり、軽度の腸捻転を引き起こした。貴方は救急車両でこの病院に運ばれ緊急手術を受けた。その手術は成功。今の貴方は術後管理下に置かれた状態」 「それが擬似記憶。貴方はその事を考慮してつじつまを合わせてほしい。接触まで17秒」 「さっき病室にいた朝比奈さんや古泉もか?」 「そう。本当の記憶を持っていると彼らとの人間関係に何らかの障害が発生する恐れがある」 確かに。アソコが潰れた、なんて知っていてほしくはないからな。変に気を使われるのはいたたまれない。 「接触まで09秒。この場に私がいるとさらなる問題を起こしかねない。緊急離脱する」 緊急離脱?どうやってだ?廊下には既にハルヒがいるんだろ?どこから脱出すんだ? ……窓がいつの間にか全開になってる。そこからか。 長門は窓枠に手をかけ、最後に俺に言った。 「……続きは、またの機会に」 長門の姿は消えた。外からトサッと小さい音が聞こえた。 無事に着地できただろうか。窓から見える景色だけではこの病室が何階なのか、俺には目測できん。まぁ大丈夫だよな。 俺は長門のカウントダウンを数えられるほど落ち着いてなかったので、ハルヒがいつ来るかはっきりとはわからん。 落ち着こう。短い深呼吸。目を閉じて、口の中で言葉を繰り返す。俺は腸捻転、アソコは潰れてなどいない。俺は腸捻転だ……腸捻転って何だ? ヤバい!そこんとこ突っ込まれたら、俺は何て言えばいいんだ!?畜生!メチャ焦ってるぞ俺!どうにでもなれ! コン、コンッ ……ノックする音が病室に響く。おいでなすった。 「……入っていいぞ」 ハルヒだってのはわかってるから、別にこの口調でいいよな。 ドアが随分ゆっくりと開く。変に緊張するからさっさとしろよ、ハルヒ。 思った通り、いや、長門が言った通りか。そこには今まで見たことのない、重苦しい表情をした涼宮ハルヒが立っていた。 ハルヒは後ろ手でドアを閉めた。それと同時に顔を下に向け、垂れた前髪で表情が隠れてしまった。 だが、俺には表情が見えなくてもハルヒが何を考えてるか、よくわかる。 ハルヒはひどく落ち込んでいた。 さて、それは何故か? 俺をこんな目に遭わせたのはハルヒであって、しかも俺は手術を受けるハメになった。金も結構かかっていることだろう。その請求はどこに向かう? 生憎うちは金持ちじゃない。当然ハルヒ側が払うことになるだろうな。それはハルヒが親に迷惑をかけることになる。ハルヒはそれで落ち込んでいるのかもしれない。 ……我ながら、なんて下品でひねくれた解釈だろう。いや、実際俺はそんな風には思ってない。俺が言いたいのは、ハルヒの落ち込みはそんなチャチな利益を含んだもんじゃないってことだ。 もっと、深いところからこみあげる、後悔と自責の念。 ハイなハルヒもローなハルヒも間近で見てきた俺が言うんだ。間違っちゃいない。多分な。 ハルヒは自分から訪ねてきたくせに、長い間黙り込んでいた。 俺には、その沈黙が嫌ではなかった。別に落ち込むハルヒを見て悦に入ってるわけではない。そもそもハルヒが黙ってるなんて、天変地異が起こる前触れと言っても過言ではなく、そうなる度に俺は慌てふためいたわけだが。 何ていうか、その沈黙には俺に対する気遣いが感じとれた。出稚扱いの俺に対する、だ。 だがこのままでは話が進まない。俺はハルヒに問いかけた。 「何だ?話があるから来たんだろ?黙ってないで言ってみろ」 「……あ、あの……その、本当に、ごめんなさい!」 ハルヒは深々と頭を下げて言った。 そう来ると思ってたが、こんなに深いお辞儀をされるとは思わなかった。 「もう良いよ。俺の不注意ってのもあったんだしさ。頭上げろよ。お前らしくない」 ちょっと前までハルヒにキレていた俺だが、長門に治してもらったのと長門の告白で怒りなんかどっか遠くに飛んでいっちまった。 「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……駄目なのよ!それじゃあ!」 ハルヒはほんの少し頭を上げて叫んだ。まだ表情はわからない。 「だって……あたしがあんなことしなけりゃアンタが手術するようなことにはならなかったのよ!前からキョンはあたしに注意してたじゃない!?『壊れるからドアを蹴るな』って…!それなのにあたしは止めなかった!結局アンタをこんな目に遭わせて!最低の馬鹿よあたしは!」 一気に巻くし立てたハルヒはまた黙り込んだ。呆然とした俺は、一瞬だけ、垂れて揺れる前髪の隙間からハルヒの瞳が見えた。一杯の涙を溜めた瞳が。 俺はゆっくりベットから起き上がった。一応「腸捻転」の手術を受けたことになっている。病名に「腸」がつくくらいなんだから開腹手術だろう、その術後の患者が動き回っちゃいけないんだが。まぁ完全回復してるんで見逃してくれ。 俺はハルヒに近付いて、肩に手を置いた。 ハルヒはビクリと反応した。 「ハルヒ。本当に俺に悪いと思ってるなら、俺の顔、俺の目を見て謝れ。ちっとばかし失礼じゃないのか?」 ハルヒはぎこちない動きで頭を上げた。 やはり泣いていた。両目を真っ赤にして、涙を溜めていた。 俺は満面の笑みでハルヒを迎え入れた。 「なんでよ…なんでそんな顔するのよ……」 「む、なんだ。それは俺の顔の出来が悪いって意味か?」 俺は笑い声で答える。 「なんなのよ…あたしのせい、なのに……」 「しつこいぞ。俺の忠告を聞かなかったお前も、お前の前にアホ面で立ってた俺もおあいこだろ。もう済んだことだ」 「うぅ……キョン、ごめんなさい……」 「心配かけて悪かったな、ハルヒ」 ハルヒは俺の服を掴んで顔を俺の胸に埋めて泣きじゃくった。長い間そうしてた。 全く、長門といいハルヒといい、今日に限って涙腺緩みすぎだぜ。そういや俺もちょっと泣いたっけ。 落ち着いたハルヒは、ベットに俺と並んで座り涙を拭いた。 「なんからしくないとこ見せちゃったわね。でもまぁ、とにかくゴメンね?」 「じゃあさ、謝るついでに一つ教えてくれないか?」 「なによ?あたしに答えられること?」 そうだ。ずっと引っ掛かってたことがあるんだ。あの時のハルヒの様子についてだ。 「あの時、お前が俺を蹴り飛ばす前にさ、何してたんだ?」 「何って……何のこと?」 「いや、お前さ、ドアの前で目閉じて深呼吸してただろ?あれだよ」 ハルヒは顔を赤らめてうつ向いた。 「笑わないで…聞いてくれる?」 「あぁ、誓う。絶対笑わない」 「えっとね、中学の話は前にしたよね。すっごく退屈だったって話」 俺は相槌を打ちながら「聞いた」と言う。 「それでさ、高校に入ってからSOS団を作ったじゃない。それからが全然退屈じゃないのよ」 「いや、結構退屈だって言いまくってた気がするが」 「それは…あたし自身の本当の気持ちがわかってなかったんだと思う。有希と、みくるちゃんと、古泉君、それに…キョンに会って、あたし変われた。あたしを理解してくれる仲間に会えたんだって。そう思えるようになってた」 ハルヒの独白は長い。いつか聞いた、野球場で何たらっつう話も長かったし。まだハルヒの話は続く。 「皆で旅行したり、パトロールしたりグダグタしたりしてて、思ったのよ。まるで夢の中にいるように楽しいな、って」 それは俺も同感だ。結構楽しいぜ。楽し過ぎて俺の財布は悲鳴を上げっぱなしだ。 「でもさ。時々不安になるのよ。もしかして本当に夢なんじゃないか、幻を見てるんじゃないか、って」 ……古泉説によると、そうなるんだよな。 この世界はハルヒが見ている夢の舞台、そんな内容だったはずだ。外れている事を願うばかりだね。夢なんてのは見たり見なかったりするものだが、どちらにせよいつか目が覚めてしまうのは当然なんだ。 「だから……部室のドアを開けたら、SOS団が全部消えてなくなっちゃってるんじゃないか、って思っちゃうの。そう思うとドアを開けるのが怖くなっちゃって……」 俺は何も言わずハルヒの話に耳を傾ける。ハルヒの焦点は遥か遠い何処かを結んでいた。 「変なこと言ってるって思うでしょ?あたしもそう思う。何でだろ。宇宙人も未来人も超能力者も、まだどれにも会ってないっていうのにね。団長のあたしがこんなんじゃ、示しがつかないわよ、全く」 ハルヒは勢い良くベッドに背中を預けた。スプリングの強い振動が俺に伝わってくる。俺が本当に手術受けた患者だったらどうする。傷に響くだろうが。戒めとしてちょっとからかってやろう。 俺は背中を丸め、両手で腹を押さえた状態で演技モードに入る。 「うっ…傷が…いてぇ……」 俺演技下手だな。人生をどう間違っても役者なんか目指さない。映画の続編はやっぱり雑用にしてくれ。 しかしハルヒは血相を変え、俺ににじり寄った。 「えっ…ちょ、キョン!?大丈夫!?まさか…あたしがベッド揺らしたせい!?ごめんなさい…今誰か呼んでくるから!!」 ドアに向かって走り出そうとしたハルヒの腕を掴み、俺は舌を出した。 「ウ・ソ、だよ。こんなに簡単に引っ掛かるとはな」 ハルヒは唖然とし、みるみるうちに顔を真っ赤にして怒った。 「もぉ!ビックリさせないでよ!今の悪フザケであたしの寿命が縮んだらどう責任とってくれんのよ!」 「どう取ればいいんだ?提示してくれりゃ検討してやっても良いぜ」 「そうねぇ……何がいいかしら?」 おいおいマジに考えるなよ。ハルヒの考える事は解りやすいようで解りにくいからな。 ハルヒは顔を真っ赤にしたまま、そっぽ向いて言った。 「……辞めないでよね!」 「何を?」 「SOS団を!辞めるな!って言ってんの!」 検討するまでもない。辞める気なんてさらさらないぞ。幕を下ろすには中途半端だし、何よりも俺はSOS団に居たいんだ。 「辞めるわけねーだろ。全く、何考えてんだよ」 「だって……今までキョンに迷惑かけてたしさ、今回は流石に嫌われたって思ったから……」 ホント、こいつは要らん心配ばかりしやがる。今まで散々、常識無視の猪突猛進だったくせによ。お前らしくねぇよ。 「確かに。俺は今までお前に散々振り回された。我儘にも付き合わされた。普通だったら『もうウンザリだ!辞めてやる!』ってなるだろうな」 「やっぱり……そう思ってたんだ…そうよね……普通はそうよ…」 「俺は普通じゃないようだ」 「え……?」 ハルヒは豆鉄砲を食らったハトのような顔で振り向いた。いつもならアヒルなんだがな。 「なーんだかんだ言って、俺もう慣れちまった。お前といるとさ、いつどんな面倒事持ち込むのか期待しちまうんだ。どうせ俺が一番苦労するってのはわかっててもな」 ハルヒは目をパチクリさせて俺の顔を見つめている。俺の発言がそんなに意外だったか?普段のハルヒなら『当然よ!あたしは団長なのよ!?団員は黙ってついて行くのが務めってもんよ!』とか言いそうなのに。 「それにだ、SOS団はお前にとってだけじゃなく、俺にとっても最高に楽しいって思える場所なんだ。でもそれは決して夢なんかじゃない。俺たちが息吸って生きてる現実だ。だから」 俺は一息つき、続く言葉を放つ。 「俺の事もSOS団の事も心配無用。だからハルヒは、ハルヒらしく在っていてくれ」 ハルヒはまた目を潤わせた、と思ったら制服の袖で勢い良くソレを拭い深呼吸した。 「キョン、これから一番あたしらしくない事をするわよ。こんな機会は滅多にないわ。希少価値よ!超がついちゃうぐらいの、ね!」 いつもの口調に戻ったと思ったら、今度はなんだ?一番ハルヒらしくないって言われても。さっきの泣いてたハルヒ以上に値打ちのある姿なんて想像できん。 まさかえっちい事……じゃないよな。長門の爆弾発言がまだ尾を引いてやがる。あれやこれやと思案を巡らせていた俺は、不意に肩、首の周りに重圧を感じて我に返った。 ハルヒが俺の首に手を回して抱きついていた。ハルヒの頭が俺の頭のすぐ横にある。 ハルヒの体温、鼓動、呼吸が俺に伝わってくる。意外に焦らないものだ。なんだか母親に抱かれた子供が感じるような、安心感が俺を包み込む。 「…キョン…今までありがとう……そして…これからも、ずっと……」 耳元で囁いたハルヒは俺の肩に手を置き、俺の目の前に顔を向き合わせた。オイオイハルヒさん、一体何をする気だい? 「目、瞑って……」 俺は言う通りに目を閉じ、息を飲んだ。これってアレだよな?アレじゃなかったらなんだ?アレってなんだ?アレってもしかして、キスですか!? 長門に続きハルヒもかよ!悩み事打ち明けた後にキスしたくなっちゃう病気でも流行ってんのか!?いや、長門にキスを持ちかけたのは俺だ。ってことは俺も感染してるのか!?どうすんの俺!? 駄目だ目開けられねぇ!くそ!覚悟を決めろ!俺! 覚悟を決めるため、また震えを堪えるため、俺は今座っているベッドのシーツを力一杯握り締めた。さぁさぁ、ドンと来ぉい! ガチャリ。 思いがけない音が響いた瞬間、急に肩にかかった重圧が消えた。『ガチャリ』って、まさか…… 「ゆゆゆゆ有希ぃぃぃ!?な、何で急に入ってくんのよ!?びびビックリするじゃないのぉ!」 開け放たれたドアの前に立っていたのは、先程この部屋の窓から華麗、かどうかわからんジャンプで脱出した長門有希だった。 「……そろそろ麻酔の効果が切れる時刻なので様子を見に来た……何をしてるの?」 「なな何でもないわよ!?キョンが起きて、じょ状況が解ってないようだったから、ああたしがせ、説明してたのよ!そ、そうよねキョン!?」 「あ?ああ、そう!ほら俺、き気絶してただろ!?全然状況が解ってなくてさぁ!ちょうどハルヒが来たから訊いてたんだよ!」 「…………………そう」 ヤヴァイよ…今だかつてない負のオーラが、長門の周囲を覆っている……!やっぱり、怒ってるの…か? 「あのぉ、長門さんどうしたんですかぁ?……って、あれぇ、涼宮さん来てたんですかぁ?」 「おや、団員の元にイの一番に駆け付けるとはさすが涼宮さん。一団のリーダーとしてとても立派な事だと思います」 古泉と朝比奈さんが廊下からヒョイと顔を出した。二人は最初に病室にいたはずだが……長門の疑似記憶だな。 「み、皆喉渇いてるんじゃない!?あたし売店でジジュース買ってくるから!それまでご、ごゆっくりぃぃ!!」 完全にバグったハルヒは全速力で病室から逃げ出した。ずるいぞ!俺も逃げたいのに! 「涼宮さぁん、廊下は走っちゃ駄目ですよぉ~」 朝比奈さんはハルヒの背中に小学校勤務の教師的な注意を投げ掛けたが、ハルヒは一目散に走って逃げた。 「どうしたんでしょうね?凄く慌ててましたよ?」 「本人の発言の通り、涼宮ハルヒは喉が渇いているため水分補給をしに行ったと思われる」 古泉の疑問に即座に答えた長門は、凄まじく恐ろしい目で俺を睨んでる。他の二人は気付いてないようだが俺にはわかる……!長門は滅茶苦茶怒ってる……! ちなみにこの日、ハルヒは結局戻って来なかった。あの勢いじゃ日本列島一周しに行ってもおかしくはない。耳から蒸気を噴き出しながら爆走する暴走特急ハルヒ。コックに扮した秘密捜査官にさえ停めることは不可能。取りあえず放っておこう。 その後、古泉は俺の症状、手術に至るまでの経過、注意事項etcetcを延々と語っていたが、俺の耳には全く入らなかった。 原因は長門だ。ずっとあの調子で俺を睨んでいる。俺の緊張状態は金縛りを起こす一歩手前なわけで、演説大好きエスパー野郎の声を俺の鼓膜が通過させる余裕など微塵もない。 唯一鼓膜が通過を許可した古泉の説明は『退院まで一週間半かかる』との事。 つまり予定通りにいけば、一学期の終業式までには出席でき、すぐに夏休みが始まるというわけだ。 だからそれまでゆっくりと入院生活を満喫、なんてそうは問屋が卸さない。早く倒産すれば良いものを、とんでもないブツを2つも売りつけやがった。 まず1つ。怒り狂う長門をどう鎮めるか。 そして2つ。ハルヒにどのツラ下げて会えば良いのか。 せっかく9割以上の学生が喜んで待つだろう夏休みが間近に迫っているというのに、俺はこの2つの難題に取り掛からなくてはならない。 こんな鬱な夏休み前は生まれて初めてだ。それどころか夏休み後半、いや二学期まで引きずりそうな予感さえするのだ。 俺に試練を与えたもうた何処かにいる神へ、ありったけの憎しみを込めて俺は呟く。 『やれやれ』 涼宮ハルヒの蹴撃・終劇。 ~エピローグ~ この後、俺はどうなったかを語ろう。言っとくがちゃんと生きてるぞ。容態が急変した、なんてこたない。俺はこれ以上ないくらい健康だ。精神面を除いてだが。 まずは苦悩の入院生活についてだ。 長門は毎日、学校をサボって朝から晩まで俺の病室で本を読んでいた。タイトルが凄まじく攻撃的な物ばかりだったのは俺への当て付けだろうか。ちなみに『あの時の続き』はしていない。何だか生殺しな気分。 ハルヒも何故か毎日来た。日本列島一周は諦めたか、一晩で終らせたかは知らんが。ハルヒも明らかにサボりだ。病室で携帯いじりやボードゲームをしている。つまり病院で団活してるわけだ。 だが、長門が席を外してる間にハルヒは俺の入院着の襟を捻り上げ、 「あの時の事は忘れなさい!誰かに言ったりしたら、本っ当に死刑だかんね!」 と、脅された。当然俺は頷き、なかった事にしました。権力に屈した感がするが、死にたくないからな。 朝比奈さんと古泉は放課後、病室に毎日来てる。見舞いって名目だが、やっぱりする事は団活と同じ。 あんまし気遣ってないだろ、俺のこと。 担任岡部も見舞いに来て果物詰め合わせをくれたが、全てハルヒと長門の胃袋に収容された。 谷口&国木田も来たが病室がSOS団支部局になってる事に気付き、早々に帰っていった。 名誉顧問の鶴屋さんもしょっちゅう来てくれた。俺の病室が個室で本当に良かったよ。このひと声でか過ぎ。大部屋だったら即刻退去を命じられていただろう。楽しかったからいいけどさ。 で、退院後。部室で退院祝い鍋パーティが行われた。鍋の具は主にモツ。ハルヒ曰く『あんな蹴りで腸壊すなんて弱すぎよ!モツ食って鍛えなさい!』だそうだ。さらに大量のヨーグルトを買ってきやがった。モツ+ヨーグルト。即座に腹下しそうな食い合わせだなオイ。 もし全員が『本当の記憶』のままだったら鍋の具は一体何になっていたのだろうか。考えたくない。吐気がするね。 「キョン~!さっさと食っちゃいなさいよ!これから夏休み計画の会議するんだから!」 ちっとは優しくなるかと思ったら、我らが団長様はエンジン全開、フライングしまくりなテンションを保ってる。 もう、なんつうか…… 「やれやれ」だな、やっぱり。
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~部室にて~ 長門「……」ペラ ハルヒ「有希、明日遊びいきましょ」 長門「明日は土曜、団活がある」 ハルヒ「なんだかキョンが、ど~しても外せない用事があるらしいのよ」 長門「用事?」 ハルヒ「そうなのよ。団長であるあたしに理由も話さないのよ」 長門「その用事が理由だと思われる」 ハルヒ「わ、分かってるわよ!あたしが言いたいのは」 長門「言いたいことは分かる。でもそれはプライベート」 ハルヒ「それは分かるけど……」 長門「なら今回は仕方ない」 ハルヒ「とにかく!団員が揃わないから明日の団活は中止よ」 長門「そう」 ハルヒ「だから……遊び行かない?」 長門「二人で?」 ハルヒ「そう二人で。どっかいきましょ」 長門「どっかとは?」 ハルヒ「どっかよ」 長門「そう」 ハルヒ「行き当たりばったりでもいいじゃない」 長門「……」 ハルヒ「……それとも行きたくない?」 長門「……」フルフル ハルヒ「なら決まりね!時間とかは後でメールして決めましょう」 長門「……」コク ハルヒ「ところで、さっきからなに読んでるの?」 長門「これ」 ハルヒ「『僕らが死体を拾○わけ』?気味の悪いタイトルね。ホラーかサスペンス?」 長門「最初はそう思って借りた」 ハルヒ「最初は?」 長門「そう。実際は体験談中心の博物誌」 ハルヒ「面白いの?」 長門「ユニーク」 ハルヒ「ふーん」 長門「……」ペラ ハルヒ「そういえば、有希って休みの日はなにしてるの?」 長門「家にいる」 ハルヒ「出かけたりしないの?」 長門「たまに」 ハルヒ「どこ行くの?」 長門「図書館」 ハルヒ「……まぁ、予想どうりの答えね」 長門「そう。あなたは?」 ハルヒ「あたし?」 長門「……」コク ハルヒ「街を散策してるわ。団長たるもの、休みの日でも不思議探索を欠かさないのよ」 長門「実際は?」ペラ ハルヒ「……小物とか服とか探しまわってる」 長門「そう」ペラ ハルヒ「べ、別にいいじゃない!休みの日くらい」 長門「何も言っていない」 ハルヒ「うっ、とりあえずみんなにはいわないでね?」 長門「善処する」 ハルヒ「頼むわよ、こんなこと言えるの有希だけなんだから」 長門「……」コク ハルヒ「それにしてもみんな遅いわね」 長門「……」ペラ ハルヒ「なんか聞いてる?」 長門『何も』 ガチャ キョン「悪い遅れた」 ハルヒ「ちょっと遅いわよ、キョン」 キョン「だから、悪いって。それに同じクラスなんだし俺が掃除当番なの知ってるだろ?」 ハルヒ「知ってるわよそんなの、でも遅いのよ」 キョン「おまえは人と会話する気あるか?」 ハルヒ「後は、古泉君とみくるちゃんね」 キョン「はぁ、もういい」 ガチャ 古泉「遅くなりました」 ハルヒ「あ、古泉くん」 古泉「少し職員室に寄っていまして」 ハルヒ「構わないわ。後はみくるちゃんね」 キョン「なんだ、古泉には苦言しないのか?」 ハルヒ「は?ちゃんと理由があるじゃない」 キョン「……」 ハルヒ「しいて言うなら、副団長とヒラの人徳の差かしら」 キョン「ふん、言ってろ」 古泉「まあまあ、お二人とも。僕のためにケンカしないで下さい」 キョン「お前な」 古泉「んふ。冗談ですよ」 キョン「ったく」 カチャ みくる「遅れちゃいましたぁ~」 ハルヒ「遅いわよ!みくるちゃん」 キョン「みんな今来たばかりだから大丈夫ですよ」 ハルヒ「……」 キョン「……」 ハルヒ「みくるちゃんには優しいのね?」 キョン「さぁな、誰かさんと比べた人徳の差じゃないのか?」 ハルヒ「……」 キョン「ふん」 みくる「え~と、着替えるんでキョン君と古泉君、部屋出てもらっていいですかぁ?」 キョン・古泉「分かりました」 ガチャ ハルヒ「なによ!キョンのやつ」 長門「……」ペラ みくる(うぅ~、涼宮さん機嫌が悪いみたいですぅ) ハルヒ「ねぇ有希!どう思う!?」 長門「しいて言うならあなたに非がある」 ハルヒ「!?」 みくる(な、長門さん!?) 長門「彼といる時のあなたの態度は、あまり良くない」 みくる(そんなこと言ったら涼宮さんが……) ハルヒ「……そうかなぁ」 長門「そう」 みくる「?」 ハルヒ「……分かった、気をつけてみる」 長門「その方が賢明」 ハルヒ「一言多いのよ」 長門「……」ペラ みくる(あれ?) コンコン キョン『朝比奈さん。もういいですか?』 みくる「あっ、どうぞぉ」 ガチャ 古泉「さて涼宮さん。今日は何を?」 ハルヒ「まず、明日の団活は中止にするわ」 みくる「じゃあ、お休みですねぇ」 ハルヒ「そう、誰かさんが出れなくて欠員がでちゃうからね」 長門「……」ジー ハルヒ(あっ、やっちゃた) キョン「悪かったな」 古泉「おや、どちらかへ行かれるんですか?」 キョン「あぁ、ちょっと中学時代の友達とな」 ハルヒ「なんで古泉君には言うのよ!」 キョン「いちいち突っかかってくるなよ。友達に会うだけだし、言ったところで誰だか知らないだろ」 長門「……」ジー ハルヒ(そんなに見なくても分かってるわよ、有希) キョン「それより、古泉。今日はなにをやるか?」 古泉「……ふぅ、あなたと言う人は。まったく」 キョン「なんだ?」 古泉「いえ、何でも」 みくる「涼宮さんは土曜はどうされるんですかぁ?」 ハルヒ「有希と遊びに行くわ」 みくる「えぇぇ~!ほんとですかぁ?」 ハルヒ「ほんとよ。ねぇ、有希?」 長門「……」コク 古泉「……」 キョン「どうした、古泉?」 古泉「いや、珍しい組み合わせだなと」 キョン「たしかにそうだな」 古泉(まさか長門さんが直接彼女へのコンタクトを取りに?) 長門「それは考えすぎ」 古泉「おっと、ばれましたか」 長門「これは普通の交友関係」 古泉「それはそれは。余計な詮索をしてすいません」 ハルヒ「みくるちゃんはどうするの?」 みくる「溜まってるレポート(仕事)があるから、それをやりますぅ」 ハルヒ「そうなの?大変ね。古泉君は?」 古泉「僕ですか?う~ん、どうですかね。まだ分かりません」 ハルヒ「デートとかしないの?古泉くんって結構モテそうじゃない」 古泉「デートですか?……そうですね。たまにはいいかもしれません。後で誘ってみます」 キョン「待て古泉。お前彼女いるのか?」 古泉「えぇ」 ハルヒ(い、いたんだ) キョン「俺はそんな話聞いてないぞ!」 古泉「聞かれてませんので」 キョン「全く。いいよな、お前は。俺なんか影も形もないぞ」 ハルヒ「……」 長門「……」 みくる(な、なんてことを) 古泉(これは、流石にあきれますね) キョン「?」 長門「……」バタン キョン「長門、もう帰るのか?」 長門「……」コク ハルヒ「……あたしも一緒に帰る」 長門「わかった」 みくる「わたしは着替えちゃったんで、少しお掃除してから帰りますぅ」 キョン「俺も少し残ってきます。女性を一人残すのは危険ですので」 古泉「なら僕もお供しますよ」 ハルヒ「あっそ、それじゃね……」 古泉(やれやれ、今日は久々にバイトですかね) ガチャ ~帰り道にて~ ハルヒ「……」トボトボ 長門「……」トテトテ ハルヒ「……はぁ」 長門「前にも言った。彼の鈍さは異常」 ハルヒ「べ、別にそれで溜息ついたんじゃないわよ」 長門「あなたにも反省点は多々あった」 ハルヒ「だ、だから」 長門「だから?」 ハルヒ「……キョンは関係ないって」 長門「本当に?」 ハルヒ「……うん」 長門「そう」 ハルヒ「……」 長門「……」 ハルヒ「……やっぱり……ほんとじゃない」 長門「わかってる」 ハルヒ「あいつがいるとなんか落ち着かないのよ。それで思ってることと逆の行動とっちゃうの」 長門「……」 ハルヒ「……どうすればいいんだろう」 長門「私には恋愛の知識はない。だから上手く説明出来ない」 ハルヒ「……」 長門「ただ」 ハルヒ「?」 長門「私といる時のあなたはとても優しい」 ハルヒ「……」 長門「だから感情のコントロールを身に付けるべき」 ハルヒ「コントロールかぁ.まさかそれを有希に言われるとはね」 長門「よくは分からない。ただ、私なりの推論」 ハルヒ「ん~ん。ありがと、有希」 長門「別にいい。友達なら当たり前」 ハルヒ「ふー、有希のおかげで少し楽になったわ」 長門「そう」 ハルヒ「うん。それで明日だけど、何時だったら大丈夫?」 長門「何時でも」 ハルヒ「それじゃあ十一時にいつもの駅前はどう?」 長門「構わない」 ハルヒ「決まりね」 長門「……」コク ハルヒ「もうお別れね。あたしこっちだから」 長門「……」コク ハルヒ「また、明日ね。ばいばい」 長門「また」 ~次の日~ 長門「遅い。今日はあなたの奢り」 ハルヒ「遅いって、まだ十一時前じゃない?」 長門「あなたはいつも彼に同じ台詞を言ってる」 ハルヒ「それはそうだけど……」 長門「だけど?」 ハルヒ「だけど……なんでもない」 長門「そう。奢りは嘘だから気にしなくていい」 ハルヒ「いや、おごるわよ」 長門「いい。代わりにそのうちまたカレーを作ってもらう」 ハルヒ「有希がそれでいいなら」 長門「それがいい」 ハルヒ「わかったわ。それじゃ行きましょ?」 長門「……」コク ハルヒ「どっか行きたいとこある?」 長門「よくわからない」 ハルヒ「実はあたしも特にないのよ」 長門「……」ジー ハルヒ「だ、だって昨日の今日よ?」 長門「……あなたには誘った責任がある」 ハルヒ「分かったわよ。……えっと~……そうだ!」 長門「決まった?」 ハルヒ「この辺りは団活で散々練り歩いたでしょ?」 長門「……」コク ハルヒ「そして今、あたしたちは駅前にいます」 長門「……」コク ハルヒ「なのでどっか行きます」 長門「……」 ハルヒ「な、なによ」 長門「振り出しに戻っただけ」 ハルヒ「だから!電車乗って知らない街に行って色々見て回るのよ」 長門「色々?」 ハルヒ「そうよ。なんか美味しいものあるかもしれないでしょ?」 長門「わかった」キラ ハルヒ「それじゃ切符買いに行くわよ」 ~駅にて~ ハルヒ「有希、頭のなかで数字思い浮かべて?」 長門「数字?」 ハルヒ「そう、なんでもいいわ」 長門「浮かんだ」 ハルヒ「いくつ?」 長門「百」 ハルヒ「却下」 長門「……」 ハルヒ「ニから十まで」 長門「なら、四」 ハルヒ「それじゃあここから四つ先の駅で降りましょ」 長門「わかった」 ~目的地にて~ ハルヒ「なんていうか。意外に街ね」 長門「そう」 ハルヒ「有希は初めて?」 長門「……」コク ハルヒ「そっか。あたしも初めて」 長門「……」グゥ~ ハルヒ「お腹減ったの?」 長門「……」コク ハルヒ「じゃあ先にお昼にしましょうか。なに食べたい?」 長門「……あれ」 ハルヒ「あれ?……バイキング」 長門「行く」トテトテ ハルヒ「わかったわよって、ちょっと置いてかないでよ!」パタパタ ~バイキングにて~ 長門「……」モグモグ ハルヒ「まだ入るの?」 長門「次を盛ってくる」 ハルヒ「あたしはアイス食べて終わりにする」 長門「そう」 ハルヒ「この後は、さっき可愛い服屋さん見つけたから有希の服選びましょ」 長門「服?」 ハルヒ「だって有希の部屋って、私服全く置いてないんだもの」 長門「ない」 ハルヒ「だから、古着屋とかでもいいから色々探して見ましょうよ」 長門「わかった」 ハルヒ「で、まだ食べるの?」 長門「後はデザート」 ハルヒ「もう好きにして」 ~商店街にて~ ハルヒ「結局1時間半きっかり食べてたわね」 長門「満腹」 ハルヒ「よかったわね」 長門「……」コク ハルヒ「それじゃ、服見に行きましょ」 長門「わかった」 ハルヒ「なんとなく有希に似合いそうなのがあったのよ」 長門「そう」 ハルヒ「そうなの♪有希ももうちょっと可愛くするべきよ」 長門「あなたは?」 ハルヒ「あたしはこれでも結構モテるのよ。ナンパもひっきりなしなんだから」 長門「……そう」 ハルヒ「なによ今の間は?」 長門「少し哀れんだ」 ハルヒ「有希じゃなかったらひっぱたいてたわね」 長門「そう」 ハルヒ「あたしの心の広さに感謝なさい」 長門「……」トテトテ ハルヒ「あっ、ちょっと待ちなさいよ」 ~古着屋~ 長門「ここ?」 ハルヒ「そうよ。電車の窓から見えたの」 長門「そう」 ハルヒ「あっ!これこれ。有希ちょっと来て」 長門「?」トテトテ ハルヒ「これよ、これ。結構生地薄いわね。でもいいわ」 長門「これは?」 ハルヒ「ちょっと着てみなさいよ」 長門「……」 ハルヒ「こうして胸元のチャック少し下ろして」 長門「……」 ハルヒ「フード被って」 長門「……」 ハルヒ「ほら鏡の前に立ってみて」 長門「耳」 ハルヒ「そうなのよ!このパーカーどう?この犬とも猫とれない微妙な耳!今日の有希がスカートで良かったわ」 長門「よくわからない」 ハルヒ「なに言ってんのよ。すごく似合ってるわよ。値段も手ごろだし」 長門「そう」 ハルヒ「店員さん!これ頂戴!」 長門「まだ買うとは言ってない」 ハルヒ「あたしが買ったげるわ。いつも有希には助けてもらってるし」 長門「?そんな覚えはない」 ハルヒ「こっちの話よ。おとなしくおごられなさい?」 長門「……わかった」 ハルヒ「任しといて!」 店員「そちらの商品ですか?」 ハルヒ「そうです。これもうちょっと安くなりませんか?」 店員「え~と、これでも安くしてる方なんですよ」 ハルヒ「そこをなんとか!」 店員「う~ん……わかりました」 ハルヒ「やった!」 店員「ただし、また今度友達でも連れてきてくださいね?」ニコ ハルヒ「わかりました!」 ハルヒ「有希。今度はみくるちゃんとかも連れて来ましょ?」 長門「構わない」 店員「よろしくね。それじゃあ二千五百円になります」 ハルヒ「はい」 店員「丁度頂きます。またのお越しを」 ハルヒ「今何時?」 長門「十五時半すぎ」 ハルヒ「そんなもんか。そういえばさっきのお店のBGMなんか良かったはね」 長門「あれはFriendly Fi○es」 ハルヒ「え!知ってるの?」 長門「たまたま」 ハルヒ「有希ってああいう洋楽っぽいの聴くんだ」 長門「私が聴くわけではない。以前、古泉一樹が聴いていた」 ハルヒ「へぇ~、古泉君が。でもなんか似合うわね。キョンが聴いてたらなんだか、背伸びしてるみたいで似合わないもの」 長門「そう」 ハルヒ「そうだ有希、CD見ていこ」 長門「……」コク ~二時間後~ ハルヒ「もう六時か」 長門「夕暮れ」 ハルヒ「もう地元に帰りましょうか」 長門「そうする」 ハルヒ「……」トテトテ 長門「……」トテトテ ハルヒ「今日は楽しかった?」 長門「悪くなかった」 ハルヒ「厳しいわね」 長門「つまらないとは言ってない」 ハルヒ「はいはい。次はちゃんと面白そうなこと探しとくわよ」 長門「期待している」 ハルヒ「わかったわよ」 ~帰り道にて~ 長門「疲れた」 ハルヒ「そうね、歩き疲れたわ。それに色々買ったし」 長門「……重い」トテトテ ハルヒ「後は帰るだけね」 長門「……」コク ???「もうこんな時間か。ついでだしどっかで飯でも食ってくか?」 ???「そうだね。家の人に夕飯はいらないと連絡しておくよ。しかしついでとは失礼じゃないかい?」 ???「ん?そうか?次は気をつけるよ」 ???「全く君ってやつは」 ハルヒ「あれ?今の声って?」 長門(間の悪さも異常) ???「くつくつ。ところで美味しい店をちゃんと知ってるんだろうね、キョン?僕の舌は以外にグルメだよ?」 キョン「そういわれてもなあ。自称グルメの佐々木と違って、俺の舌はあくまで一般のものなんだが」 佐々木「まあいいよ。きっとキョンと一緒ならどこでも美味しく感じる」 キョン「またそうやってプレッシャーを」 佐々木「くつくつ」 ハルヒ「……なによあれ」 長門「彼と彼の中学時代の友人のはず」 ハルヒ「手なんか繋いで、どう見てもデートじゃない」ジワ 長門「まだ分からない」 ハルヒ「どう分からないのよ!団活サボって!高校生の男女がこんな時間まで!二人でいて、手も繋い、で……どう見てもデートじゃない!」ポロ 長門「落ち着いて」 ハルヒ「ゴメン。……有希に当たっても仕方ないのに」ポロポロ 長門「別に平気」 長門(精神状態が非常に不安定。古泉一樹の健闘を祈る) ハルヒ「あいつ、彼女なんて影も形もないって言ってたくせに……」ポロポロ 長門「……」 ハルヒ「……今から有希の家行っていい?こんな顔して家帰れないわ」 長門「構わない」 ハルヒ「……ごめん、ね」ポロポロ ~長門宅にて~ ハルヒ「うん、もう遅いから泊まってく。ちゃんと明日中に帰るから。へ?違うわよ。長門有希って。前話したでしょ?あたし、彼氏なんて、いないし……うん、心配しないで。それじゃあおやすみ」 長門「おわった?」 ハルヒ「大丈夫よ。なんかお母さん、あたしが男のところに泊まると思ってたみたい」 長門「そう」 ハルヒ「笑っちゃうわよね。彼氏どころか失恋直後だっていうのに」 長門(以前のように閉鎖空間が発動しない。何故?) ハルヒ「あ~あ。月曜からどんな顔して会えばいいのよ」 長門(精神状態も安定しはじめてる) ハルヒ「ほんと、久しぶりにボロ泣きしたわ」 長門「……」 ハルヒ「ねぇ、有希」 長門「何?」 ハルヒ「あたし、どうしたらいいかな?」 長門「どうとは?」 ハルヒ「実際あたしの一方的な片思いだったわけじゃない?」 長門「それはまだ分からない」 ハルヒ「いいのよ。もう慰めてくれなくて」 長門「以前行った通り、彼の鈍さは異常。一緒にいた異性はほんとに友達かもしれない」 ハルヒ「もういいって」 長門「よくない」 ハルヒ「もういいのよ!」 長門「私はあなたに元気になってほしい」 ハルヒ「……大丈夫よ、あたし強いから」 長門「それは表向き」 ハルヒ「……」 長門「私の知ってるあなたは優しく、脆弱」 ハルヒ「有希……」ポロポロ 長門「あきらめるのは早い」 ハルヒ「有希、有希。う、うぅぅぅ~」ポロポロ 長門「私はあなたの友達」 ハルヒ「うぅっ、うっ、あ、ありが、とう」ポロポロ 長門「……大丈夫」ギュ 長門「落ち着いた?」 ハルヒ「……うん。ぐす。大丈夫」チーン 長門「そう」 ハルヒ「……今日、一緒に寝よ?」グス 長門「いい」 ハルヒ「どっちのいいなのよ?」グス 長門「肯定」 ハルヒ「分かったわ。……きっと一晩寝たら元気になる」 長門「そう」 ハルヒ「うん。あ、それと」 長門「?」 ハルヒ「さっきあたしのこと脆弱って言ったでしょ?言いすぎよ」コツッ 長門「言葉のあや」 ハルヒ「ふふ、今ので許してあげるわ」 長門「助かる」 ハルヒ「シャワー借りていい?」 長門「……」コク ~布団にて~ ハルヒ「はあぁ、有希って暖かーい」 長門「私は苦しい」 ハルヒ「我慢してよ」 長門「なるべくそうする」 ハルヒ「……有希?」 長門「何?」 ハルヒ「だーい好き」ギュ 長門「……悪い気はしない」 ハルヒ「あ~あ、有希になら素直に言えるのに」 長門「そう」 ハルヒ「そうなのよ。……オヤスミ」 長門「オヤスミ」 ~月曜~ ハルヒ(気にしちゃダメよ、涼宮ハルヒ。いつも通り、いつも通りよ) ガラ キョン「おぉ珍しく早いな。どうした?」 ハルヒ「べ、べ、別にどうしよもないわよ」 キョン「?そうか」 キョン「土曜は長門と一緒だったんだろ?どこ行ったんだ?」 ハルヒ(キョンはあのコと朝からいたのかなぁ) キョン「なに、お前と長門の組み合わせでなにをやってるのか、気になってな」 ハルヒ(なんでそんなに普通にしてられるの?) キョン「お~い。聞いてるのか?」 ハルヒ「キョ、キョン!?」 キョン「ん、なんだ?」 ハルヒ「一昨日、有希と一緒に歩いてたら……駅前で……」 キョン「駅前で?」 ハルヒ「あ、あんたが……その、女の子と歩いてるの見たんだけど……」 キョン「ん?あーその、見られたか」 ハルヒ「そりゃ、あんな地元ならね」 キョン「だよな」 ハルヒ「……彼女?」 キョン「いや、ただの腐れ縁の友達だったんだ」 ハルヒ「だった?」 キョン「あの時点まではな。あの後帰り道でな、まあ、恥ずかしい話だが告られたんだ」 ハルヒ「!!!」 ハルヒ「そ、それで?」 キョン「で、一週間後にまた会おうって。その時に答えがほしいって、言われた」 ハルヒ(いっ、一週間!?長すぎ!生きた心地しないじゃない) ハルヒ「それで、どうするの?」 キョン「さぁな、せっかく一週間も猶予もらったんだ。ゆっくり考えるさ」 ハルヒ「あんた、そのコのこと……好きなの?」 キョン「あぁ、大事な友達だからな。嫌いになれるはずがない」 ハルヒ「……そう」 キョン「?」 ~昼休み~ 長門「普段どおりどころか、根掘り葉掘り聞いたと?」 ハルヒ「ウン……聞いた」 長門「そう」 ハルヒ「……」 長門「あなたはどうする?」 ハルヒ「わかんない」 長門「そう」 ハルヒ「どうすればいいかな?」 長門「私には分からない」 ハルヒ「……」 長門「でも、悔いは残さないほうがいい」 ハルヒ「……」 長門「……」 ハルヒ「そうだよね。別にまだ付き合ってるわけじゃないし」 長門「……」 ハルヒ「あたしも答えを出す」 長門「そう」 ハルヒ「いますぐ言う勇気はないけど、きっと……明日言うわ」 長門「頑張って」 ハルヒ「うん。ありがと有希。また放課後ね」 長門「また」 ガチャ 長門「……」 ガチャ 古泉「やってくれましたね」 長門「古泉一樹」 古泉「長門さん、下手をしたら世界が一瞬で改変することになりますよ」 長門「……」 古泉「なぜあんな軽率なことを?」 長門「土曜の夜」 古泉「は?」 長門「閉鎖空間は発生した?」 古泉「大規模なのが一つ。でも一分もたたずに消えましたよ」 長門「そう」 古泉「なにがあったんです?」 長門「……」 古泉「なるほど。そんなことが」 長門「最近の涼宮ハルヒの精神は、非常に落ち着いていた」 古泉「あくまで個人的な推論ですが」 長門「何?」 古泉「原因はあなたかも知れませんね」 長門「?」 古泉「もしかすると結果がダメでも」 長門「まだ分からない」 古泉「あくまで過程ですよ。恐らく告白が失敗に終っても、改変は行われないでしょう」 長門「……」 古泉「彼女のここ最近のあなたへの依存度は高い」 長門「……」 古泉「長門さんとの触れ合いで、彼女の精神が成長したと考えると多少つじつまが合います」 長門「成長?」 古泉「えぇ。実は土曜日の閉鎖空間は、大小あわせて実に四十九日ぶりのものでした」 長門「……」 古泉「わずかですが、感情のコントロールが可能になってきてるとみていいでしょう」 長門「そう」 古泉「今回の件、機関のほうでどうされるか分かりませんが、僕は関与しないようにします。では」 ガチャ 古泉(しかしこの場合。鍵が彼ではなく長門さんに移るということになる。厄介ですね) ~帰り道~ ハルヒ「明日、あいつに言ってみる」 長門「そう」 ハルヒ「これでダメなら諦めるわ」 長門「本当に?」 ハルヒ「……頑張る。それ以上に迷惑かけてSOS団がおかしくなっちゃうのは、嫌だし」 長門「……」 ハルヒ「なんか言ってくれないの?頑張れ、とか、きっと大丈夫、とか」 長門「せいぜいフラれてくるといい」 ハルヒ「有希!怒るわよ!」 長門「冗談。でもそのくらいの元気があなたには必要」 ハルヒ「ちょっとはTPOを考えなさいよ」 長門「気をつけてみる」 ハルヒ「有希?」 長門「?」 ハルヒ「あたしたちって、親友、よね?」 長門「親友?」 ハルヒ「そうやって聞き返されると、なんか恥ずかしいんだけど」 長門「私は一向に構わない」 ハルヒ「ほんと?」 長門「本当」 ハルヒ「ほんとにほんと?」 長門「私の言葉を信じられないなら親友ではない」 ハルヒ「た、ただ確認しただけじゃない」 長門「そう」 ハルヒ「あらためて、これからもよろしくね?あたしの親友」 長門「こちらこそ」 ~Fin~ ~次の日の昼休み~ ハルヒ「キョン!!」 キョン「おう。どうした?」 ハルヒ「後で話しがあるのよ。だから放課後、部室行く前に屋上に来なさい!」 キョン「ここじゃ言えんのか」 ハルヒ「放課後ったら放課後なのよ!いい?必ず……必ず来るのよ」 キョン「あぁ?わかった」 ハルヒ「じゃあ、あたし行くとこあるから」ダッ キョン「行っちまった」 ~部室にて~ 長門「放課後?」 ハルヒ「呼び出した」 長門「そう」 ハルヒ「……」 長門「……」 ハルヒ「……もし」 長門「?」 ハルヒ「もしダメだったどうしよう」 長門「諦めるのでは?」 ハルヒ「……出来るかな」 長門「私はあなたではない」 ハルヒ「あたし、中学時代から告白されることはあった」 長門「……」 ハルヒ「今でもたまにあるわ」 長門「自慢?」 ハルヒ「そうじゃなくて、いざ自分もされる側から、する側になるとこんなにも違うんだなぁって」 長門「……」 ハルヒ「もうこのまま、ここからいなくなっちゃいたいわ」 長門「もう弱気?」 ハルヒ「……」 長門「いつものあなたではない」 ハルヒ「あたしだって……なんだかんだ普通の女の子なのよ」 長門「普通?」 ハルヒ「普通よ。お腹だってすくし、試験前は勉強するし、友達と一緒に遊びたい。……どうしよもなく好きなやつだっている」 長門「……」 ハルヒ「一番嫌ってた普通をあたしがしっかり体現してるの。おかしいわよね」 長門「そんなことはない」 ハルヒ「ありがと」 長門「……」フルフル ハルヒ「とにかく、そういうことだから今日の部活遅れるわ」 長門「わかった」 ハルヒ「昼休み終るからもう行くわね」 長門「涼宮ハルヒ」 ハルヒ「なに?」 長門「健闘を」 ハルヒ「ありがと、有希」 ガチャ 長門(……頑張って) ~放課後の屋上にて~ ハルヒ(キョン、あんたのことが好きなの) ハルヒ(なんかシンプルすぎるわね) ハルヒ(あんたをあたしの彼氏にしてあげるわ。感謝なさい!) ハルヒ(だ、ダメよ。これのどこが素直なのよ) ハルヒ(一人じゃ勇気出ない。今から有希を呼びに……それもダメよね) ハルヒ(どうしようどうしようどうしよう) ハルヒ(やっぱり止めればよかったかな?) ドクンドクン ハルヒ(あぁ~もう!心臓がうるさい!) ガチャ ハルヒ「!!!」 キョン「おう。待たせたな。なんか谷口のやつに絡まれてな」 ハルヒ「そ、そう」 キョン「それで、話ってなんだ?」 ハルヒ「……」 キョン「他の連中に聞かれたくない話なんだろ?」 ハルヒ(……キョン) キョン「まあ、これで案外口が堅い方なんだ」 ハルヒ(キョン) キョン「だから信用してくれていいぞ?」 ハルヒ(なんであんたは、そんなにあたしに優しくしてくれるのよ) キョン「……そんなに言いづらいことか」 ハルヒ(あんたがあたしに構ってくれたせいで) キョン「大丈夫か?」 ハルヒ(あんたのせいなんだから) キョン「おい、顔真っ赤じゃないか?熱でもあるのか」 ハルヒ(とっくに頭に血が上りきってるわよ) キョン「別に無理しなくていいぞ?」 ハルヒ「無理なんかじゃない!!!」 キョン「うぉ!いきなり大声出すなよ」 ハルヒ「キョン!聞いて!」 キョン「さっきから聞いてるって」 ハルヒ「最初はそんなことなかった」 キョン「?」 ハルヒ「あんたの提案でSOS団を作って、今のみんなが集まった」 キョン「……」 ハルヒ「あたしがわがまま言ったときも、あんたは口では文句言いながらも着いてきてくれた」 キョン「わがままな自覚はあったんだな」 ハルヒ「お願いだから、今は変な横槍いれないで」 キョン「すまん」 ハルヒ「みんなと、あんたと出会って一年。色んなことがあった」 キョン「……」 ハルヒ「昨日あんたが昔の友達に告白されたって言ったわよね?」 キョン「あぁ」 ハルヒ「それを聞いて、あたしは、生きた心地がしなかった」 キョン(そういうことかよ) ハルヒ「あたしは、あたしは……」 キョン「……」 ハルヒ「……」 キョン「……」 ハルヒ「あたしは、あんたのことが好きなの。好きになっちゃったのよ」 キョン「……そうか」 ~部室にて~ キョン「遅くなったな」 古泉「今日は随分遅かったですね」 キョン「あぁ。野暮用があってな」 長門「……」 古泉「そうでしたか。ご苦労様です」 キョン「男からの労いの言葉はないな」 古泉「それはすいません」 みくる「あのぉ~」 キョン「なんですか?」 みくる「涼宮さんは一緒じゃないんですかぁ?」 長門「……」 古泉「……」 キョン「……あいつは。……長門」 長門「何?」 キョン「ちょっと廊下にいいか?」 長門「……」コク 古泉(長門さん、後は頼みましたよ) ガチャ キョン「あのよ、あいつ今屋上にいるんだ」 長門「……」 キョン「あいつのそばに行ってやってくれないか?」 長門「何故」 キョン「ん?」 長門「何故、彼女ではダメだったの?」 キョン「なんだ、知ってたのか」 長門「何故?」 キョン「先に好きになっちまったやつがいるんだ。ほんとに、ただそれだけだ」 長門「そう。行ってくる」タタッ キョン(悪いな) ~屋上にて~ ガチャ!! 長門「……」 ハルヒ「あ、有希じゃない。どうしたの?」 長門「……彼から聞いた」 ハルヒ「そっか。隣座んない?」 長門「……」コク ハルヒ「うん、ダメだった」 長門「そう」 ハルヒ「正直ちょっと、いや違うわね。かなり落ち込んでるわ」 長門「……」 ハルヒ「そりゃね、少しはいけるんじゃないかな?って期待もあったのよ」 長門「……」 ハルヒ「でもね、ダメだった。ダメだったのよ」ジワ 長門「……」 ハルヒ「やっぱり人並みに普通なんか求めたからかなぁ」 長門「……」 ハルヒ「ねぇ、有希。なんか言ってよ」 長門「私には何を言っていいか分からない」 ハルヒ「なんでもいいわよ。有希の言葉は何でもあたしに届くわ」 長門「……なら、前言撤回する」 ハルヒ「え?」 長門「あなたは弱くない。とても強い」 ハルヒ「……強くないわよ」 長門「そんなことはない」 ハルヒ「……」ポロ 長門「もっと胸を張るべき」 ハルヒ「それはちょっと出来ないわ」 長門「……そう」 ハルヒ「失恋ってこんなに辛いのね」 長門「私には経験がない」 ハルヒ「自慢?」 長門「違う。恋愛経験そのもの」 ハルヒ「そうなんだ」 長門「そう」 ハルヒ「……あいつ、この間のコのことが好きなんだって」 長門「そう」 ハルヒ「それでね聞いたの」 長門「何を?」 ハルヒ「変に未練がましくしたくなかったけど、もし、もしよ?」 長門「……」 ハルヒ「あたしが先に告白してたらどうだった?って」 長門「……」 ハルヒ「それでもダメだって」 長門「そう」 ハルヒ「でも、そこで肯定されたら、あいつ女なら誰でもいいってなっちゃうじゃない?」 長門「それなら私にも可能性はあった」 ハルヒ「こら」コツ 長門「ジョーク」 ハルヒ「もう。……それでね」 長門「……」 ハルヒ「それであたし良かった、って思ったのよ」 長門「?」 ハルヒ「あたしの好きになったやつは、そういう真っ直ぐな人だったわけじゃない?」 長門「……」 ハルヒ「あたしは間違えてなかったんだなぁ、って。こいつを好きになって良かったんだ、って」 長門「そう」 ハルヒ「それでね……有希、あたしのこと褒めて?」 長門「褒める?」 ハルヒ「うん。あたしね……泣かなかったの。悔しいからあいつの前では泣かなかったの」ポロポロ 長門「涼宮ハルヒ」 ハルヒ「泣きた、かった、けど、な、泣かなかったの」ポロポロ 長門「やっぱりあなたは強い」 ハルヒ「もう、うっ、泣いて、ヒック、いいよね」ポロポロ 長門「構わない。私しかいない」ギュ ハルヒ「あたし、や、やっぱり、あいつのこ、と、うっ、好きなのよ」ポロポロ 長門「そう」 ハルヒ「うっ、ヒック、うぅぅ~」ポロポロ 長門「……」ギュ ハルヒ「なんだかあたし泣いてばっかりね」グス 長門「いい」 ハルヒ「こんな情けない顔して部活行けないわね」 長門「そう」 ハルヒ「古泉君に行けないってメールしとく」 長門「わかった。私は鞄を持ってくる」 ハルヒ「うん。校門でね」 長門「……」コク ~部室にて~ ガチャ 古泉「おかえりなさい、長門さん」 長門(古泉一樹がここにいるということは) 古泉「えぇ。あなたのおかげですよ」 長門「!」 古泉「いつぞやのお返しですよ」ニコ 長門「そう」 キョン「長門……」 長門「大丈夫。でも今日はもう帰る」 キョン「そうか。わかった。よろしくな」 長門「……」コク ガチャ みくる「え?あのぉ~、どういうことですかぁ?」 古泉「ふむ。朝比奈さんがご存知ないということは、今回のことは未来で想定の範囲内ということですか」 みくる「ふぇ?」 キョン「おい、古泉。お前もしかして」 古泉「いったいどうしました?」ニコ キョン「……なんでもねぇよ」 みくる「わ、わたしにも教えてくださいよぉ~」 ~帰り道にて~ 長門「待たせた」 ハルヒ「全然」 長門「そう」 ハルヒ「さっ、帰りましょ?」 長門「今日は私の家に?」 ハルヒ「ありがとう。でも大丈夫よ」 長門「そう」 ハルヒ「一人で頭冷やしてるわ」 長門「わかった」 ハルヒ「多分、泣いちゃうと思うけど」 長門「そう」 ハルヒ「もし辛くて、辛くてどうしようもなくなったら……電話してもいい?」 長門「構わない」 ハルヒ「真夜中かもしれないわよ?」 長門「大丈夫。眠かったら無視する」 ハルヒ「有希のブラックジョークにも慣れてきたわ」 長門「それは困る」 ハルヒ「なんでよ」 長門「あなたの反応はユニーク」 ハルヒ「勝手に言ってなさい」 長門「そうする」 ハルヒ「……もしあたしが明日学校に来なくっても、心配しないでね?」 長門「する。当然」 ハルヒ「大丈夫よ。もしかしたら一日くらい落ち込んでないと、やってらんないかもしれないし」 長門「……」 ハルヒ「それで、伝言をお願い」 長門「伝言?」 ハルヒ「もしかしたら、みくるちゃんは分かんないけど、古泉君って勘が鋭いから今回のこと分かっちゃうかもしれない」 長門「……」コク ハルヒ「気を使わないで、って。普段どおりにしててほしいの」 長門「わかった。伝える」 ハルヒ「もちろん、有希もね」 長門「わかった。……彼は?」 ハルヒ「あいつは自分でなんとかするわ?自分で蒔いた種だもの」 長門「そう」 ハルヒ「そうよ」 ハルヒ「それじゃあ、またね」 長門「……」コク ハルヒ「ちゃんと元通りになってくるから」 長門「涼宮ハルヒ」 ハルヒ「ん?なに?」 長門(感じていることを上手く言語化できない) ハルヒ「?」 長門「今日はお疲れ様」 ハルヒ「?変な有希」 長門「それはお互い様」 ハルヒ「あっそう」 長門「そう」 ハルヒ「ふふ♪こんどこそ、またね」 長門「また、明日」 ~次の日の朝~ キョン(昨日の今日だし顔合わすのは辛いな) ガラガラ ハルヒ「……おはよ」 キョン「お、おう」 ハルヒ「……」 キョン「……」 キョン(ダメだ、耐えられん) ハルヒ(……今言わないと) ハルヒ・キョン『き、昨日のことだけど』 キョン「あ」 ハルヒ「な」 キョン「あ、あぁっと。先いいぞ」 ハルヒ「う、うん」 ハルヒ「昨日のことだけどね、やっぱり忘れてなんて言えない。言いたくない。でもね、気にしないでほしいのよ」 キョン「……」 ハルヒ「あたしたちがギクシャクしたら、SOS団にも迷惑かかる」 キョン「そうだな」 ハルヒ「だから今まで通りでいてほしいの。あたしが馬鹿やったら、あんたがそれを止めて、有希や古泉君に助けてもらって、みくるちゃんは……よくわかんない」 キョン「それは朝比奈さんに失礼だろ?」 ハルヒ「冗談よ」 キョン「ったく、とはいえそれには賛成だ」 ハルヒ「……」 キョン「虫のいい話だが、俺も同じ事を言おうと思っていた」 ハルヒ「うん」 キョン「そういうわけだ。これからもよろしくな。団長さん?」 ハルヒ「よろしく。今まで以上に引っ張りまわしてやるわ」ニコ キョン「それは勘弁してくれ」 ~放課後・部室にて~ ハルヒ「昨日は来れなくって悪かったわね!」 古泉「いえいえ。団長にも休みは必要ですよ」 みくる「はい、涼宮さん。お茶です」 ハルヒ「ありがと。そうだ、みくるちゃん!」 みくる「ふぇ?なんですかぁ?」 ハルヒ「昨日、ネットで面白いもの見つけたのよ!」 みくる「面白いものですかぁ?」 ハルヒ「ふふ、そのうち届くから楽しみにしといてね」ニヤ みくる「なんだか、笑い顔が怖いですよぉ~」アセ ハルヒ「それと今週末も団活は中止」 古泉「おや?」 ハルヒ「キョンが用事あるんだって。でしょ?」 キョン「あぁ、悪いな」 ハルヒ「悪いと思ってるなら今すぐにみんなにジュース買って来なさい。あたしは百パーセントのオレンジね」 キョン「な!」 古泉「ぼくはコーヒーを。微糖がいいですね」 キョン「おい」 長門「カルピス」 キョン「長門まで」 みくる「わ、わたしは何でもいいですよぉ」 キョン「はぁ、分かったよ」 ガチャ ハルヒ「みくるちゃん、ちょっと用事があるから一緒に来て」 みくる「は、はい」 ガチャ 古泉「僕たちだけになりましたね」 長門「……」ペラ 古泉「どんな魔法を使ったんです?」 長門「情報操作しか出来ない」 古泉「比喩ですよ。今回は過去最大級の閉鎖空間が発動すると、機関のほうでも準備していました」 長門「……」 古泉「だけどあなたはそれをくい止めた」 長門「……」 古泉「とてもありがたいことですが、それは同時に脅威でもあります」 長門「何もしていない」 古泉「ご冗談を」 長門「本当。これは涼宮ハルヒの精神の強さ」 古泉「しかし」 長門「それがわからないのであれば、機関の観察力も程度がしれる」 古泉「言ってくれますね」 長門「事実」 古泉「そういうことにしておきましょう」 長門「……」 古泉「最後に一ついいですか?」 長門「何?」 古泉「あなた個人への質問です。あなたにとって涼宮ハルヒとはなんなんですか?」 長門「親友」 古泉「しかし、あなたは正確には人間ではない」 長門「それでも彼女にそう望まれた。なら拒む理由はない」 古泉「彼女には逆らわないと?」 長門「違う。これは私の意思でもある」 古泉「……分かりました。失礼なことを聞いて申し訳ありません」 長門「いい」 古泉「僕の見立てでは、彼女の新しい鍵はあなたです。どうか彼女を裏切らないでやってくださいね?」 長門「心配いらない。涼宮ハルヒは私の親友。彼女は私が守る」 ~Fin~
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今日も寒い日だった。 いつものようにハイキングコースを登ってると これもいつものように谷口が声をかけてきた。 「よっ!キョン!おはよう!」 こんな糞寒いのに元気な奴だ。 その元気を8割くらい分けて欲しいもんだね。 教室につくと俺は即座に自分の席に座る。 窓側の日差しが入ってくる、冬が苦手な俺にとってはまさに特等席だ。 ちなみに一番後ろの席だ。 ハルヒはもう俺の後ろにはいない。 今は2月下旬、暦の上では春なのだが、まだまだ寒い日が続いていた。 ちなみに俺は今、高校2年生だ。 俺と谷口は、なんとかギリギリ2年生に進級することが出来た。 1年の頃はSOS団なる意味不明な団体活動に精を出してたから 勉強をする気力をすべてそっちに持っていかれていたが、今年は進級について悩むことは無さそうだ。 なぜならSOS団はもう活動をしていないからである。 自分の席で太陽の日差しを浴びて、あまりの気持ちよさで深い眠りに入りそうなとき、 女子数人が大声で喋りながら入ってきた。 そのおかげで俺は目を覚ました。 その女子のグループは2年生になってから同じクラスになった女子2名と 去年から同じクラスだった女子3名から成り立っていた。 その3人の中の1人は涼宮ハルヒだった。 去年まではクラスで孤立していた涼宮ハルヒも 今年はクラスの女子と仲良くやっていた。 変な趣味を除けば、 美人で頭が良くてスポーツ万能で、思いやりのある明るい女だ。 そして2年生になってから友達が出来たということは 変な趣味を捨てたということだ。 ハルヒは何も言わず俺の横の席に着き、鞄から出した教科書を机にしまっている。 俺も何も言わず、チャイムがなるまで日差しを浴びながら先生が来るのを待った。 3時間目の数学の授業が始まる直前のことである。 ハルヒは机の中を熱心に覗き込んでいた。 「あっれ~おかしいな~、確かに鞄に入れたんだけどな」 どうやらハルヒは数学の教科書を忘れてしまったらしい。 俺は何も気にすることなく座っていた。 ハルヒは右側の席の奴に 「ねえ、教科書忘れちゃったから一緒に見てもいい?」 という会話をしていた。 俺たちはもう赤の他人のような状態だった。 今日から短縮授業である。 何故なら3年生はもうじき卒業で、 教師達は就職の手続きや大学受験の補習などで大忙しのためである。 言うまでも無いが、朝比奈さんは何事も無く3年生に進級した。 そして何事も無くこの学校を卒業をする。 そういえば朝比奈さんは大学へ行くのだろうか? それとも就職するのだろうか? いや、これからは今以上に涼宮ハルヒの観察に従事するのだろうか? そんなことを考えてるうちに終業を知らせるチャイムが鳴り 1年生と2年生は帰宅の時間となった。 しかし部活動をしている連中は昼飯を食った後、部活動をすることになる。 俺は谷口と国木田の3人で、ハルヒは女子数人、 古泉は自分のクラスの連中と家に帰宅する。 ちなみに長門は1人で家に帰る。 長門はもう文芸部の活動をやめていた。 おそらく途中でコンビニに寄り夕食を買ってから帰るのだろう。 俺たちと違って、学校内にも家に帰っても親しい人間がいない長門は このところずっと1人きりで生きてきたのだろうたぶん。 家に帰った俺はあることを思い出す。 「しまった・・・今日からは昼飯はコンビニやら弁当屋で買うんだった・・」 この寒い中、また外へ出るのも億劫だったが 1時間したくらいに俺の腹は限界を迎え、結局コンビニへ弁当を買うことにした。 家から出て1分ほどしたところで電柱の陰から男が飛び出してきた。 「こんにちは、お久しぶりです」 古泉だった。 「なにやってんだよお前、こんな糞寒い中、俺を待ってったのか? それともハルヒ関連のことか?」 久しぶりの古泉との会話だ。 「そうです。涼宮さん関連の話です」 「なんだよ、最近めっきり事件が発生しないと思ったら・・」 「あなたは最近の涼宮さんを見てどう思いますか? とても幸せそうな学校生活を送ってるように見えますよね? しかも成績優秀でスポーツ万能、まさに何も悩みがありません」 「何が言いたいんだよ、遠まわしに言わないで用件だけをさっさと言え。 長門や朝比奈さんは呼ぶのか?そうだ、昼飯を食ってからにしてくれ」 古泉はあの懐かしい微笑をしながら俺に告げた。 「いえ、事件ではありません。」 「なら何なんだよ」 早くしてくれ。俺は腹が減ってるんだ。 「何も無い。それだけです。涼宮さんが常識的な思想を持ち、幸せな生活を送り そしてそれに伴いあの神人の出現も無くなりました。用件はそれだけです」 「そうか、よかったな」 「我々、機関の努力の成果ですね。実はこうなるように我々は3年前から計画を立てていたのです」 まだ話が続くのか。 「涼宮さんが普通の人間として人生を歩むように仕込んだのです。 野球大会や夏の合宿、冬の合宿なども、そのための我々の計画だったのです。 未確認生物を探し回るよりも、友達と普通に遊ぶ方が楽しいという考えを植えつけるためのね」 なるほど。 古泉の所属している機関の努力おかげで ハルヒは非現実的なことを考えることは無くなり 今では普通の学生として普通の人生を送っている。 そしてSOS団なんていう変な団体の活動もしない。 子供の頃に作って遊んだ秘密基地のように、時がたてば忘れる。 SOS団もどうやら秘密基地と同じような物だったんだろう。 古泉と別れの挨拶をした後、俺はコンビニへ向かって走った。 「早くしないと唐揚げ弁当が売り切れちまう」 唐揚げ弁当は無かった。 「古泉の野郎め」 しかたなく俺は梅おにぎりを買うことにした。 しかも3つも。 せめていろんな種類があればよかったのだが、不運なことにこれしか残ってなかった。 明日は忘れずに学校帰りに買おう。 そしてコンビニを出た直後、俺はあることを思い出した。 長門はどうなるんだ。 俺たちと違って長門は1人だ。 機関とやらのせいで長門は昔のように1人の生活に戻ってしまった。 いや違う。何を考えてるんだ俺は。 俺にも責任があるだろうが。 SOS団がなくなったら長門は1人になるなんて分かってたことじゃないか。 なぜ気づかなかったんだ。 俺は長門のマンションへと走った。 SOS団はなくなっちまったけど昼飯くらいは一緒に食おうぜ。 3年生になってからは俺たちと一緒に弁当を食おうぜ。 きっと谷口も国木田も大歓迎だぜ。 玄関のインターホンで長門の部屋のボタンを押した。 …反応なし。 もしかしたら昼寝、、な分けないか。 マンションがダメなら思い当たる場所はあそこしかない。 そう、文芸部室だ。 俺はコンビニの袋を抱えたまま学校へと走った。 文芸部室の扉の前に到着した俺は30秒ほど 息を整えてからドアをノックした。 「・・・・入って」 長門の声だ。 「長門、久しぶりだな。じつは一緒に昼飯を食べようと思って」 「・・・・」 長門は俺の言葉を無視して、本を読んだままだった。 「ひょっとしてもう食い終わったのか?」 「・・・・」 無言。 しかたなく俺は1人で梅おにぎりを食うことにした。 食い終わった後、1人でオセロをやった。 長門を誘ってみたがまた無言だった。 1人オセロを始めて30分程度が過ぎた頃、 なにやら小さな泣き声が聞こえてきた。 その声の主は長門だった。 「どうしたんだよ長門!腹でも痛いのか!」 急いで長門のそばに駆け寄る。 「私・・これからずっと1人だと思ってたのに・・あなたが来てくれたから・・」 長門は俺に抱きつき、そのまま夕方まで泣き続けた。 よほど1人は寂しかったんだろうな・・・ 冬の日没は早く、俺たちが学校を出た頃には既に 街灯がともっているくらい暗くなっていた。 俺たちは凍えるような冬の空の下を並んで歩いた。 こうして長門と2人きりで歩くのも久しぶりだな。 「なぁ長門。SOS団のこと好きか?」 「・・好き」 「また皆で一緒に街中を探検したりしたいか?」 「・・したい」 「また朝比奈さんのお茶を飲みたいか?」 「・・飲みたい」 「また合宿とかに行きたいか?」 「・・いきたい」 「なぁ、俺にいい考えがあるんだけど言っていいか?」 「・・言っていい」 「SOS団を復活させようぜ」 家に帰った俺はさっそく元SOS団のメンバーに電話をかけた。 まずは朝比奈さんからだ。 この人ならなんでもOKしてくれそうな気がする。 「あ、キョン君、お久しぶりです~。え?SOS団? あと数日だけですがいいですよぉ」 あっさりとOKを貰った。 問題はここからだ。ハルヒと古泉。 ハルヒは今では普通の思想を持った普通の女子高生だ。 もしSOS団を復活させたいと言っても断られる可能性が高い。 俺の小学生時代の友達に「また秘密基地を作ろうぜ」と言っているのに等しい。 古泉もむずかしい。 基本的にイエスマンの古泉だがSOS団となると話は別だ。 なんせSOS団を解散に追い込んだのは古泉の所属する組織だからな。 数分迷った挙句、俺は古泉に電話をした。 「もしもし、ああ、今日の話の続きを聞きたいのでしょうか? え?SOS団を復活させたい、ちょっと待ってください。 僕的には何の問題もありません。僕自身、SOS団のことは大好きでした。 しかしまず機関の意向を聞かなければなりません。ちょっと待ってください」 そういうと古泉はどうやら別の携帯電話で機関とやらに電話をし始めた。 なにかボソボソと会話した後、 「もしもし、お待たせしました。1日だけならという条件ならいいとの事でした。 何か必要な物があったら僕に言ってください。はい、では」 残るはハルヒか・・・ 俺は最後の難関、ハルヒに電話をした。 「なに」 よかった。 ハルヒと会話をするのは半年振りだから 居留守を使われたりするかと思ってたからだ。 俺はいきさつを説明した。 「なんで今更SOS団なのよ。有希が望んでるから? 知らないわよそんなの」 昔はSOS団の活動を断ったら死刑にするとまで言っていた ハルヒだが、今ではこうなっていることに俺は胸が痛くなった。 そして団員を命を賭けてでも守ると言っていたのに、 知らないわよ、の一言で片付けてしまったを俺は本当に悲しいと思った。 「ねぇキョン、私達はもう高校2年生なの。 4月からは3年生なのよ。もうそんな幼稚なことやってられないわよ。 復活させるのは自由だけど私は参加しないわよ。 今は短縮授業だから毎日学校帰りに友達と一緒に喫茶店でお昼を食べることにしてるの」 とにかく明後日の放課後に文芸部室に集合な、 と言って俺はハルヒが反論をする前に電話を切った。 次の日、学校帰りに古泉を捕まえて明日の活動に必要な物を告げた。 そしてSOS団復活の日である。 俺は文芸部室のドアをノックした。 そして朝比奈さんの「はぁ~い」という返事を聞き、俺は部室に入った。 朝比奈さんはあのメイドの衣装を着ていた。 そして既に長門と古泉の姿があった。 古泉の用意した野菜を朝比奈さんが切り、 これまた古泉の用意した鍋の中に入れていった。 昨日俺が古泉に注文したのは、鍋とその具だった。 朝比奈さんは「もうすぐお別れですね・・・」 等の卒業生らしい会話を始めた。 朝比奈さんは泣いていた。 俺は朝比奈さんに 「卒業してもまた会えるじゃないですか」 しかし朝比奈さんは泣き止まない。 そうか・・・ 暗い雰囲気の中、俺たち4人は鍋を囲んで具が煮えるのを待っていた。 そしてバタン!と勢いよくドアが開かれた。 と同時に 「やっほー!!ひっさしぶりー!」 やれやれ、心臓が止まるかと思ったぜ。 振り向いたそこに立っていたのは鶴屋さんだった。 「よっ!キョン君、ひさしぶりー! 有希ちゃんも古泉君もひさしぶりー!」 鶴屋さん、ありがとうございます。 おかげで重い空気が吹っ飛びましたよ。 「あの、私が呼んだんです」 朝比奈さんが言った。 SOS団準メンバーを加え5人になった俺たちは 再び具が煮えるのを待った。 「やっぱパーティーと言えば裸踊りだよね~。 みくるっ!脱いで!」 朝比奈さんは脱ぎ始めた。 「あの、、キョン君、、これでお別れだからサービスです」 「よーし、あたしも脱ごうかな~!」 鶴屋さんも脱ぎ始めた。 古泉は苦笑していた。 「いいんですか?鍋がバレただけなら停学で済みますが、 裸にもなると卒業すら出来なくなってしまいますよ?」 「大丈夫だって!ほら古泉君も脱いじゃえ!」 鶴屋さんは古泉のベルトを外し、ズボンを下げ、パンツを下げた。 さっきの苦笑はなんだったんだ。 体の方は大喜びしてるじゃねえか。 改めて俺は古泉に対して人間不信になった。 朝比奈さんと鶴屋さん、古泉が裸になっていた。 俺は深い溜息をついた。 「やれやれ、俺も脱がなきゃいけないじゃないか」 そして長門以外の4人が裸になった。 「ほら有希ちゃんも脱いじゃえ!」 「・・・・」 長門は脱がなかった。 「こうなれば実力行使しかありませんね。 鶴屋さん、力を貸してください。一緒に長門さんを裸にしましょう」 そして古泉と鶴屋さんは長門を全裸にしようとした。 しかし長門の不思議な力によって、古泉と鶴屋さんは窓の外に飛んでいってしまった。 そしてゆっくりと地面に着陸した。 その光景は、まさにアダムとイブのようであった。 ピピピ・・・ピピピ・・・ 俺はベッドの中にいた。 「なんだ、、夢か・・・」 ここからが正真正銘のSOS団復活の日である。 いつもより早く登校した俺は誰もいない坂道を登り 誰もいない廊下を歩き、教室に到着した。 ハルヒがいた。 最近は女子の友達と集団登校するのが習慣だったのだが、 何故か今日は1人で登校していた。しかもこんな早い時間に。 「よお、早いじゃないか」 俺はSOS団の話をするよりも日常会話を選んだ。 「うん、なんか目が早く覚めちゃって」 「実は俺もそうなんだよ。昨日変な夢見ちゃってさ、文芸部室での夢さ」 そしてSOS団の会話が始まった。 「SOS団をやめる気なんて無かったのよ」 「じゃあなんでやめたんだ?」 「普通の女子高生をやってみたかったの。 正直、罪悪感はあるわ。私が立ち上げた団体だもの。 でもある日、クラスの女子に誘われたわけ。一緒に帰らないかって。 その子は私がSOS団をやってることを知らなかったの。 本当は知ってたのかもしれないけど、とりあえず誘われたの。 最初は一日程度SOS団を休むくらいいいか、って気持ちだったの。 その子は私と普通に接してくれたわ。私がSOS団をやってることを知ってる子って だいたい腫れ物を触るような態度で私に話しかけるでしょ? でも彼女は違った」 それは古泉の組織が用意した人間なのか、 それとも本当にSOS団を知らなくて、本当にハルヒと仲良くなりたいと思って近づいたのか・・・ どっちにしてもハルヒがその子が原因でSOS団をやめたのは確かである。 「その子と一緒に帰るようになってから他のことも仲良くなっていったの。 それで私、SOS団の団長をやってることを隠そうと思ったの。 だってバレたらなんか嫌だったから・・・」 「お前はSOS団と、その友達とどっちが大切なんだ? いや、言わなくてもいい。結果を見れば分かる。 でも今日だけはSOS団の団長に戻って欲しいんだ。」 「本当に今日だけよ?」 「ああ」 そして放課後、俺とハルヒは文芸部室へ向かった。 鍋は既に出来上がっていた。 長門と古泉は無言のまま席についていた。 朝比奈さんは俺とハルヒのためにお茶をいれていた。 ものすごく空気が重かった。 いつもならハルヒは元気過ぎるくらいだったのだが、 今日は無言のまま下を向いていた。 自分がSOS団を裏切ったことに負い目を感じているのだろうか。 他の団員が話しかけても生返事をするだけだった。 そして余計に空気が重くなっていった。 「あ、あのぉ、キャベツ煮えてますよ」 「・・・うん」 こんな感じだ。 いつもならハルヒと同様、食欲旺盛の長門も今日はあまり食が進んでいない。 俺は古泉にアイコンタクトを送った。 「どうにかしろ古泉」 「いや~こうやって皆で集まるなんて久しぶりですね」 その後が続かない。 いつもハルヒが1人で勝手に盛り上げてたけど、 そのハルヒは長門と同じくらい無口になっている。 鶴屋さんを呼べばよかったな。 あのお方ならどんな状況であれ、なんとかしてくれる。 そんなことを考えていたとき、長門が急に立ち上がった。 そして服を脱ぎ、全裸になった。 そしてハルヒは言った。 「これだからSOS団なんて嫌なのよ!ただの乱交パーティーの会じゃない!」 そしてハルヒは部室から出て行った。 古泉が口を開いた。 「よくやりました、長門さん」 朝比奈さんも 「やっぱ長門さんならなんとかしてくれると思ってましたぁ」 なんだこの展開は。 「実はねキョン君、私達は涼宮ハルヒを普通の人間にするための組織だったの」 これは朝比奈さんの言葉ではない。 長門の言葉だ。 「あの無口な性格もぜんぶ演技だったの。 恐らく涼宮ハルヒはそのことに気づいてたんだと思うの。だからSOS団をやめたの」 なるほど。 「僕や朝比奈さんの使命も終わりました。これでもうあなたと会うことも無いでしょう」 「キョン君、あの、、利用してごめんなさい。でも、、もう会うことも無いから忘れてね」 そして二人はそのまま部室から出て行った。 鍋はどうするんだ。 部室には俺と長門の2人しかいない。 「長門、じゃあ一昨日の涙も嘘だったのか?」 「違うの。あの涙は本当よ。私、あなたのことが好きなの」 「なんだって?」 「好きなの」 「なぁ長門。本当に俺のこと好きか?」 「・・好き」 「セクロスしたりしたいか?」 「・・したい」 「俺のザーメンをを飲みたいか?」 「・・飲みたい」 「気持ちよくなって天国へいきたいか?」 「・・いきたい」 「なぁ、俺にいい考えがあるんだけど言っていいか?」 「・・言っていい」 付き合おうぜ 俺は情報統合思念体になった。 宇宙を彷徨っている。 長門も人間の体を捨てて情報統合思念体になった。 宇宙を彷徨っている。 ハルヒとかどうでもいい。 地球とかどうでもいい。 もう疲れた。 寝るよ、長門。 そして2人はどこかへ行きました。 おしまい
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「二人のハルヒ 第1部」 今の季節は、夏である。 夏休みまで、あと少しなので生徒達もハイテンションになるようにケージ溜めてる所だろう。 俺は、今、あり得ない事が起きてしまった。 疲れてるのは俺か?世界か? こういう時は、「あ、ありのまま起こった事話すぜ!」と使うんだろうな。 その理由は、今から30分前である…。 俺は、いつものように学校が終わり、部室へ向かった。 毎度ながら、部室の前でノックする。 これ社会人として重要なマナーだぜ! 「どーそ!」 やけに、声が高いと言う事はハルヒがいるって証拠だが…。 俺は、見てしまった…凄いの見てしまったのである。 入ると、団長席にハルヒがいる…訳だが。 何が雰囲気がおかしい。 取りあえず、声掛けてみる。 「どなたですか?」 と言った途端、その人は立って俺の所へ来やがった。 「あ、キョン!あんたはキョンなんだよね!」 いきなり、俺の事を呼び捨てされた。 よく見ると、20代ぐらいの綺麗な女性で、教師っぽい服装を着て、頭に黄色いカチューシャを付けてる。 どっかで会った事あったっけ? 「あのー…俺は、あなたと会うのは初めてなんですけど」 「ん?あー、ゴメンゴメン!」 本当に、テンション高い女性だな。 「私は、未来からやって来た涼宮ハルヒよ!」 …WHY?俺の頭がおかしくなったのか? えー、こういう時は…Who are you? 「だーから、「未来からやって来た涼宮ハルヒよ」って言ってるの!分かる?高校のキョン君!」 な、な、何だってー!つまり、この時代のハルヒは高校1年。 そして、今、俺の目の前にいるのは未来からやって来たハルヒである。 普通は朝比奈さん(大)が出てきてもおかしくないのに、何故か未来のハルヒがここにいるんだ? ここの時代のハルヒをハルヒ(小)で、目の前にいるハルヒはハルヒ(大)しておこう。 「えーっと、何でハルヒさんがここに?」 ハルヒ(大)をさん付けするのは変だが、仕方ない…相手は年上だからな。 「…実はね、みくるちゃんが風邪引いちゃっててさ、みくるちゃんの代わりにここへ来たの」 はぁ、朝比奈さん(大)が風邪って珍しいですねぇ。 「まぁーね、みくるちゃんとは古い友達だから断りにくいからね」 それはそれでいいとして、何故、朝比奈さん(大)は未来人だと知ったんですか? 「ん、時が来れば分かるけどね!古泉君の正体…有希の正体も分かるよ」 「そうですか…」 『時が来れば』って事は、いつかバレるんだな…。 「さてと、カチューシャを外してポニーテールするわ、あんたはポニーテール萌えなんでしょ?」 Yes、そうですよハルヒさん。 ハルヒ(大)は、カチューシャを外してポニーテールした。 今のハルヒ(小)よりハルヒ(大)の方が綺麗ですなぁ…。 と感心してる内に、ハルヒ(小)がやって来たのである。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ で、今至る…。 「やっほー!皆、いるー?」 相変わらず、声が高いハルヒ(小)である。 「あれ?キョン、この人…誰?」 ハルヒ(大)がいる事に気付いたハルヒ(小)。 どうやって、誤魔化すか…。 「えー…この人は…」 と言ってる内に、ハルヒ(大)が言った。 「始めまして、私はキョン君の従姉の鈴見ハルカって言うの!訳があって、ここへ来たの」 流石、嘘も上手いな…ハルヒ(大)よ。 「そうなの?…あたし、涼宮ハルヒ!ここの団長よ!よろしくね!」 いきなり、丁寧語無しか?ハルヒ(小)よ。 「ふふふ…」 ん?どうしたんですか、ハルカさん 「んー、ハルヒちゃんって可愛いわねぇ!いじめたくなるわぁ~」 と、ハルヒ(小)の胸にわしづかみした。 「わわわわ!何するのよ!」 「んー、ちょっと…私より小さいわねぇ…可愛いから、いじめたくなるわぁ!」 この性癖は変わってないな、ハルヒ(大)は。 「わぁ、ち、ちょ、ちょっと待っ…、コラ!キョン!見るな!」 わしづかみされるハルヒ(小)、わしづかみするハルヒ(大)。 変な光景ですな、フロイト先生。 とにかく、止めさせよう。 目のやり場が困るからな。 「ハルカさん、もうやめたらどうです?」 「ん、あ…ゴメンゴメン!私、可愛い子がいるとつい…」 ハルカさんは、ちょぴっと舌を出して、手で軽く自分の頭を叩いた。 それ、反則です!ハルカさん! 「あー、吃驚した…」 「ゴメンね、ハルヒちゃん」 「う、うん…許すわ」 しかし、何でしたのだろうか。 ハルヒの目を盗んで、聞いてみた。 「ハルヒさん…何でしたんです?」 と、俺は小声で言った。普通の声で言うとバレるからな。 「ん、何か…昔の私を見ると、何かムカついててさ…」 そうですか、ハルヒ(大)はもう大人になってる。 確かに、昔の自分がバカな事をして来たから、今思うとムカツクと言う気持ちは分かるな。 「とにかく、ハルヒを嫌がらせしないで下さいよ」 「分かってるわ、この時代の私は隠れた能力あるからでしょ?」 これは驚いた。ハルヒの能力も知る日が来るのか…。 この後、古泉、朝比奈さん、長門が来た。 皆が集まった所で、ハルヒが元気良く… 「さぁ、SOS団ミーディング開始よ!」 と言った。 内容は、明日は土曜日であり、不思議探しを行われる事になった。 「キョン!明日9時に集合よ!来なかったら、死刑よ!」 やれやれ…やっぱ俺の奢りだな、これは…。 「ハルヒちゃん、ちょといいかしら?」 と、ハルヒ(大)が言った。 「何?ハルカさん」 「明日…私も来ていいかしら?」 ハルカさん、何言ってるんですか。断るに決まってますよ。 「んー…そうね、来ていいわよ」 何ですと?俺の従姉なのに?(そう言う設定になってるけどな) 「いいじゃない、一人二人増やしても構わないわ」 と言いつけ、ミーディングが終わった。 帰り道、ハルヒ(大)と一緒に歩いている。 「どう言う事です?ハルヒさん」 「ん、何か?」 ハルヒ(大)は、懐かしそうに周りを眺めてる。 「何故…不思議探しに参加するのです?」 「懐かしいからよ…それに、やらなければならない事あるの」 「やらなければならない事って?」 「それは…やっぱ、みくるちゃんがよく言う「禁則事項」って事かな?」 「そうですか…」 「でも、この時代の古泉君や有希なら知ってると思うわ」 「分かりました…」 しかし、大人になったハルヒは綺麗だな。 ふと、気になった事あるので、聞いてみようか。 「二つ質問あります」 「何?」 「結婚してますか?」 「ん、結婚してるわよ」 「そうですか…もう一つは、あなたは何歳ですか?」 「あはっ、禁則事項よ」 ハルヒ(大)の指が俺の口に当て、ウインクした。 ぬぅっ、こりゃ9999ダメージで即死だな。 「じゃあ、私は有希のマンションで泊まるわ」 「あ、はい」 「本当は、あんたの家で泊めたがったけどね…」 泊めてもいいですよと言いたい所だが、親にどう説得してくれるか分からないからな。 「じゃ、まだね」 と言いつけ、解散した。 やれやれ…明日は、どうなるんだろうな…。 次の日 予想通りに、俺は遅刻してしまった。 「遅い!10分遅刻!奢り!」 朝から大声で言うな…ハルヒよ。 「やっほ、やっぱ…遅刻したのね」 ハルカさん、笑わないで下さいよ。 「ゴメンね、キョン君の代わりに私が奢ってあげるわ!いいでしょ?ハルヒちゃん」 ありがとうございます、ハルヒさん。 「ここはバカキョンが奢ってあげるべきよ!」 ハルヒ、お前は鬼だ!裁判に訴えるぞ! 「それでも、今回は私が奢ってやると言ってるから、いいじゃないの」 色々、話した結果…ハルヒ(大)が奢る結果となった。 後で、お礼言わないとな。 「さ、いーっぱい食ってなさい!」 「あのー…」 「何?キョン君」 「ここでいいんですか?ここ、金高いですよ?」 そう、ここは、金が高い高級レストランである。 「いいじゃないの、私は大人なんだから!金に余裕あるわよ」 「いいんですか、じゃ言葉を甘えていただきましょう」 おぃ、コラ!古泉、勝手に話を進めるな。 「ふぇ~、いいんですかぁ?」 「いいのよ、ハルカさんの奢りだからね」 遠慮って言葉知らんのか、ハルヒよ。 「ひひんひゃはいほ(いいじゃないの)」 食ってから言えよ、食ってから。 さて、長門は…。 「……(ヒョイ パクッ ヒョイ パクッ」 こいつも、遠慮って知らないのか…。 目から汗が出て来たような気分だ。 …俺も食べるか。 合計 12000円也 理由 ハルヒと長門、注文し過ぎ 流石、ハルヒ(大)も呆然したみたいだ。 「キョン君」 はい、なんですか? 「実はね…この時代にいる事にしたのよ」 WHY? 「昨日、みくるちゃんの上司から、そう言われたの」 マジですか? 「と言う訳でよろしくね」 はははは…ハルヒが二人…ハルヒが二人… 「キョン君!?ちょっと、しっかり!」 「どうしたの、ハルカさん…キ、キョン!どしたの!?真っ白になってるわ!」 ハルヒ、二人いるじゃねぇか… こりゃ、疲れが増やすだけだろ… 海…いや、朝比奈さんの上司のバカ野朗ーろーろー…(エコー) こうして、ハルヒ(小)とハルヒ(大)がいる生活が始まったのである。 第1部 完 第2部
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文字サイズ小で上手く表示されると思います 涼宮ハルヒの愛惜 最終話 ハルヒの選択 後編 古泉。お前、ハルヒがSOS団を作った目的って覚えているか? 「え? ……はい、覚えています」 呆けた顔の超能力者は、床に座ったままで頷く。 そうか、じゃあ言ってみろ。 「宇宙人や未来人、超能力者を見つけて一緒に遊ぶこと……ですか?」 そうだ。 あの時のハルヒの楽しそうな顔は、生涯忘れられそうにないぜ。 ハルヒにとって未来人や宇宙人、超能力者ってのはいったいなんだと思う? 「涼宮さんにとっての……?」 そうさ、あいつは別に宇宙人でも未来人でも超能力者でも異世界人でも男でも女でもい い、自分が特別だって思えるくらいに一緒に居て楽しい存在を探してたんだ。そして見つ かったのが、朝比奈さんに長門、そしてお前。あと、ついでに俺だな。あれから半年以上 一緒に居るんだ、そろそろわかろうぜ? 「何を……でしょうか」 おいおい、俺に全部言わせるつもりか? 古泉の目の前に立ち、俺は溜息をついた。その溜息は古泉だけに向けられた物ではなく ……何ていうか自分にも向けられた物でもある。 あいつはお前らの正体に気づいてないのに、宇宙人も未来人も超能力者も探さなくなっ た。つまり、あいつは目的の存在をもう見つけてるんだよ。あいつが見つけた宇宙人でも 未来人でも超能力者でもなく、一緒に居て自分が特別な存在だって思えちまう程楽しい存 在ってのは……正体なんて関係ない、団員である俺達なんだよ。 ……やれやれ、お互い大変な奴に選ばれちまったもんだよな。 俺はまだ座ったままでいる古泉の前に手を差し出した。 古泉、もしもお前がハルヒと一緒に居る事から降りるのなら仕方ないが、まだそのつも りが無いのならついてこい。ハルヒはお前を待ってるぞ。みんなも……ついでに俺もな。 涙で歪んでいた古泉の目に――遅せーよ――ようやく力が戻った。 古泉の手が俺の手を掴んだ所で、俺は目を覚ましてやろうとわざと乱暴に引き起こす。 よろけながら立ち上がり 「……また、借りができてしまいましたね」 照れくさそうにしている古泉を睨み、 なんのことだ。 俺はそう言い返した。 「今回の機関の動きについて僕にわかる事は一つだけ、涼宮さんの誘拐に森さんが関わっ ているという事だけです」 鶴屋さんが用意してくれた10人は乗れそうな3列シートの大型ワゴン車――運転手付 き――の中で、ようやく調子を取り戻した古泉が口を開いた。 ちなみに車の持ち主である鶴屋さんは「内緒話ししなきゃなんでしょ? あたしは前に 座ってるからさ。目的地が決まるまではあたしの心当たりをぐるぐる回ってるからね」と 言って助手席に座ってくれている。 ここまで手助けしてもらっておいて、何も言えなくてすみません。 「森さんってあの、孤島の別荘で色々とお世話をしてくれた人ですよね」 「ええ、彼女です」 って事は、あの人も機関とやらの一員なのか? 「はい。機関で最も優秀な人材と言われています」 躊躇いがちに答える、古泉の顔色がやけに悪い。 「……あの、どうして森さんは涼宮さんを誘拐したんでしょうか」 「そこまでは。ただ、実際に機関の部隊が動いている様なので今回の件は彼女の独断では なく機関の作戦による物だと思います。ですが僕はメンバーから外されているのでこれ以 上の事はわかりません」 古泉、前に言ってた気配がどうとかでハルヒの居場所ってのはわからないのか? 「かなり近づけば大体の居場所はわかるんですが、今はただ、彼女が無事だという事しか わかりません」 そうか……。長門、喜緑さんからあれから連絡は? 「しばらく待って欲しいとメールが来てから、連絡が無い」 喜緑さんでも状況を掴めないとなるとこれは大事だな……ここまでくると、俺が頼れそ うなのは後1人しか居ない。 俺が恐る恐る朝比奈さんへと視線を向けると、 「……ごめんなさい」 何も聞く前に朝比奈さんは暗い顔で俯いてしまった。 ……ですよね。 そもそも、これが話していい事なら前みたいに事が起きる前に警告なり相談なりされそ うなもんだ。 俺が異変に気づいたきっかけである朝比奈さんからあった電話の内容は、未来からの指 示で今すぐハルヒを探さなくちゃいけないという事だけだった。 何の事かわからなかった俺と朝比奈さんは、ハルヒや古泉に電話してみたり、鶴屋さん に調べてもらっていく間にハルヒが誘拐されたという結論に行き着いたわけだ。 最初、俺はハルヒが「宇宙人にさらわれてみたい!」等と思いついたんじゃないかと心 配したんだが……相手が謎の機関だったんじゃ……どっちもどっちだよなぁ。 しかし……超能力者も未来人も元宇宙人も駄目となると、後は現役宇宙人である喜緑さ んの連絡を待つしかないんだろうか。 思わず無言になった俺達が居る後部座席に、 「ね~! お話は終わった?」 助手席から退屈そうな鶴屋さんの声が聞こえてきた。 すみません、まだ何処へ行けばいいのかわからなくて。 「そうなの? とりあえずハルにゃんの居そうな場所には着いたんだけど」 当たり前の様に告げられたその言葉に呆然とする俺達に、鶴屋さんは楽しそうにフロン トガラスの向こうを指差している。 気づけばいつの間にか車は止まっていて、鶴屋さんが指差す先にはヘッドライトに照ら された北高校の校門があった。 車を飛び出した俺達は、真夜中の校庭を走っていく。 そんな中、俺は隣を走る鶴屋さんに疑問をぶつけてみた。 鶴屋さん。ここにハルヒがいるって、どうしてわかったんですか? 「えっ? ああ、古泉君の住んでる場所を探したのと同じ方法で探したのさ!」 古泉の家って……確か、俺との通話記録から契約情報を割り出したんでしたっけ? 「そうそう。学校のデータを探してる時間がなかったから携帯会社のサーバーにちょろん とアクセスしてね! それで、ついでにみんなの通話記録を検索してみたらビンゴってわ けさ」 ビンゴ、ですか。 さらわれた後、誰かがハルヒと電話した記録が残ってたんだろうか。 「みんなの通信記録の中で1人だけ居た不自然な反応。その人はずっとこの場所で留まっ てたってわけ」 それが、ハルヒって事ですか。 「え? 違う違う!」 慌てて鶴屋さんは手を振って見せる。 「見つかった不自然な反応っていうのはね? みんなから聞いた話ではハルにゃんを探し てるはずなのに、ず~っとこの学校の中でじっとしてたのさ。それはもちろんハルにゃん じゃなくって……あの人」 そういって鶴屋さんが指差した先、グランドの中央に立つ小さな人影。 俺達を待ち構える様に立ちはだかったのは――俺が最後の切り札だと思っていた人 「……困ります」 マジかよ……。 月の光に照らされた穏やかな顔つきの上級生、喜緑江美里さんの姿だった。 ――別に言葉や態度で足止めされている訳ではないのだが、彼女の手前で全員が足を止 める。 機関とやらがどれ程やばい物なのか俺は知らん、古泉が何故か怖がっている森さんの凄 さってのもな。 そんな俺でもこの人のやばさなら何となくだが分かるぞ。 大人しい上級生にしか見えない喜緑さんだが、その正体はれっきとした宇宙人なんだ。 その実力を俺より知っているのかも知れない古泉だけでなく、事情を知らない鶴屋さん でさえも迂闊に動けないでいる。 俺達を見回した後、 「このまま、何も聞かずに帰ってもらえないでしょうか」 喜緑さんは疲れたような声でそう言った。 この先にハルヒが居るんですね。 俺の質問に、喜緑さんは視線を向けるだけで何も答えてはくれない。 何も聞くな……って事か。 「ここまで来れば僕にもわかります。間違いなく、この先に涼宮さんが居ます」 そう言って、古泉は喜緑さんの後方にある部室棟の方向を指差した。 古泉、ハルヒは無事なんだろうな? 「今のところは」 とはいえここでのんびりしてていいとは思えない、何とか説得を試みようと俺が一歩踏 み出した時、 「待って」 後ろに立っていた長門が、俺の手を掴んで引き止めた。 「彼女は、私が引き受ける」 引き受けるったって……お前はもう普通の人間なんだろ? 以前、朝倉から俺を守ってくれた時なら話はわかるが、今のお前じゃそんな無茶はでき ないはずだ。 「大丈夫」 俺の目を見てそう言い切る長門は、ゆっくりと頷いた後 「信じて」 と、付け加えた。 どう考えたって大丈夫じゃない、相手は宇宙人でお前は元宇宙人でしかないんだ。 「…………」 ……そんな説得をした所で、お前が聞くわけはないか。 俺はそっと朝比奈さんの方へ視線を送る――これから起きるであろう未来を知っている はずの朝比奈さんに。 これがチートだの小細工だの歴史改竄だのと言われようが知った事か、俺は長門を危険 な目に合わせる訳にはいかないんだ。 そんな俺の思いを知ってなのかどうかはしらないが、朝比奈さんはしばらく迷った後、 目を閉じて小さく頷いてくれた。 すんません、後で怒られる様な事があったら俺に好きなだけ八つ当たりしてくださいね。 俺は朝比奈さんから長門に向き直り、その小さな両肩に手を乗せた。 本当に大丈夫なんだな。 「大丈夫」 俺を見つめている長門の目は、嘘をついている様には見えなかった。 そうか。危なくなったらすぐに助けを呼ぶんだぞ? 「そうする」 いつか見たのと同じ、何かを決意した顔で俺を見る長門の頭を撫でつつ、俺は頷いた。 よし……頼んだ。 ―― 感じるまま、感じる事だけを ―― 月明かりも差し込まない学校の中庭に、4人の高校生が走りこんでくる。 その姿を捕らえた監視カメラは、映像の中の動く物体を機械的にサーチしていった。 「……」 机に置かれたモニターの中を動く4人の人影を、森は無言のまま見つめている。 彼らが部室棟の入口付近に辿り着いた時、建物の入口とその周辺に隠れていた機関の実 行部隊が作戦通りに彼等を取り囲んだ。 まず、朝比奈みくるをマネキンを梱包するくらいに問題なく捕縛。 次に彼女を庇おうとした彼を捕縛。 抵抗しても無駄だと分かっているのだろう、古泉も抵抗を止める。 最後に…… てぇーいりゃー!! 4人中3人を捕まえて油断していたのだろう。油断していた黒服の男から警棒を奪い取 ったあたしは、迷う事無く相手の鎖骨付近に警棒を叩き込んだ。 何かが砕ける感触を感じる間もなく、残りの襲撃者に視線を向ける。 あたしが抵抗する事が余程予想外だったのかな? 動きを止めた男の1人に警棒を投げつけて、あたしは飛んでいく警棒を追いかけるよう にして駆け出す。 顔に向かって飛んできた警棒を両手で防ごうとする相手に、警棒よりも先にあたしの肘 が腹部にめり込む。くの字に曲がった男の顔に、ようやく飛んできた警棒が激突した。 「鶴屋さん?」 それが誰の声だったのかわからないけど、あたしの動きは止まらない。 地面に落ちた警棒を拾って、次の相手へと飛び掛っていく。 「無駄な抵抗をす ごっめんねー、聞いてる余裕ないのっ。 大きく開いた男の口に、あたしが投げた警棒が突き刺さった。 残った敵は……見える範囲に居るのは2人、見た目では武器無し。 身構える相手に、あたしはここからが正念場だと思ったんだけど……。 「退け」 現れた時と同じ、倒れた仲間を連れて音も無く黒服の襲撃者は去って行ってしまった。 暗闇の中、頬の傍にあるマイクを意識しながら小さな声で呟く。 実行部隊が壊滅した。プランBに移行する。 「かしこまりました」 無線から聞こえる返事には、僅かな動揺も感じられなかった。 言う必要はない事だが……。 目標の中に、鶴屋家の御令嬢が居る。 なんとなく、そう付け加えると 「……なるほど、実行部隊5人では歯が立たない訳ですな」 今度の返事には、少し楽しそうな響きがあった。 予定通りに頼むぞ、新川。 返事を待たずに無線を切った森は、来るべき時に備えて機器の撤収に取り掛かった。 「ふぇ~……こ、怖かったです~」 はいはい泣かない泣かないっ! みんな~怪我とかないかな? 涙目のみくるを慰めつつ、あたしはふらついている2人に声をかけた。 「俺は大丈夫です」 みくるを庇った時にぶつけた頭をさすりつつ、キョン君も答える。 「僕も怪我はありません。ですが、まさかここまで乱暴な手段に出るとは……」 ショックを受けた顔で古泉君は呟いた。 全力で追い返しておいてフォローするのもなんだけどさ、今の連中ってあたし達に危害 を加えるつもりはなかったみたいだよ? 「え?」 ほらこれ、さっきの奴らの落し物だけど。木製の警棒と防犯用の捕獲ロープだもん。こ れを見る限り何か目的があってあたし達を捕まえたかったみたいだね。ただ単に邪魔なだ けだったら、もっと簡単な方法があるっしょ。 そう、これって危害を加えずに捕獲したかったとしか思えないんだよね……。 今更だけど、敵の目的が何なのかを考え出したあたし達の前に 「お忙しいところ失礼します」 ――あたしの目には、その人は突然現れた様に見えた。 背中を冷たい汗が伝っていく。 さっきあたし達を捕まえようとした奴らが飛び出して来た時も、あたしはその動きにす ぐに気づいて反応できた。 それからもあたしは警戒を続けていたはずなのに、その男の人が口を開くまで、あたし はその人の存在に全く気がつけなかったのさ。 「貴方は……もしかして」 「新川さん」 キョン君と古泉君の言葉に、その男の人――執事服に身を包んだ落ち着いた雰囲気の男 性、新川さんは恭しく頭を下げてみせる。 「ご無沙汰しております」 「貴方も、ハルヒを誘拐した連中の仲間なんですか?」 キョン君の質問に、 「左様で御座います」 新川さんは間を置いて頷く。 「訳を聞かせてください」 凄く怖い顔をした古泉君が前に出ると、新川さんはすっと体をずらしてその視線を避け る。新川さんはあたし達の視線を一身に受けながら、部室棟の入口を手で指し示した。 「私の任務は、ここから先にそちらのお嬢様方2人を通さない事です。ご質問があれば、 この先に居る森がお答えします」 森という単語に、古泉君がまた体を震わせていた。 ……あたしとみくるは駄目だけど、キョン君と古泉君はハルにゃんの所に行っていいっ て事? 「仰るとおりで」 じゃー2人はお先に行っちゃって! 軽く言い切るあたしに、キョン君は驚いている。 「鶴屋さん?」 ほらほら急いだ急いだ! ハルにゃんを助けなきゃなんでしょ? ここで話してる時間 はないっさ! それでもまだ何か言いたげなキョン君だったけど、 「すみません、すぐに涼宮さんを連れて戻ります」 思い切りがいい男の子は高評価だねっ、古泉君は頭を下げて1人部室棟に走っていった。 「おい、待て古泉! ……すみません、もしも危なくなったら」 だーいじょうぶだって! 危なくなったらちゃんとみくるを連れて逃げるからさっ! あたしの言葉を聞いてもまだ不安そうだったキョン君だけど、みくるが無言で頷くのを 見ると古泉君を追いかけて部室棟に走って行った。 さっきの長門っちの時もそうだったけど、あれだけ心配性なキョン君がみくるが頷くと すぐに納得しちゃうってのは……まあ今は謎のままでいいっか。 2人の姿が階段の上に消えるのを見届けて、あたしは部室棟の入口で音も無く立ってい る新川さんに視線を戻した。 みくる~? 視線は変えないまま名前を呼ぶと、 「は、はい!」 少し後ろの方からみくるの可愛い返事が聞こえてきた。 あのさ、ちょろっと危ないから本校舎の中に隠れててくんないかな。 「え、え? ……鶴屋さん、何かするんですか?」 ん~……うん。暴れる。 あたしと新川さんの距離は、まだ間合いと呼ぶには遠すぎる距離だけど、あたしはゆっ くりと足を一歩前へ進めた。 「ええ? そんな、ここでキョン君達の帰りを待ってたほうが……」 「私としましても、ここは大人しくお待ちになられる方がよいかと思います」 余裕とか、落ち着き、そんなレベルじゃない。 新川さんから感じられるのは、圧倒的な力の差による――自負。 ね~新川さんって森さんと比べてどっちが強いのかな。 あたしの質問に新川さんは少し迷った後、 「森とは何度か手合わせした事は御座いますが、全て森が勝ちました」 そう答えた。 じゃあ、上に行った2人はここに残ってるより危険って事だよね? 距離にして10歩、自分の間合いに入ったあたしは何時もの様に体が望むままに構える。 「お答えしかねます」 そんなあたしを見ても、新川さんは真っ直ぐな姿勢で立ったままでいる。 恐れるな、考えるな! あたしは自分を奮い立たせて、新川さんに向かって走り出した。 ―― 私が、させない。 ―― どうして、こんな事を。 私がそう訪ねても、喜緑江美里は彼らが走り去って行った方向から視線を外そうとはし なかった。 すでに彼等の姿はここから見ることは出来ないかったが、そんな事は彼女にとって何の 問題でもないはず。 それにしても……わからない。 穏健派に属するはずの貴女がこんな事に加担する理由、それは何。 「……今は答えられません」 彼達の姿が旧館の方へと消えるのを見届けた後、彼女は振り向いてそう答えた。 今は……という事は。 いつになれば、答えられる。 私の質問に、彼女は首を横に振る。 「私にはわかりません」 彼女にはわからない、それはつまり上位者の命令で彼女が動いているという事。 涼宮ハルヒの観察を行う彼女は、各思念体の直属。……ありえない、やはりこれが穏健 派の取る様な行動だとは思えない。 やがて、私に向き直った彼女は真剣な顔で聞いてきた。 「長門さん。今からでも遅くありません、彼等を説得してここから出て行ってはもらえま せんか?」 その質問に私は頷いて、付け加えた。 涼宮ハルヒと一緒になら。 「それは……できません」 彼女の顔が苦しそうに歪む。 では、私も貴女の要望には答えられない。 「……困りましたね。ですが、貴女がここに残ってくれてよかったと思っています」 何故。 私は5人の中で最も戦力にならない。足止めをするのが目的だったのなら、これは最悪 の結果のはず。 「この先には数人の戦闘要員と、機関の使い手が2人居ます。……今は人間になったとは いえ、かつての同僚が危険に晒されるのはあまり気持ちのいい事ではありません」 いけない。 急いで追いかけようと走り出した途端、長門の体を不可視の何かが縛り付けた。 かつての自分なら容易くできた事、情報操作による行動停止を前に今はそれを知覚する 事も抵抗する事もできない。 動けなくなった私の前に立って、彼女は諭すように言った。 「ここでじっとしていて下さい。それに、彼らが万一機関の使い手から逃れる事ができた としても、森園生の力によって涼宮さんには近づけません。何をしても無駄なんです」 ……だったら。 私は自分の体で唯一自由だった視線を動かし、彼女の顔を睨んで言った。 だったら、ここで貴女を倒してみんなを助ける。 ―― デジャブ……ってやつか? ―― 俺が部室棟に入った時、すでに古泉が階段を登る足音は聞こえなかった。 それは古泉がすでにハルヒの元に辿り着いたって事なのか、それとも……。 真っ暗な階段の先を何とか見据えようと目を細めるが、そこには何も見えない。 ええい、どっちにしろ行くしかないだろうが! 頭を過る暗い考えを跳ね除けようと、俺はわざと大きな音を立てて階段を上り始めた。 ――その違和感に気がついたのは、階段を上り始めてすぐの事だった。 前方に見えているはずの階段の踊り場は、俺がどんなに階段を登っても一向に近づいて いる気配が無い。 何が起きてるんだ? 一旦立ち止まり振り返ってみると、そこには遥か遠くまで下っていく階段の姿があるだ けだった。 くそっ! 罠かよ? ただの一般人相手に手の込んだ事をしてくれやがって! あっさ り罠にかかった自分にも腹が立つが……そうだ! 古泉! どこだ! そう叫んだ俺の声は、目の前にある暗闇に吸い込まれて返って来る言葉はなかった。 駄目か。どうする、このまま登るか? それとも一旦戻るか? そう俺が考え込んでいると、 「あ、あれ? どうして貴方が?」 背後から聞こえてきた間抜けな声に振り向くと、そこ居たのは先に行ったはずの古泉だ った。 お前、先に行ったんじゃ? 「貴方こそ……待ってください、貴方は確かに僕より後にこの階段へ足を踏み入れた。そ うですね?」 ああ、間違いない。 旧校舎の入口から階段まではすぐだからな。 「という事は、この階段は恐らく階段の途中と踊り場付近の辺りで空間が繋がっているの だと思われます」 ……古泉、頭大丈夫か? 空間が繋がるとかどこのファンタジー世界だ、ここは現実だぞ? 「僕はいつでも」 そこそこに正気なつもり、だろ? そんな事はどうでもいい。理屈なんて好きにしろよ。 で、どうすればハルヒの所へ行けるんだ? 「このまま貴方は階段を上ってください。僕は逆に階段を降ります」 それで? 「僕の推測が正しければ、僕と貴方はいずれまた階段で出会う事になります。そこから空 間の途切れ目を辿れば、この階段から抜け出せるはずです」 ……さっぱり意味がわからんが、まあいい。信じてやるよ。 俺は古泉に頷いて見せ、終わらない階段を再び上りだした ――なるほど、流石は超能力者って奴だな。 数分後、俺が見たのは階段の先で俺を待つ古泉の姿だった。 「これで確証が持てました。この付近に空間を連結している次元断層があるはずです」 もう理解しようとするのは諦めた。 そこからなら出られるって事か? 「ええ。ですがここから出た先が現実の世界だとは限りません、行き先がここよりももっ と危険な場所ではないという保障は1つもないんです」 だからどうした。 安全確認でもしたつもりか? 「……いえ。そうですね、貴方のその言葉が聞きたかったのかもしれません。こう見えて、 僕は臆病なんですよ」 そう言った古泉は何故か嬉しそうに笑った。 ……お前が笑う所、久しぶりに見た気がするな。 差し出された古泉の手を掴み、目を閉じる。そして階段を数段上った所で、 「もういいですよ」 古泉の言葉に目を開いた時、そこは階段の踊り場だった……が。 これは……閉鎖空間か? 「どうやらその様ですね」 月明かりが差し込んでいるだけで真っ暗に近かったはずの階段は、今は灰色の光のよう な物に包まれていた。 まさかまたお前と閉鎖空間に来る事になるとはな……とはいえここなら古泉以外の人間 は入ってこれないはずだ。さっきの黒服みたいなのが襲ってこれないだけまだいいのかも しれない。 「涼宮さんの反応はすぐ近くです。急ぎましょう!」 ああ。 俺は古泉に続いて、階段を駆け上って行った。 灰色の部室棟の中には当たり前だが誰の姿も無く、廊下を走っている間も誰にも会うこ とは無かった。……ん? おい、古泉。 「なんですか?」 新川さんの話じゃ、ここに森さんが居るはずじゃなかったのか? 俺の言葉に、また古泉の顔色がまた悪くなる。 「部室棟に居る事は確かだと思います。ですが、この空間の中に僕以外の能力者の気配は ありませんから、彼女はここには居ないはずです。彼女の事は、ここから出る時にだけ注 意すればいいでしょう」 そう言い切っているのに、古泉の言葉には自信がまるで感じられなかった。 あの森さんはそんなに怖い人なんだろうか? ……俺にはそうは見えないんだが。 そんな事を話している間に、俺達はSOS団の部室の前に辿り着いた。 ここか? 「ええ」 緊張した顔の古泉の手がドアノブに伸び、俺が頷くのを見た後、古泉はドアノブをゆっ くりと回した。 不思議な程無音で、ドアは開いていく。 そこで俺達が見たのは、部室の中でいつもの様に団長席に座って眠っているハルヒの姿 と……何となく、そんな気はしてたよ。 「お待ちしておりました」 そんなハルヒの隣に立つ、見慣れたメイド服に身を包んだ森さんの姿だった。 「な、なんで……貴女が……」 絶望って言葉がこれ以上ない程似合う顔で古泉は呟く。 おい古泉しっかりしろ! 挨拶だけで戦意喪失すんな! ……駄目か。 えっと、森さん。 「はい」 硬直して動けない古泉に代わって、俺は口を開いた。 細かい事情とかはいいんで、そこのバカを返してもらえませんか? 俺は「バカ」という部分だけわざと大きな声で言ってみたんだが……くそっ気絶してる のか知らないが、ハルヒは何の反応も示さない。 「申し訳ありませんが、それはできません」 あくまで丁寧な物腰で――つまり、欠片も譲歩する気が感じられない言葉で森さんは言 い切る。 ……だったら、どうすればハルヒを返してもらえるんですか? 森さんの事だ、どうせ返答は無い。そう俺は思っていたんだが。 「このまま1時間程お待ちいただければ、涼宮さんの自由をお約束します」 意外にも森さんはそう提案してきた。 なんだよ、古泉の反応だけで想像していたよりもずっと話が分かる人じゃないか。 じゃあ、その数時間で何をするつもりなのか教えてもらえませんか? そう尋ねた俺に森さんは小さく頷いた後―― 「世界を再構成します」 ……これ、笑う所? 窓から差し込んでいる灰色の光に照らされた森さんの言葉には、いつか聞いたあいつの 言葉と同じように何の迷いも感じられなかった。 そんな時――お、おいマジかよ!?――まるで出番を待っていたかのようなタイミング で、部室の窓の向こうに青白い巨体、神人が姿を現しやがった! やばい、ここに居たら巻き込まれ……ん? 神人は何故かこの部室には興味がないらしく、本校舎や街のあちこちで好き放題大暴れ している。 おい古泉! 俺には詳しい事はわからんがあれが暴れてたらまずいんだろ? さっさと 行けっ! 「で、ですが!」 あのなぁ、ここが何とかなっても世界が崩壊したら一緒だろうが! 古泉もそれはわかっているのだろうが、どうやら森さんを前に俺1人残す事を躊躇って いるようだ。 この人は俺に任せろ、何とかしてみせる。 「貴方は森さんの事を知らないからそう言えるんです。さっきお会いした新川さんですが、 あの人はああ見えて世界でも有数の傭兵なんです。これまでにも何度もテロや戦争を未然 に防いできた本物の英雄であるあの人ですら、森さんには手も足も出ないんですよ?」 ……必死に熱弁する古泉には悪いが、お前の説明と目の前に居る森さんはどうしても一 致しないんだが。 アンティークなメイド服に身を包んだ森さんは、それこそ長門とそれ程変わらないので はと思うほど華奢な体をしている。 「見た目で判断してはいけません」 とにかくだ、森さんがそれだけ凄いとするさ。 「ですから本当に!」 いいから聞け! そんな凄い森さん相手にお前は対抗できるのか? できないから脅え てるんだろ? それだったらお前は神人を止めに行った方がまだ助かる可能性があるとは 思わないか? 奇跡を待つより何とやらっていうしな。 これが絶望的な状況なら最善手を打つしかないだろうが? 「それは……そうですね」 まったく、冷静なのはお前の役割だったはずなんだがな。 納得してからの古泉の行動は早かった。 「すみません、涼宮さんをお願いします!」 そういい残して廊下に飛び出していく古泉の体からは、いつか見た赤い光に包まれ始め ていた。 頼むぜ古泉、俺達の世界を守ってくれよ? 「……」 そして問題はこっちか。 部屋から古泉が出て行く時も、森さんは何の邪魔もしなかった。 それは余裕からの行動なのか……それともまた何か罠でも仕掛けているのだろうかね。 とにかく、まずはハルヒの状況を確認しないとな。 ハルヒに向かってゆっくりと歩く俺の姿を、森さんは静かに見守ってい……あれ、普通 に辿り着いてしまったぞ。 俺がハルヒのすぐ隣に立っても、森さんは何もしてこなかった。 ただ、俺の様子を見ているだけ。 いったいなんなんだ? ともかくこいつを起こしてみよう、そう思った俺はハルヒの肩に触れようとしたんだが ……なんだ、これ? ハルヒの体からすぐの場所に何か見えない壁があって、それは全身 を覆っているらしく俺の手はハルヒに届く事は無かった。 おい! ハルヒ起きろ! 揺さぶろうにもその壁は動かず、俺の声もハルヒには届いていないらしい。 この壁はいったいなんなんだ……まさかこれも森さんがやった事なのか? 「……」 俺を見る森さんの視線には感情らしきものは見当たらず、その姿はまるでかつての長門 を見ているようだった。 森さん。 「はい」 世界を再構成って、どんな意味なんですか? まあ、聞いたからって素直に答えてもらえるとは思っていなかったんだが、 「閉鎖空間の内面世界を神人によって崩壊させ、その場所に彼女の意識によって新たな世 界を創造します」 意外にもあっさりと返事が返ってきた――意味はさっぱりだけどな。 それって、結局どうなるんですか? 「新たな世界は彼女の望んだ世界になります」 ……それって、もしかしてどうなるのかわからないって事なんじゃ。 「はい」 おい、本気なのかよこの人! 古泉が言うのとは別の意味で怖いんだが? ハルヒの思い通りの世界なんて本気で洒落にならんぞ? それって止めてもらう訳にはいかないんですか? 「できません」 どうして? いったい誰がそんな世界を望んでるって言うんですか? 「この世界に生きる全ての生物です」 ……は? 今、何て言いました? 「この世界は今、とても不安定な状態にあります。たった一人の少女によって崩壊する可 能性を常に秘めている。一度判断を間違えれば、何も知らないままの数十億もの命を失う 事にもなり兼ねない」 淡々と呟くその言葉には、何の感情も感じられなかった。 ……世界が再構成されたら、貴女の言う何も知らないままの数十億もの命ってのはどう なるのか分かってるんですか? 「はい」 森さんはハルヒの隣にあるパソコンを指差すと、 「今、私たちが居るこの閉鎖空間は現実の世界をコピーした物です。パソコンに例えて説 明すると、この空間は現在神人によって基礎部分を残してフォーマットされています、そ れが終われば彼女の認識によって世界が再構築されていきます。構築が完了すれば、コピ ーの元になった世界は消えます」 消えますって……死んでしまうって事なんじゃ? 「そうとも言えます。ですが代わりに、新しい世界にはこの世界に現存する全ての命が生 まれる事にもなります。それは全く同じものではありませんが、現在存在する物とほぼ同 じ物になります」 ちょっと待てよ、それって……あの時の。 森さん! 貴女が今言ってることは、以前古泉や長門や朝比奈さんが止めようとした事 じゃないんですか? ハルヒが世界の再構成を始めたあの日、確かに俺は古泉の言葉を聞いたんだ。 まだ俺たちと一緒に居たい、できるならば戻って来て欲しいってな。 「古泉が?」 そうです、あいつは仲間の力を借りてなんとかここまで……来れた……って。 それまで穏やかだった森さんの顔に、急に浮かんだ表情。それは紛れも無く 「……勝手な事を」 怒りだった。 目の前に居るのは長門と変わらない様な華奢な女性だ、それは間違いないのになんで俺 はこんなに震えてるんだ? 「なるほど。一度は再構成寸前まで進んでいたプロセスが急に白紙に戻った事がありまし たが、あれには古泉も加担していたんですね」 俺は今まで、なんだかんだで機関ってのは敵じゃないんだと思っていた。そしてそれは、 今でも間違いじゃないんだろうな。 つまり、この人たちにとって俺達は敵じゃないが……味方でもないんだ。 森さんはポケットから銀色の懐中時計を取り出すと、蓋を開けて中を見つめている。 「残り約32分で神人の活動は完了します」 そんなもん、古泉が何とかするさ。 そう強がった俺に、森さんは首を横に振る。 「神人の数と行動範囲を考えると、古泉の能力では作業完了を遅らせる事しかできません。 それも長く見積もって3分といった所でしょう」 ……こうなったら、無理やりにでも止めるしかない。 いくら森さんが凄い人だろうが知った事か! 俺は手近なパイプ椅子を1つ畳んで両手 で持ち上げた。 頼む、再構成とやらを止めてくれ。……こんな事はしたくないんだ! パイプ椅子を持った俺がそう叫んでも、森さんには何の変化も無い。 抵抗も、避けようともしない森さんに……俺は、俺は………………くっそお!! 振りかぶったパイプ椅子を、俺は足元の床に向かって叩きつけた。 衝撃に耐え切れなかった椅子の部品がいくつも散らばり、その破片の様子を森さんは眺 めている。 どうすりゃいいんだ……このまま何もできずに見てろってのか? おい起きろハルヒ! 俺は立ち上がり、団長椅子で眠り続けているハルヒを揺さぶろうと手を伸ばした。その 手はやはり見えない壁に阻まれてハルヒの体に触れることは出来なかったが……そんな事 はどうでもいいんだ! さっさと起きろ! お前の団員がピンチで世界は滅亡の危機なんだ! こんな時の為の SOS団だろ! 違うか? ついでに教えてやるがお前が中学の時に見たジョン・スミス は俺だ! あの時お前が地面に書いた文字は宇宙人語で『私はここにいる』だろ? なあ、 起きろよ! 頼むから起きてくれよ! どんなに俺が叫んでもただ喉が掠れるだけで……俺にはハルヒの前髪1つ揺らす事はで きなかった。 ……俺の切り札まで無効とは恐れ入ったよ。 声が届かないんじゃ何を言っても無駄だよな。 もう俺達にできる事は何も……な…………俺……達……? 俺のカマドウマ以下の頭脳に、その言葉はやけに大きく響いた。 ハルヒはここで寝ている。 古泉はバイトで大忙し。 俺はここで嘆いていて……それで終わりじゃない、SOS団はまだ居るじゃないか! まだ長門も朝比奈さんも鶴谷さんも居るんだ、みんなが揃えばもしかしたら……。 古泉が居ない今、ここにみんなを呼ぶ為には……手は一つしかない。 森さん。 「はい」 頼むぜ。あんたのその静かな態度は余裕の表れであってくれよ? 祈るような気持ちで、俺は賭けに出た。 外に居るみんなをここに呼んでもらえませんか。 「……」 これが最後なら、せめて一緒に居たいんです。 この言葉は嘘じゃない、だがこれで最後にするつもりなんか欠片もない。 俺達の間に流れる沈黙は、やがて彼女の小さな手振りによって終わった。 森さんの右手が部室の窓へと向けられると、古ぼけた部室の窓はまるで魔法がかかった かのように変化してそれぞれに映像を映し出したのだ。 窓の1つでは青白い神人の群れを相手に奮戦する古泉が映り、他の窓では新川さん相手 に格闘を繰り広げている鶴谷さんの姿が見える。長門は何故か喜緑さんの目の前でじっと 動かないままで、朝比奈さんは校舎の中で震えていた。 ……こ、これは。 「現在の状況です」 森さんの言っている意味はなんとなくわかるが……その前に、この人はいったい何者な んだ? いくら森さんが凄い人だからって、これはもう超能力なんて言葉では説明できない。こ んな無茶苦茶な事ができる奴って言ったら、俺には宇宙人くらいしか思いつかないぞ? 森さんの素性を想像して冷や汗を流す俺に、森さんは丁寧に頭を下げる。 「こちらとしましては貴方以外の人にこの場所へ来て頂く訳には参りません。申し訳あり ませんが、この映像だけでご容赦願います」 ……妙に丁寧な言い方だが、これは裏を返せばヒントになるかもしれない。 つまり今のは、森さんにとってここに来てしまったら困る事になる奴が俺達の中に居る って事だよな? それは……可能性として一番高いのは鶴谷さんだろうか。 部室の窓の中で、鶴谷さんは新川さん相手に俺では目で追うこともできない程の速さで 戦っている。 くそっ、もしもそうだとしてもここに古泉が居なかったら鶴谷さんを連れてこれないじ ゃないか! どうりでさっき、あっさりと古泉を見逃した訳だ。 古泉が映る窓では、逃げ惑いながらも反撃を繰り返す赤い光が見える。 携帯電話は……圏外か、そうだよな。閉鎖空間まで電波が来てたら逆に驚く。 古泉に連絡を取ることができないとなると、くそ! どうすればいい? 焦る俺が窓に映る映像にじっと目を凝らしていると、その内の1つに違和感を感じた。 それは長門が映っている映像で、喜緑さんと一緒にじっと立ったまま二人は動かないで いる。 あれ、何か変だと思ったんだが……。 他の映像と違ってここだけ静止画に見えるその映像を見ていた俺は、ようやくその違和 感の正体に気がついた。 さっきまで見詰め合っていたはずの2人のうち、長門だけが視線が変わっているのだ。 長門の視線は、まるでモニター越しに俺を見つめているかの様に固定されている。 何だ……何か口が動いている様な気が……。 ……い……ま……た……す……け……に……い……く……? その瞬間、部室の窓の全てが白く光ったかと思うと、みんなの様子を写していた窓ガラ スはまるで念入りにハンマーで砕いたみたいに空中で飛散して、そのまま霧の様に消えて いった。 何が起きたのか何て事はわからないが……まあいいさ、俺が信じてないで誰が信じてや るんだよ。 こんな状況でも顔色1つ変えない森さんの横を通って、俺はいつもの自分の席へと戻っ た。 なあに、その静かな顔ももうすぐ驚きに変わるだろうぜ? 数分後――俺が聞いたのは、廊下から聞こえてきた誰かが走ってくる足音。その音はま っすぐこちらに向かってきて、そして躊躇なく扉は開かれた。 「ハールにゃんどこさー? っと居たぁ! おおお! キョン君も居るじゃないか!」 最初に入ってきたのは鶴屋さんだった。 「涼宮さん! キョン君!」 元気一杯の鶴屋さんに手を引かれて、我らが天使の朝比奈さんも登場だ。 「……」 そして最後に……ありがとうな、お前が何かしてくれたんだろ? 無言のまま頷いてみせる長門の姿もそこにあった。 これで形勢は逆転だな。他力本願? ああ、好きに言ってくれ。俺はハルヒが助けられ ればそんなもんはどうでもいい。 「ちょっとキョン君、どうしてハルにゃんを連れ戻さないのかい?」 そうしたいんですが……事情はうまく説明できませんが、とにかくそこに居る森さんを なんとかしないとハルヒを助けられないんです。 「おっけー。話はさっぱりだけど、やらなきゃいけないことはよ~くわかったよ」 部屋の中に見慣れない顔を見つけた鶴屋さんは一歩前に出た。 「あんたが森さん? ハルにゃんを誘拐したくなる気持ちは正直わかるんだけど、これは ちょろっとお痛がすぎてるっさ!」 わかるんですか。 「あの、お願いします。涼宮さんを解放してください」 「私からもお願いする」 3人の言葉を聞いても、森さんは顔色1つ変えないでいる――本当にこの人は何者なん だろうか? 自分を取り囲むように立つ俺達を見て、森さんは小さく溜息をついてから……。 「それはできません」 はっきりと否定するのだった。 「ふ~ん、口で言っても分からないなら体に言い聞かせちゃうよ? そっちの方が趣味だ しね! 言っておくけど今日のあたしは凶暴なんだから手加減できないっから!」 さっきまでの勢いが残っているのか、鶴屋さんは威嚇するように構えて見せる。 俺ならすぐに引き下がりそうな本気の視線を前に――それでも、森さんには何の変化も 無かった。 じりじりと距離を詰める鶴屋さんを、森さんは視線の端でそっと見つめている。 鶴屋さん気をつけてくださいね? 見た目じゃわからないですけど、森さんは新川さん よりも凄い人らしいんです。 「うん、聞いてるよ。それが本当かどうかを確かめる意味でも、是非お手合わせしてもら わないっとねぇ」 いかん、余計に火をつけちまったのか? 傍目にも分かるほどテンションを上げた鶴屋さんは――まるでそこだけコマが少ない映 画をみたいに一瞬で森さんに蹴りかかっていた。 といっても俺には結果しか見えていないんだが、即頭部を狙ったらしいその蹴りは、ま るで必要な分だけ動いたみたいな森さんの動作で回避されて空を切る。 「――!」 完全に捕らえたと思っていたのか、鶴屋さんの顔に動揺が走った。 それでも―― 「せいりゃー!」 駒の様に体を回し、鶴屋さんは矢継ぎ早に蹴りを放っていった。 いったいどんなバランス感覚をしているんだ? 軸足を床につけたまま、森さんの膝や腹部、胸や顔へと繰り出された蹴りの雨は、彼女 の服を揺らすだけで一撃も体に触れることは無かった。 援護に入りたい所だが……正直、俺では邪魔にしかならないだろう。 じっと2人の攻防を見守っていると、やがて鶴屋さんの動きに変化が現れてきた。 相手に反撃される事を考えて攻撃していたのでは、森さんを捕らえる事はできない。 そう考えたのだろうか、鶴屋さんは一気に森さんとの距離を詰めていった。 満員電車の中の様に向かい合った状態で、鶴屋さんの肘や膝が乱れ舞う。どう考えて も避けられるはずがないはずなのに…… 「な、なんでさー?!」 鶴屋さんの攻撃は、それでも空を切るのだった。 反撃覚悟、組み付こうと腕を伸ばしても森さんはその動きが分かっていたみたいに容易 く背後に回ってみせる。 急いで振り向こう鶴屋さんが体を捻ると、 「おおわっ!」 急にバランスを崩した鶴屋さんは、その場に倒れてしまった。 鶴屋さん! 「痛てて……い痛っ! な、なんなのこれっ?」 起き上がろうとした鶴屋さんが再び倒れたのも無理は無い、倒れた鶴屋さんの手足は、 いつの間にか彼女自身の長い髪で縛られてしまっていた。 いくらなんでもこんな一瞬で人の手足を縛るなんて不可能だ。しかも相手は鶴屋さんな んだぞ? 「つ、鶴屋さん」 「みくる! その辺に鋏ない? 鋏!」 「そ、そんなの駄目ですよ?!」 「いいから鋏ぃ~!」 じたじたと暴れる鶴屋さんの前に立ったのは。 「……」 いつの間にか俺の傍から離れていた長門だった。 「だめ! 長門っち危ないよ!」 「大丈夫」 鶴屋さんに頷いて見せてから、長門は森さんへと向き直る。 まるで鶴屋さんを守る様に立つその姿は、かつて俺を守ってくれた時の様に見えた。 「涼宮ハルヒを連れて帰る」 そう言い切る長門を前に、 「申し訳ありませんが、それはできません」 森さんは一歩も引こうとしない。 俺は、これから長門がいったい何をするつもりなのか全く知らなかった。それはまあい つもの事だし、正直聞いた所で俺に出来る事などないのも知っている。 それでも、この時ばかりは思ったぜ。 頼む、先に言ってからにしてくれってな。 長門は静かに自分の胸に手を当てて、その言葉を呟いたんだ。 「来て」 その瞬間、さっき俺がモニター越しに見た光が狭い部室を埋め尽くした。 強い光を放つ長門の背中から突き出すように伸びた二本の光の柱。 それはやがて翼の様に形を変えて、長門の体を包み込んでいく……。 眩い光の中で、俺達は確かに見てしまったんだ。 光の中央に突如現れ、長門の小さな背中を愛しそうに抱いて立っている……あいつの 姿をな。 「お久しぶり」 長門を抱きしめたまま、そいつは俺に向かっていつか見た笑顔を向けている。 こんな状況に欠片も似つかわない軽い口調で挨拶してきたのは――まさかお前にまた 会う事になるとはね――消えてしまったはずのクラス委員、朝倉涼子だった。 ……朝倉、お前天使だったのか? そう俺が聞いたのも無理もないだろ。 長門の背中にあったと思った光の翼は、今は朝倉の背に移り静かに揺れている。 「さあ? それはどうかしら」 茶化すように朝倉ははぐらかしたが、何故か俺をじっと見つめて視線を外そうとしな い。 何だろう。 その視線は久しぶりに見たクラスメイトって感じではなく、更に言えば殺し損ねた殺 害対象を見ている様にも見えない。 始めて見るはずの朝倉のそんな顔を……何故だろう、俺は懐かしく感じていたんだ。 どこだったかは思い出せないが、俺はどこでこの目を見た事があるような……。 「さっさと終わらせちゃうね。さ、長門さんは危ないから離れてて」 頷いた長門が俺の隣に戻ったのを見て、朝倉は小さくウインクしてから森さんへと向 き直った。 「な、ななな。何なんですか、あの人?」 「キョン君! キョン君! あれって天使なのかい?」 さ、さあ。俺には正直さっぱりです。 朝比奈さんはいいとして、鶴屋さんに朝倉を見られてしまったのはまずかったかもし れないが……まあ、今は緊急事態だから仕方ないよな。 長門、あれは本当に朝倉なのか? 俺の質問に長門は頷く。 「彼女は味方」 ……そっか。 疑うまでも無い、朝倉を見る長門の視線には確かな信頼が篭められていたんだからな。 世界崩壊の危機とやらが迫っているはずなのに、俺が安心しきっていたのも当然だろ? なんせ、ここには本物の宇宙人が居るんだ。 いくら森さんが格闘技の達人だろうが、不思議な力が使えようが関係ない。人間が宇 宙人に勝てるわけがない。 「はじめまして。貴女には何の恨みも興味も無いんだけど、長門さんのお願いだからち ょっと怖い思いをしてもらうね?」 言い終えるまでもない、気がつけば俺達の回りにあった机や椅子は姿を消していて、 まるで森さんの視界を塞ぐ様に数え切れない程の光の槍が取り囲んでいた。 い、いつの間にやったんだ? 突如として現れた鋭利な刃物によって、ここからではもう森さんの表情を見る事すら できない。 「逃げようとしても無駄、もう動きも封じたから。ちゃんと勉強したのよ?」 そこで俺を見なくてもいい。 「は~い。さ、森さんだっけ? 涼宮さんを解放してこの閉鎖空間を消しなさい。お返 事はもちろん「はい」よね?」 そう笑顔で言い切る朝倉を前にしても、森さんは 「それはできません」 はっきりと言い返しやがったようだ。 お、おい! マジで危ないんだって! 一度殺されかけた俺にはわかる、朝倉は笑ってるからって安心できる相手なんかじゃ ないんだ! 「ふ~ん……そう」 朝倉の笑顔に何かが混ざった気が――瞬間、森さんの足元に数本の光の槍が突き刺さ っていた。 ほんの僅か、森さんの足元から数センチ離れた場所に槍は深々と突き刺さっている。 「次は当てるわよ。返事ができる内に「はい」って言った方が貴女の為だと思うなぁ」 嬉しそうに笑う朝倉を見て、森さんはそっと腕を横に振った。 「え?」 その動きを見た朝倉の顔から笑顔が消える。 同時に、森さんを取り囲んでいた光の槍も、朝倉の背中に輝いていた光の翼も全て姿 を消してしまっていた。 光の翼が消えて急に暗くなった部室の中、 「いけない」 よろめく朝倉の体を、走り寄った長門がそっと支える。 「……あ、貴女いったい何者なの?」 朝倉にそう聞かれても森さんは何も答えようとせず、ただ静かに懐中時計を取り出し 「残り13分です」 まるで時報の様に、俺達に告げるのだった。 「キョ、キョン君! 残り13分って何が起こるのさ?」 床に転がったままで聞いてくる鶴屋さんに、俺は現状を何て答えればいいのか分から なかったし、どう説明すればいいかなんて考えている余裕もなかった。 いざとなったらハルヒにキスをすればいいって事あるごとに言われてきたが、それす ら今はできないぞ? ……もう駄目なのか? ごく普通の人間である俺ですら世界の崩壊を意識しはじめた時、そいつはやってきた。 ――正義の味方は遅れてやってくるもの。 「わぁ? 今度は何なのさ!」 そんなルールを守っているのかどうかは知らないが……遅えよ、馬鹿。 前触れもなくがら空きになった窓枠から飛び込んできた大きな赤い光は――お、おい? その光は俺達の元ではなく、迷う事なくまっすぐ森さんへと向かって飛んでいったの だ。 いくらなんでもこんな物は避けられない。 そう信じるに足るだけの勢いで飛んできた古泉は、森さんの体を確かに捉え―― 「ふっ」 ……小さな息と共に振り上げられた森さんの右手の一振りで、あっけなく跳ね飛ばさ れちまいやがったのだった。 大きな音を立てて壁にめり込んだ古泉が、ゆっくりと落ちてくる。 「きゃあ!」 古泉! 思わず駆け寄った俺を見て、古泉は弱々しく笑顔を浮かべて見せ……そのまま意識を 失って倒れてしまった。 古泉! おい古泉! 起きろ! 目を覚ましやがれ! ぞっとする程ぐったりとしている古泉の傍に、朝倉がやってきた。 動かない古泉に手をかざして、朝倉は真剣な顔をしている。 「大丈夫、気絶してるだけ。命に別状はないわ」 よ、よかった……。 ったく心配させやがって! 朝倉、古泉を起こせるか? 「うん。それくらいなら」 じゃあやってくれ! 「は~い。任せて」 目を閉じた朝倉の掌に小さな光が生まれ、その光は古泉の体へと進んでいく。 やがて、弱々しかったその光が完全に古泉の体に消え去ると、 「…………こ、ここは?」 入れ替わるように古泉は目を覚ました。 やれやれ……ったく心配させやがって、あれだけ森さんには歯が立たないって言って た癖に何で無茶したんだ? 「す、すみません。……ですが、この世界はすでに臨界状態を迎えています、残された 時間はもう殆どないでしょう」 ……だから賭けに出たってのか? 「ええ。ですが、やはり僕では彼女を止めることはできないんですね……」 ゆっくりと立ち上がった古泉の視線の先では、この部屋に来た時に俺が見た姿とまる で変わっていない森さんの姿がある。 誰も口を開けないでいる中、森さんは懐中時計をしまって口を開く。 「間もなく、世界の再構築が始まります」 森さんがそう言い終えるのを待っていたように、部室棟は小さく揺れ始めるのだった。 ――俺は心のどこかでこう思ってたんだ。 例えどんな非常識な事が起きたって、SOS団が揃えば何とかなるってな。 事実、これまで何度も俺達は無茶な出来事に巻き込まれてきたが、結果的になんとな かってきたんだ。今回は例外だ……なんて思いもよらなかったぜ。 ここで奇跡を願おうにも、ハルヒが寝てるんじゃどうしようもない……。 「……森さん、最後に1つ聞かせてください」 落ち込む俺を前に、古泉は決死の表情で森さんへ問いかけている。 「今から起きる再構築は、本当に涼宮さんが望んでいる事なんですか? 確かに、ここ 最近の涼宮さんはいつもと違っていました、不機嫌に見えるのに当り散らしてきません でしたしね。しかし、それと突然起きた今回の騒動に繋がる理由が僕にはわからないん です。以前、彼女が世界を作り変えようとした時とは状況が違います。彼女は現状に絶 望などしてはいなかった。それなのに何故?」 ハルヒじゃない。 「え?」 これはハルヒが望んでる事じゃないって言ったんだよ。 熱弁する古泉に反論したのは、何故か俺だった訳だ。 「それは……いったい」 理由なんて知らん。でもな、これだけは言い切れる。あのバカは世界の再構成なんて くだらない事を本気で望んだりしちゃいねぇよ。 「ですが、実際にあの時……」 前の事か? あの時だってそうだろ。あいつが本気で望んでたんなら、みんなが俺に ヒントを出したりできると思うか? そんな理屈は抜きにしても、俺はハルヒがそんな 事を望んでるなんて思えん。 言いたい事を勝手に言っただけの俺に反論、というか質問してきたのは 「1つ聞かせてください」 何故か森さんで、 「貴方は、世界を再構成したいと思った事はありませんか」 その内容は意味不明だった。 ……何を言ってるんですか? 月曜の朝に、実は今日は日曜だったらいいのにって思ったことならいくらでもあると か――そんな話じゃないよな、多分。 「もしも貴方に、世界を自分が思うとおりに書き換えられる力があったなら。その力を 使わないで居られる自信がありますか」 使うはずが無いでしょう? そんな事をして何になるんですか。 「いえ、貴方は書き換えました」 静かに首を振って、森さんはそう否定する。 いったい何の事を言って……。 「過去に世界が改変された時、貴方はエンターキーを押したでしょう」 静かなその声は、俺の中に静かに広がっていくようだった。 ――何で……何で森さんがそんな事を? 「あの世界は、貴方の選択によって時空修正されました」 事情が分からないみんなの視線を感じながら……俺は立っているだけの気力もなくな り、その場に座り込んでしまった。 ――長門によって書き換えられた世界を元に戻す為、長門にピストル型装置を構えた 時、俺は俺のハルヒと古泉と長門と朝比奈さんを取り戻す。そう決めたんだ。 今でもそれは間違いだった何て思っちゃいないさ、でもその代償に俺はあいつらの未 来を奪ってしまった……のか……。 「その事について、貴方を責める事ができる人は何処にも存在しません」 見下ろすような森さんの視線は、少しだけ優しかった気がした。 「古泉の質問に答えます、彼女は世界を変えたいと思ってはいません。ですが彼女が世 界の破滅を願わない様にする為には、こうして世界を彼女の望む姿に変え続ける必要が あるんです」 淡々と諭すように語る森さんに反論したのは、 「違います!」 いつになく真剣な顔をした古泉だった。 「森さん。確かにその様な意見が機関に存在する事は知っていました。ですがそれでは、 僕達がこんな力を持っている理由が説明できないじゃないですか!」 古泉は掌に、かつてカマドウマと戦った時に見せた熱を放つ赤い光を作ってみせた。 同じように森さんも掌に光玉を作って見せ、 「古泉、これは彼女の良心だ」 「良心?」 「そうだ。今、鍵である彼が思いつめている様に、彼女もまた自分の選択が世界を改編 してしまう事に抵抗が無い訳ではない。人は、生きる為に他の生物の命を奪う時、それ が自然の摂理であると理解していても心に呵責が生まれる。無意識の内に世界を変えて しまう事に対して彼女の呵責が生み出した力、それがこの力だ」 そう言って、森さんはあっさりと光玉を握りつぶしてみせた。 閉鎖空間の存在。 そして、超能力者。 ……なるほどな。 未だ目を覚まさないハルヒの姿を見て、俺は溜息をついた。 なあハルヒ。今ならお前の気持ちが、前よりほんの少しだけだがわかってやれる気が するよ。 森さんの言葉が全部真実かどうかなんてわからんが……何故か俺はそう思った。 「そんな……」 よろける古泉にかけてやるフォローの言葉も思いつかない。 「涼宮ハルヒは閉鎖空間を作り、神人を暴れさせる。その先にある結果は二つ存在する。 1つは破滅、完全な虚無への回帰。私達が防ごうとしているのはこれだ。そしてもう1 つは再生、より安定した形に世界は再構築される。本来であれば再生は誰にも止める事 はできない……だから、お前には何も伝えていなかったんだ」 静かに続いていた振動は森さんの話が進むにつれて徐々に大きくなり、ついに天井か ら埃が落ち始めてきた。 そんな中、長門はじっと朝倉に寄り添っていて、2人は抱き合う様にしてこれから起 きる出来事を受け入れようとしているみたいだった。 古泉は壁にもたれたまま俯きっぱなし。 ……森さんの言葉が余程ショックだったんだろう、何やら独り言を繰り返している。 鶴屋さんはようやく自由になった体で、朝比奈さんの事をしっかりと抱きしめていた。 結局、巻き込むだけ巻き込んで助けてもらっておきながら、何も説明できないままに なってしまって……本当にすみません。 そして俺は、 「……」 座ったまま、ただ森さんの顔を見続けるだけだった。 この人の言っている事が勝手な欲望だとか、独りよがりな思い込みの結果だっていう のなら反論のしようもあったさ。 無駄な抵抗だってなんだってしてやるよ。 だが、森さんの言葉にはそんな私情は見つからず、俺にはもう言い返す言葉がない。 そうさ、ここが長門が書き換えた世界だったら、そもそもこんな理不尽な出来事が起 きる事もなかったんだよな。 ――静かに終わりを迎えようとしていた部室の中で、まだ諦めていない人が居た事を 俺はこの後知る事になる。 「……ま」 ――まるで囁くような小さな声。 それは古泉でもなければ長門でもない。朝倉でもなく鶴屋さんでも……眠ったままの ハルヒでもなかったんだ。 「待ってください……」 ――その声はとても小さかったけれど、とても強い決意の先にあった言葉。 いったい誰だって? みんながよーく知ってる人、いや――本物の天使様だよ。 「待ってください!」 そう叫んで朝比奈さんは鶴屋さんの腕から飛び出し、震えながら森さんの前へと詰め 寄った。 「みくる? あ、危ないっさ!」 引きとめようとする鶴屋さんを、朝比奈さんはそっと手で押し留める。 か弱い朝比奈さんの力で鶴屋さんが止められるはずは無いんだが、涙目だけど必死な 朝比奈さんの顔を見て、 「みくる……」 鶴屋さんは引きとめようと伸ばしていた手を戻した。 「……鶴屋さん、今まで本当にありがとうございました。私、鶴屋さんに会えて本当に よかったです」 「ちょちょっと! ……みくる、何を言ってるのさ……ねえ」 朝比奈さん、なんでそんなに悲しそうな顔で笑うんですか。 「みんなも本当にありがとう。……そして、涼宮さんも」 机の上で動かないハルヒに向かって、朝比奈さんはそのまま話し続ける。 「……恥ずかしい思いもいっぱいしたけど、私は涼宮さんの事が大好きです。遠くから 見てた時よりもずっと。だから……もしもまた会えたなら……遊んでくださいね?」 言葉の最後は涙で掠れてしまって俺には聞き取れなかったんだが、きっとハルヒには 聞こえていたはずだ。 理由なんて無いが、俺にはそう思えたんだ。 服の袖で涙を拭いて、朝比奈さんは森さんの顔をじっと見つめる。 そして……何かを決心した様に口を開いた。 「キョン君、時間の流れには色んな考え方があって……ごめんなさい、私の知識じゃ上 手く伝えられないんですけど……。未来は選択によって絶えず分岐を繰り返していて、 選ばなかった未来は無くなるんじゃないんです。ただ、別れてしまった世界には二度と 行けなくなるだけなんです。それは終わりと同じかもしれないけど、終わってはいない んです」 静かに語る朝比奈さんを、森さんは反論もせずじっと見つめている。 「ごめんなさい、こんな説明じゃわからないですよね。……もっといっぱい、お話しし たかったなぁ」 俺は朝比奈さんのその言葉は、もうすぐ世界が終わってしまう事を言っているんだっ て思ったんだ。 「キョン君、今から私はTPDDを強制解除して禁則事項に該当する言葉を言います」 え? じっと森さんを見つめて、俺には背を向けた状態で朝比奈さんは話し続ける。 「そうすれば……きっと、私も森さんもこの世界から居なくなると思います」 な、何を言ってるんですか。 「森さんが居なくなれば、きっと涼宮さんを起こす事ができると思うから……後の事は お願いしますね?」 朝比奈さん! いったい何をするつもりなんですか? 俺の言葉に振り向いた朝比奈さんは、口の動きだけで俺に何かを伝えていた。 朝比奈さんが伝えたかった言葉がなんだったのかわからないまま……朝比奈さんは森 さんへと向き直る。 そして―― 「森園生さん。貴女は……貴女は!「降参します」 ………………へ? その場に居た全員が――叫ぼうとして口を開けたままの朝比奈さんも含めて――が固 まっていた。 …………今、何て言いました。 聞きなおした俺に、 「降参します。涼宮ハルヒの身柄をお返しし、再構築を停止させます」 森さんは両手を挙げて……やはり無表情でそう言ったのだった。 突然の展開に誰も動けない中で、 「……朝比奈みくるを止められなかった時点でこうなる可能性がある事はわかっていま したが……まさか、本当にパラドクスを恐れないとは驚きましたよ」 溜息と共に、森さんの周囲に金色に光り輝く玉が数え切れないほどに現れ部室を照ら したかと思うと、 「わわわっ!」 「おっと!」 「きゃあ!」 光はまるで意思を持った様に一斉に飛び去っていった。 ある玉は部室の壁を貫き、またある玉は窓から空へと飛んでいき――部室の中は一瞬 金色に包まれ、その光はあっという間に消えていった。 な、何をしたんだ? 再び光を失った部室の中、誰一人状況が掴めない中で――数秒後、それまで大きくな っていっていた振動は、どんどん静かになっていった。 やがて――灰色だった空に亀裂が走り出す。 お、おい古泉! これはもしかして。 「ええ間違いありません。信じられませんが……神人が全滅し、閉鎖空間が崩壊しよう としています。余波が来ます! みなさん伏せてください!」 空に走った亀裂から光が差し込み、世界が再び大きく揺れ始める。 古泉の言葉に従ってみんながその場に伏せる中、俺は古泉がハルヒの上に覆いかぶさ る姿を見た気がした。 ……ここは……。 急に辺りが静かになって、恐る恐る顔を上げた俺の視界に入ったのは夕方、いや朝方 らしい薄暗い部室と――ようやくお目覚めか。 「……おはよう」 何故か照れ笑いを浮かべたハルヒだった。 ここは……部室か。 壁に古泉がぶつかった跡はない、机や椅子も元のまま。窓にはちゃんと古ぼけたガラ スが入っているし、そしてみんなの姿もそこにあ……あれ? 長門……朝倉はどうしたんだ? 何故か部室の中に、朝倉の姿は見つからなかった。 思わず小声で聞いた俺に、長門は寂しそうに首を横に振る。 それっきり何も言おうとしない所を見ると……まあ、何かあるんだろうな。 そして居なくなっていたのは朝倉だけでなくもう1人、ハルヒの隣には…… 「何よ」 いや、何でもない。 ハルヒの隣にずっと立っていた森さんの姿も、どこかに消えてしまっていた。 いったいこれは何だったのか……正直、色々あり過ぎてもう訳が分からないぜ。 それでも、世界は無事でこうしてみんなとまた会えたんだ。それだけで十分「ねえ、 キョン。ちょっと聞きたい事があるの」 って訳にはいかないよな。やっぱり。 いったいなんだ? 悪いが、聞かれても答えられない事だらけだぞ。 「何で部屋で寝てたあたしがここに居るの?」 知らん。 「それに、何でここにみんなが揃ってるのよ」 さあな。 ずんずん迫ってきたハルヒは、俺の前に立ち……なんだよ、その顔は。 怒っているのでも笑っているのでもない、何とも言えない顔で…… 「まあ、その辺は……知ってるからいいんだけどね」 だったら聞くなよ。 ……っておい、何で寝てたはずのお前が知ってるんだ? まさかお前、さっきまでの事を―― 「いいじゃない。そんな事」 人を混乱させるだけさせておいて、ハルヒは――ああ、お前はそんな顔で笑う奴だっ たよな――久しぶりに向日葵の様な笑顔を浮かべていた。 「そうね……せっかくみんながここに集まってるんだから大事な事を確認しておくわ」 ハルヒはそう言いながら、まずは窓際に立っていた長門の元へと歩いていった。 「最初は有希ね。1つ教えて」 「何」 「貴女にとって、あたしって何なの? 団長?」 意味不明な質問をするハルヒに長門は、 「大切な人」 観察対象とか言い出さなくて良かったが……それにしても、聞いているこっちが恥ず かしく……ってまあ、女同士だよな。 しかし、同姓だから問題無いなんて常識的な発想をハルヒに当てはめる事には無理が あったらしい。 「……そっか。じゃあキョンは?」 ハルヒの言葉で、部室の中に緊張が走ったのがわかる。 なあハルヒ、お前が何を勘違いしてるのか知らな……聞いてねぇな、これは。 真剣な顔で見つめるハルヒを前に、長門は 「大切な人」 俺に視線を向けながら、そう答えた。 「……そっか。うん、あたしもそうよ」 接近するハルヒから逃げようとしない長門の顔にハルヒの影が落ちて、 「……」 そのまま接近を続けた2人の唇は重なるのだった。 ……頼む、誰か俺に現状を説明してくれ。さっきまでの展開と落差がありすぎてつい ていけない。 「……これはびっくりだねぇ」 「す、涼宮さん」 女性陣2人が興味津々な目で見守る中、2人はようやく離れた。というかハルヒだけ が離れた。 「うん。前々からおかしいと思ってたのよね」 何かを納得するように頷きながら、ハルヒは朝比奈さんの方へと近づいていく。 ……嫌な予感がする。 ある意味、世界崩壊の危機なんかよりも、もっととんでもない事が起きてしまうよう な……そんな予感が。 「日本は一夫一婦制で重婚は犯罪って言うけど、それって所詮小さな島国の小さな考え 方だわ」 日本に居るなら日本の法律に従え。 文句があるのなら、政治家になって法律を変えるか違う国へ行けばいい。 「SOS団は、世界を大いに盛り上げるこのあたし涼宮ハルヒの団なのよ? だったら 守るべき法律はもっと世界的じゃないといけないのよ! ……つまり、同性愛は禁止な んて偏見も、当然守らなくてもいいのよね」 ここに来て自分が標的に選ばれている事に気づいたらしく、朝比奈さんが逃げ場を探 し始めた。 朝比奈さん! 早く逃げてください! 「え、あ、あ、あの。えっと?」 朝比奈さんの元へ行こうとするハルヒの前に立ちふさがったのは、 「ちょーっとまったー! ハルにゃんのその意見には賛成だけど、みくるはあたしのだ からねっ! これだけは何があっても譲れないっさ!」 森さんを相手に戦っていた時よりも遥かにテンションが高い鶴屋さんだった――それ と鶴屋さん、意見に関しては賛成なんですか。 ハルヒと言えど、上級生である鶴屋さんを相手にそこまで無茶を押し通しはしないだ ろうと思っていた俺は、 「そうね。じゃあ、半分ずつって事にしましょう」 ハルヒという存在を甘く見すぎていた。 おい半分ってなんだ? 朝比奈さんは物じゃないんだぞ? 「みくるを……ハルにゃんと半分ずつ?」 「そう。半分ずつ。あたしは鶴屋さんの事大好きだし、一緒の方が楽しそうじゃない?」 見上げる様な視線で何かを考えていた鶴屋さんは……やがて、 「そっれいいねぇ!」 もう駄目だ。 味方だったはずの鶴屋さんはあっさりと寝返り、逃げられないように朝比奈さんの体 を押さえるのだった。 「え、あの鶴屋さんどうして? あの、あ涼宮さんまで?」 「大丈夫大丈夫、怖くないから」 「さ~みくるちゃん。……あ、その前に個人の意見もちゃんと聞かないとね」 順番が逆じゃないのか? 「ねえみくるちゃん」 「はは、はい」 駄目だ、俺には朝日奈さんが肉食獣を前に脅える小動物にしか見えない。 「そんなに怖がらなくてもいいでしょ? また会えたら遊んで欲しいってさっき言って たじゃない。嬉しかったな~あれ」 「えええ?! す、涼宮さん何でそ――」 朝比奈さんの台詞が何故途中で途切れたのか? ……まあ、多分想像してる通りだろうから省略させてもらおう。 じたじたともがいていた朝比奈さんの手足が、やがて静かになった頃。 「――っぷはぁ…………ふぅふぅ……うぅ……」 ようやく開放された朝比奈さんは涙目になっていた。 「みくる~。キスする時は鼻で息をしなきゃ」 鶴屋さん、多分泣いてる理由は呼吸困難だけじゃないと思いますよ? 「さて……次は古泉君ね」 「ええ?!」 それまでいつもの様に営業スマイルで傍観していた超能力者は、その一言で面白いよ うに動揺していた。 古泉は照れ笑いと共に近寄ってくるハルヒと、何故か俺を見比べている。 ……なんだその目は。言いたい事があるのならはっきり言え。 「言えるわけないでしょう」 小声で反論する古泉だったが……そうだ、そういえば。 「ど、どうしたんですか?」 そういえばお前には貸しがあったんだよな、2つ程。 俺の言葉に、古泉は口を閉ざす。 「何よ……何男同士でひそひそ話してるわけ? ……まさかあんた達、そーゆー関係だ ったの?」 何だその詮索するような目は。ついさっき同性愛を否定しないって言ってた奴の行動 とは思えんぞ。 生憎だがそんな趣味はない。それよりハルヒ、古泉に何か話があるんじゃないのか? 「あ、そうね」 俺がその場を離れるのを見て、ハルヒは自分の携帯電話を取り出し――バキッ ……って何してやがる?! ハルヒの手の中で、携帯電話はあっさりと二つに折れ曲がっていた。 「ねえ古泉君」 壊れた携帯電話をゴミ箱に投げ入れてから、 「携帯電話が壊れちゃったわ」 ハルヒはそんな事を言い出した。 「これで……あの時の返事は、直接貴方に言うしかなくなったのよね」 何の事か知らないがそれだけの為に壊したのかよ? 「涼宮さん」 ハルヒはしばらく古泉の足元の辺りを見ていたんだが、やがて気合を入れるように顔 をあげ、古泉の顔を見つめた。 傍目にも緊張しているのがわかるハルヒよりも、その前に居る古泉の方がよっぽど緊 張している様だ。 朝比奈さんや鶴屋さん、長門までもが注目して見守る中。 「あたしね……古泉君の事、好きよ」 最後まで目を見て言い切ったハルヒの言葉に、古泉は口を開いたままで何も言えずに いた。 時折、助けを求めるように俺の顔を見る古泉に俺は――やれやれ。 俺は古泉に見えるように指を二本立てて、その内一本を曲げてから口だけで「いえ」 と言ってやった。 古泉はそれを見て苦笑いを浮かべた後…… 「僕も、涼宮さんの事が好きです」 はっきりと、そう答えたのだった。 鶴屋さんと朝比奈さんが声を出さずに歓声を上げる中 「……ありがとう」 そう言って抱きついてきたハルヒに、古泉は一方的に抱きつかれたまま両手を挙げて いた――意外に手のかかる奴だな。 俺が残ったもう一本の指を折り曲げて見せてやると、古泉は諦めたような……それで いて、至福の様な笑顔を浮かべて、ハルヒの体を抱きしめるのだった。 かくして、世界に平和が訪れたらしい。 いや~色々あったが「あんた、何勝手にまとめようとしてるのよ」 ……駄目か。 古泉から離れたハルヒは、今度は俺の前にやってきていた。 そして問答無用で俺の服を掴みっておいまて! 俺には何も聞かないのかよ? 「あたりまえでしょ? あんたの気持ちなんて知った事じゃないわ。……でも言いたい のなら言わせてあげるけど」 ……迂闊な事を言ってしまった。 「ほらほら、さっさと言いなさい。それとも何、またこうすればいいの?」 そう言いながらハルヒは髪留めゴムを取り出し、伸び始めていた髪を後頭部でまとめ あげるのだった。 ……ってまてよおい? またこうすればいいって、まさかあの時の事まで覚えているってのか? 動揺する俺の質問は完全無視。ハルヒは問い詰めるような顔で 「感想は」 ……そんなもん聞くまでもないだろ? しかしここは言ってやるべきなんだろうな。 そもそもだ。 俺は自分がポニーテールが好きなんだとずっと思っていたんだが、ハルヒに巻き込ま れてからというもの、街でポニーテールを見かけてもそれ程興味を持たなくなったんだ。 それは俺の好きな髪形ってのはポニーテールじゃなくて、お前のポ……まあいい。 やっぱり似合ってるぜ、ハルヒ。 問答無用、強引にキスしてくるハルヒの体を受け止めながら……そうだな、そろそろ 年貢の納め時かもしれん。 認めるよ。ハルヒ、俺はお前の事が―― それぞれのエピローグ その日を境に、再びハルヒは俺達と一緒に行動するようになっていた。 以前の様にハルヒは無茶をやるようになり、主に朝比奈さんと俺はそれに振り回され っぱなしの毎日だ。 「さ~みくるちゃん! 今日は巫女服に着替えましょう~」 どこからともなく仕入れてきやがった和風の衣装を手に、ハルヒは朝比奈さんを追い 掛け回している。 「す、涼宮さん……最近どんどん衣装が増えてる気がするんですけど……」 朝比奈さんの不安そうな視線の先には、すでに溢れかえりそうになっている衣装掛け がある。 ちなみに、衣装は朝比奈さんだけでなく、長門のも分も追加されていたりするぞ。 「だってスポンサーがついたんだもの。ね、鶴屋さん」 「その通りさ! みくるの巫女さん姿なんてめがっさ楽しみだねぇ~。ほらほら、巫女 服を着る時は下着も脱がないと駄目なんだよ?」 脅威が二つに増えて、朝比奈さんの苦難はより厳しいものとなっていた。 「や! 駄目! それだけは駄目! 駄目です~!」 古泉、廊下に出るぞ。 これ以上ここに居たら間違いなく逮捕されるだけでなく、それ以上の罪を犯してしま う危険すら感じる。 「了解しました」 俺は長門に終わったら呼んでくれと伝えて、廊下へと避難した。 扉を閉め、朝比奈さんの悲鳴が小さくなった所で 「1つ、聞いてもいいですか?」 遠慮がちに古泉は聞いてきた。 ああいいぞ。ちょうど俺も聞きたいことがあったしな。 前に一度、扉にもたれていたせいで朝比奈さんのあられもないお姿を偶然にも見てし まった経験がある俺は、廊下の窓側の壁にしゃがんでから古泉に喋るように促した。 「では僕から。何故……涼宮さんが僕の気持ちを確認しようとしたあの時、貴方は僕に 言えと仰ったのですか?」 そんな事言ったか? 悪いがまったく記憶にないな。 「僕は……貴方は長門さんの事を好きなのだと思っていました。ですが、涼宮さんを助 けようと必死になっている貴方を見ている内に、それは間違いだとわかったんです」 そんな簡単にわかった気になられてもな……。 まあいい。俺がお前に言えって言った理由だったな? 「ええ。恋敵にあえて塩を送るような事をした、その理由が知りたいんです」 ……お前、意外に鈍い奴だな。正直驚いてるぞ。 古泉、お前だって自分がハルヒの事を好きなのに、俺とあいつをくっつけようとして ただろうが。 自分の事を棚に上げてよく言うぜ。 「それは……ですがそれは」 機関の方針って奴か? ……ったく、そんな無駄な気を回した所で無意味だって言っ てやれ。 そう言い切る俺に、古泉は溜息で答えて……何笑ってるんだよ。 「いえ、何でもありません。それで、貴方の質問とは」 俺か? 俺が聞きたいのは、 「いいわよー!」 部室の中から聞こえたハルヒの声で、続けようとした俺の言葉は掻き消された。 俺がお前に聞きたかったのは結局、機関ってのはハルヒをどうするつもりなのかって 事だったんだが……まあいいよな。俺が詮索する事じゃない。 例え機関が敵に回ろうが何も心配する事は無い。 なんせ、俺達にはあの森さん相手に怯まなかった超能力者が居るんだからな。 話の続きを待っている古泉に、俺は部室の中へ戻ろうと首を振った。 さて、巫女姿の朝比奈さんか……いったいどんな神々しさなんだろうね? 背中についた埃を払いながら、いつもの非日常が待つ部室の扉を、俺は自分の手で開 いた。 長門に自分が宇宙人であると打ち明けられて以来、俺は様々な話をこいつから聞いて きた。 そのどれもが容易には信じられない内容で……でもまあ、結局信じる事になるのはわ かってはいたんだが……。 それでも、やはり俺の口から最初に出る言葉はこれからも同じなのだろう。 ……マジか? 「本当」 昼休みの部室、俺の目をじっと見返す長門が言うには……だ。 今、この部屋に居るのは俺と長門だけなのだが、俺を見ているのは長門だけではない んだとよ。 氷が張った湖の様に、奥底で緩やかに流れている様な長門の目。その目を通して俺を 見ているのは長門自身と――朝倉なんだと長門は言う。 「喜緑江美里は私とは違う派閥から派遣されているインターフェース。今回の様に、彼 女が敵対行動を可能性は想定されていた。人間になった私にはそれに対抗する力は無い。 その為に、私には護衛がつけられた」 それは以前、朝倉の一件があったからこその事なのかもしれんが――問題はその護衛 をしてくれる奴の人選だ。 統合思念体の考え方なんて物はわからんし、そもそもわかりたくもないんだが……よ りによってあいつを選ぶとはな。 ……つまり、その護衛ってのが朝倉なのか。 「そう。彼女は今、私の中で待機モードで存在している。彼女の情報連結は解除されて しまっている為、この世界で行動できる時間はとても短い。普段は私と五感を共有し、 私の身に危険が迫った場合に限り、彼女は私を助けてくれる」 なるほどね。 長門の説明で思い浮かんだのは、光の翼をまとって笑う懐かしい笑顔だった。 ん……って事は、今俺が喋ってる事も聞こえてるのか? 「聞こえている」 そうか。 なんとなくそう聞いただけだったんだが、長門はまるでビデオカメラでも構えている みたいに、俺の言葉を待っている。 ……といっても、別に俺はあいつに何か伝えたい事があるわけじゃないんだが……ま あいいか。 えっと、朝倉。この間は助かったよ、ありがとう。 ……まだ何か言わないといけないのか? えっと……あ、そうだ。 朝倉、多分これは俺の勘違いか何かだとは思うんだが……。お前、俺と2人でどこか に出かけた事が……あるわけないよな。すまん、忘れてくれ。 森さんの前に突然現れたお前を見た時、俺は湯煙の中で幸せそうに笑ってる朝倉の顔 を思い出した様な気がしたんだが……気のせいだな。 部室の中に予鈴が響くのを聞いて、俺はなんとなく名残惜しい気持ちに引かれながら も席を立った。 そろそろ教室に戻らないとな。 予鈴が終わりそうになっても窓際の椅子から立ち上がろうとしない長門に、俺はそう 呼びかけてみたんだが何も反応は無い。 長門、遅れるぞ? 「いい」 いいって……ああ、次の授業は教室じゃないのか。 じゃあ、また放課後な。 ゆっくりと頷く長門の視線に見送られながら、俺は部室を後にした。 ――扉が閉まって静寂を取り戻した部室の中で 『ありがとう、お話させてくれて』 私にしか聞こえない彼女の声が音も無く響いている。 いい。感謝しているのは私。貴女のおかげで彼を守れた。 『ん~……かっこよく登場したのに、あっさり森さんに負けちゃったから素直に喜べな いけどね』 それは仕方ない。 『ねえ、あの人ってただの人間なの?』 そう。 それは間違いない。 『それって本当? 情報操作に抵抗したり、神人を瞬時に消し去ったり……。あの未来 人の女の子が言おうとしてた事と関係があるの?』 ある。でも言えない。 『え~? 気になるなぁ』 私にも疑問がある。 『え?』 貴女の事を、彼に説明させないのは何故。 『何故って……。だって、キョン君はあの時の事はもう覚えていないもの』 貴女にはある。 『……そんな事を言って困らせないで、やっと気持ちの整理ができたんだから……。そ れより貴女こそいいの? せっかくキョン君を独占するチャンスだったのに』 いい。 『無理してない?』 していない。 『……それならいいんだけど。私は、キョン君は涼宮さんよりも貴女が好きなんだって 思うんだけどなぁ……いつも面倒みてくれてるし』 彼が私の事を大切にしてくれているのは、私が人間の生活に慣れていないから。 『え?』 彼は優しい。とても。だから私の事を放っておけない。 『それだけかな』 彼が私に抱いている感情は、私が彼を思う感情とは違っていた。 『……』 彼が私と同じ目で見ている相手は、他に居た。 ――そう、私ではなかった。 『そっか……』 それに、私には貴女が居る。 『うん。……そうよね』 この部屋には私しか居ない。 でも、少しも寂しくはない。 私は1人ではないのだから。 『……ねえ、ところで授業には行かなくていいの?』 大丈夫、情報操作は得意。 『ちょっとまって! 今の貴女にはそんな事できないでしょ?」 ……そうだった。 『ほらほら急いで! あ~もう! お弁当は後で持ちに来ればいいからしまわなくてい いの。とにかく教室に向かって?』 了解した。 まるで自分の事の様に彼女は指示をしてくれて、そんな彼女に従う事に私は喜びを感 じていた。 ――数ヶ月前、私は生まれてはじめて神に祈った。 大切な人にまた会えますように――と。 その願いは本当に叶った。 この星の神様は働き者。 来年は何を願おう? ――とても楽しみ。 長い様に思えて、過ぎ去ってしまえばあっという間でしかない冬が過ぎ――今は春。 満開を迎えた木々を撫でるように風が舞い込み、薄く色付いた桜の花びらが緩やかに 散っていく。 風情なんて概念とは縁遠い俺ですら、思わず感傷に浸ってしまうのも無理もないだろ。 ハルヒと出会って……もうすぐ一年になるのか。 最初に思い出すのはいつも同じ。高校初日、一生忘れられないであろう自己紹介と共 に俺とハルヒは出会った。 それは本当に偶然だったのか……今となっては何とも言えないな。 ……おや。 ふと気がつくと、物思いに耽っていた俺の顔を遠慮がちに見上げている視線がそこに あった。 俺と視線があうと、彼女は表情を綻ばせ 「……この公園を一緒に歩くのって久しぶりですね」 そう言って微笑む朝比奈さんの顔は、いつになく穏やかで言うまでも無く可愛らしく、 思わず息を飲んで 「おやおや……どきどきな雰囲気だねぇ。お姉さんお邪魔じゃないかな?」 ……息を飲んでしまった俺の顔を、意味ありげで楽しそうに覗き込んでいるのは、言 うまでも無くいつも楽しそうな鶴屋さんだった。 そんなわけないじゃないですか。 「本当? 馬に蹴られちゃったりしない?」 しません。 残念ながらね。 両手に花という言葉を、そのまま具現化した様なこの状況に不満を持つ男がこの世に 居るのだろうか? いや、居ない。 桜並木というオプションがある事を考慮してもそう言い切ってしまえる程に、華やか な振袖――鶴屋さんが着付けしたらしい――に身を包んだ今日の2人はいつにも増して 綺麗だったわけさ。 さて、今日はハルヒ考案による花見なんだそうだ。 進級を控えて、SOS団の更なる結束が~とか何とか言っていたハルヒはいつになく ハイテンションで、その勢いのままに俺は早朝からの場所取りを命じられた訳だ。 当初、何が悲しくて1人寂しく早朝から公園で座っていなければならんのだ? とも 思ったんだが、意外や意外。ようやく日が昇ってきた頃、眠たい目で公園にやってきた 俺が見たのは入口で待っていた二人のお姫様だった。 なるほど、これが早起きはプライスレスって奴か。 「いや~絶好のお花見日和だねぇ~」 そう言って鶴屋さんが見上げた空には雲ひとつ無く、雲ひとつ無いとってつけた様な 晴天が好き放題に広がっていた。 季節外れの台風のせいでここ数日天候は悪かったと思うんだが……まあいいさ、それ が誰のせいかなんて無粋な事は考えない様にしよう。 普段から面倒に巻き込まれてる俺への、神様なりの配慮かもしれないしな。喜ぶべき 事には、素直に喜んでおくのが正しい生き方だ。 謎は謎のまま、あるべき物はあるべきばしょにってな。 ――しかし、彼女はそうは考えなかったらしい。 「ね~キョン君」 はい。 「そろそろ、全部教えてくれてもいいんじゃないかなぁ」 全部……ですか? 「そう! ハルにゃんと長門っちとみくると古泉君と……あの森さんの事、とか。ね」 笑顔の中に「教えてくれるまで諦めないっさ!」とでも言いたげな雰囲気を含ませ、 鶴屋さんは俺を見つめるのだった。 「あ、あの」 慌てる朝比奈さんは俺と鶴屋さんの顔を交互に見るだけで、残念ながら助け舟は来そ うに無い。というかむしろ助けを求めている気配すらある。 ……正直、ここまで助けてもらっておいて何も言わない事に罪悪感を感じない訳じゃ ないさ。鶴屋さんの助けがなければ、ハルヒだって助けられなかっただろうしな。 しかし、だ。 みんなの背景を教えるって事は、そのまま危険な事に巻き込んでしまう事にもなりか ねないんだよなぁ……。 「ね~ね~。後で教えてくれるって言ってたじゃないか~」 それは……はい。 つまらなそうにふくれる鶴屋さんを申し訳無く思って見ていると、 「……そっか、うん。ごめん、もう聞かないよっ」 気のいい先輩の顔に戻った鶴屋さんは寂しそうに笑うのだった。 本当にすみません。 「じゃ~代わりに1個だけ教えて! みくるがあの時言った言葉だけでいいからさ!」 「えええ! あ、あれは駄目です、本当に駄目なんです!」 本気で慌てている朝比奈さん。 「あたしにも秘密なの? 寂しいなぁ~……」 「ごめんなさい。あれだけはどうしても言えないんです」 俺もあれは気になってはいたんだが、朝比奈さん曰く「自分が世界から居なくなって しまう」言葉である以上、一生答えを知りたくない質問でもある。 「おや、二人とも勘違いしてるねぇ」 「え?」 あれ? 違うんですか? 「あたしが聞きたいのはみくるが言わなかった言葉じゃなくて、あの時キョン君に向か って口パクで言った言葉の方なのさ」 ってそっちですか。 「あれって何て言ってたの? あたしからはよく見えなくてさ、キョン君からは見えて たでしょ」 すみません、俺にもよくわかりませんでした。 「そそそそうですよね」 何故かわからないが、俺の返答に朝比奈さんはやけに動揺していた。 本当に何て言ってたんだろう? 「あらら、そうなんだ。ねぇみくる~。あれってキョン君に言ったんだよね?」 「あの……はい、そうです」 素直に頷く朝比奈さんを確認してから、鶴屋さんは笑顔で 「あのさ。「貴方の事がずっと前からす」の後に、みくるは何て言ってたのかな?」 絶対に確信犯だ、この人。 ……でもまあ、これは流石に鶴屋さんの見間違いだよな。朝比奈さんが俺にそんな事 を言うはずがな……あ、あれ? 朝比奈さんの顔色は、桜の花びらの様から一気に赤へと色付き「……ふ~ん。キョン、 あんたずいぶんモテてるみたいね」 確信犯は2人居た。 背後から聞こえてきたその何かを企むような声は、本来この場に居るはずがない…… まあ、こいつがいつどこに居ようが今更驚かねぇけどな。 振り向いた先に居た華やかな髪飾りと振袖に身を包んだハルヒの姿を見て、俺は驚く 前に溜息をついていた。 「すすすす涼宮さん」 デジャブって奴か? 胸元に腕を寄せて震える朝比奈さんを見るのはこれで二度目……いや、結構頻繁に見 てるか。 「あのね、みくるちゃんが誰を好きになってもそれはいいのよ。ま、普通に考えてあり えない事だけど、その相手が奇跡的にそこのバカだとしてもね」 好き放題言ってくれるな。 まあ、俺だって朝比奈さんが俺に密かな恋心を……なんてのはありえないって事くら いわかってるよ。 「でもね、みくるちゃんの事が一番好きなのは間違いなくこのあたしなのよ! さあ、 今からあたしの愛を再確認させてあげるわ!」 おいまてハルヒ、何を馬鹿な事を 「あたしも負けないっさー!」 鶴屋さんまで何を言ってるんですか?! 「えええええ!?」 本気で脅える朝比奈さんに、2人の手が伸びていく。 「あああの! えっとその、涼宮さんはキョン君と古泉君の事が好きなんじゃ……」 俺を気にするようにして朝比奈さんは意見してみたが、 「え? 違うわよ。あたしはみんなの事が好きなの。愛は世界を救うって言うし、好き なのは1人だけとかそんな出し惜しみしちゃいけない物なのよ! だーかーら、みくる ちゃんは何も心配せず、安心してあたしの愛を受け入れてね!」 俺はお前の頭が心配だ。 「そうそう。いや~ハルにゃん良い事言うな~」 駄目だこの2人。 「そ、そんな~!」 相手がハルヒ1人の時ですら一度も逃げ切れた事が無かった以上、鶴屋さんが加わっ た今となっては、朝比奈さんが無事に逃げきれる可能性は、古泉が俺にボードゲームで 勝利するくらいにないだろう。 これは早めに止めた方がよさそうだ。 鶴屋さん、ここは公園で人の目もありますから。 「そっか、キョン君も一緒にいたずらしたいのかい?」 人の話を聞いてください。 「あ、みくるちゃんの振袖胸元が苦しそうね。ちょっと緩めてあげましょう~」 「な、何で腰帯に手をかけるんですか?」 「ほら、花見には付き物でしょ? あ~れ~って回る奴」 どこの世界の花見だ、それは。 っていうかそれは胸元と関係ないだろ。 「日本古来の伝統文化に決まってるじゃない。ねー鶴屋さん」 「そうそう。女の子の夢だよね~」 どんな夢ですか、それ。 「おや、皆さんもうおそろいですね」 未来人の窮地に登場したのは、いつもの笑顔を取り戻した超能力者と、以前より口数 が増えてきた元宇宙人(振袖バージョン)だった。 古泉、いい所に来た。朝比奈さんを助けるのを手伝え。 「了解です」 「あ、古泉君。ちょちょっとこら! 人の楽しみを邪魔しないの!」 「申し訳ありません。僕は彼の命令に逆らえないんですよ。ね?」 同意を求めるな。意味不明な事を口走るな。気色の悪い視線を投げるな。 「わわっ! キョン君そこは駄目さ! あ~んハルにゃんが見てる~!」 鶴屋さん。俺が掴んでるのはどう見ても肘です、変な声を出さないでください。 朝比奈さんに群がる二人を取り押さえようと俺と古泉が取り組む中、何故か長門も手 伝いに来てくれた。 「ふぇ……な、長門さ~ん」 着崩れてしまった振袖姿で妖艶な色気を放つ朝比奈さんは、長門に助けを求めて手を 差し伸ばした――のだが 「以前から、一度やってみたいと思っていた」 長門の手は朝比奈さんの手ではなく、彼女が死守していた腰帯に伸びて――直後 「や、駄目~!」 回転しながら薄着になっていく朝比奈さんの姿を、俺は溜息と共に見守るしかなかっ た訳だ。 「ナイス長門っち!」 一仕事終えた顔の長門と、そんな長門とハイタッチを交わしている鶴屋さんに突っ込 むだけの気力もありゃしない。 「うう……も、もうお嫁に行けません……」 朝比奈さんはうずくまり大粒の涙を流していた。 ……その、なんていうか来て早々災難でしたね。でも最初が悪ければ後はどんどん良 くなるって神社の人が前に言ってましたから、きっと良い事が 「こらみくるちゃん! そこは「あ~れ~」でしょ? はい、もう一回やるわよ!」 追い討ちをかけるなこの馬鹿! 「や、駄目! これ以上は駄目です! お願いです、駄目~!」 おいハルヒよせ! いくらなんでも内掛けはまずい! 「いいところなんだから邪魔しないで!」 邪魔するに決まってるだろうが! 「ちょっと離しなさい! ああもう、いいかげんにしないと本気で怒るわよ?!」 こっちの台詞だ! 「なによ! あんたそんなにみくるちゃんが好きなわけ?」 いきなり何だそれは。 「ああもう! ……キョン、あんたは誰が……その。あれよ! あんたの気持ちを教え なさい!」 俺の気持ちだと? そんなもん……その、あれだ。 「部室でも、結局あんただけは何も言わなかったじゃない」 えっと……ああそう! あれだ! ハルヒ、お前と一緒だよ。 ついさっき聞いたハルヒの言葉を思い出した俺は、誤魔化すつもりでそう言ってしま った。 「え?」 だから、俺の気持ちはお前と一緒だよ。 ほら、さっきお前が言ってただろ? 古泉や俺とかそんなんじゃなく、みんなが好き だ~って……あ、あれ? 何でお前の顔が急に赤くなってるんだ? 「…………」 お、おいハルヒ? 急に顔を赤らめて俯いたハルヒは、そのまま沈黙してしまう。 直後、俺の肩に置かれる古泉の手。 「おやおや、これは御暑いですね」 古泉、お前何を言ってるんだ。 「地球温暖化がこんな所にまで」 『本当、こっちまで熱くなっちゃったわよ』 長門まで? しかも何か違う奴の声まで混じってなかったか? 「いいなぁハルにゃん。みくる~……あたしもみくるにあんな告白されてみたいよう」 「つ、鶴屋さん? ……あの、ここじゃちょっと」 「え! ここじゃなきゃいいの?」 ちょっと鶴屋さん? 告白っていったい何の話ですか! 「さ、僕達は邪魔にならない様にお花見の準備を進めておきましょう」 「賛成~恋する2人のお邪魔はできないってね」 「じゃあ、お料理並べますね」 「手伝う」 頼むから人の話を聞いてくれって! なあ! ――俺の叫びは桜の花びらに紛れ、その声に耳を貸す人は誰一人いなかったとさ。 涼宮ハルヒの愛惜 ~終わり~ 数百メートル先――桜並木の下で騒ぐ彼らの姿を、私は木陰に隠れて見つめていた。 数年もの間、ずっと観察を続けてきた彼等の顔を1人1人順番に眺めてからTPDD の回線を開く。 報告。コードネーム森園生。時空震の反応、閉鎖空間の発生。共に認められず。確認 願う。 ――了解。……規定事項「スペアキー」の完了を確認。これで、この時代における全 ての規定事項は無事、履行されました。森園生、貴女の帰還を承認します―― 了解。 最後の報告を終えてデバイスをオフにした私を、 「お疲れ様でした」 江美里さんの落ち着いた声と 「……」 新川の優しい視線が見つめている。 ありがとう。 この場に相応しいで言葉はわかっても、今は笑うべき所なのかそうでないのかは私に はわからなかった。 これでも少しは社交性を身につけたつもりだったんだが……駄目だ、任務だと思わな いとやはり体は動かない。任務であればできる事なのに、何故なのだろう? 戸惑う私に、 「園生さん。貴女はそのままでいいと思いますよ」 この場に相応しいのであろう笑顔を浮かべて、彼女はそう言ってくれた。 その言葉は私の中にあった硬い何かを優しく包んでくれて――なるほど。これが気遣 いという物なのか。 宇宙人のインターフェースから人との接し方を学んでいる自分に、園生は自然と微笑 んでいた。 江美里さん、貴女の助力には本当に感謝しています。 「いえ、私は園生さんのプランを穏健派に伝えただけ。後は穏健派の意向に従っていた だけですので、どうかお気になさらないでください」 優しい宇宙人はそう言って私の手を取った。 「……また、会う日を楽しみにしていますね」 ええ、私も。 柔らかなその手をそっと握り返し、私は彼女を真似て微笑んでみた――が、彼女は何 故か笑いを堪えている……どうやら及第点には程遠いらしい。 寝ごり惜しそうな彼女から視線を移し、私はもう1人の男へと向き直った。 ……新川。 「はい」 いつもの黒の執事服に身を包んだその男は、やはりいつもの様に私を見守ってくれる ような暖かい視線を向けている。 その視線は私が彼と初めて会った時からずっと続いているのだが、私はその理由を知 らない。 そして新川は、その理由を話そうとしない。 ――ならば、わからないままでいいのだろう。 ただ、私にはお前の視線がとても心地よかった。 だから伝えておかなくてはならない。 ……いままでありがとう。 そっと頭を下げる新川へ、私は学んだばかりの笑顔を贈った。 柔らかな風が通り抜けていき、その風を追うように桜の花びらが舞い降りてくる……。 頃合だな。 私は静かに目を閉じて――声をあげた。 古泉、腕を上げたな。 新川と江美里さんの顔に緊張が走り、同時に同じ方向に振り向く。 私の言葉が辺りに響いて消えた頃、古泉は2人が見ていた木の影から姿を現した。 この2人に気づかれない様にここまで接近できるとは……どうやら、私が教える事は もうない様だ。 ――幼く無知で、勢いだけの実力が伴わなかった少年は、もうここには居ないという 事か。 古泉、そんな顔をするな。 「……」 無言で立つ古泉は、非難するのでも怒っているのでもなく、ただ……悲しそうな顔を していた。 もう気づいているだろうが、私はお前を騙していた。その事について弁明する言葉は ない。殴りたいのであれば殴ってくれても構わない。 そう私が言っても、古泉はただ私を見ているだけ――これなら、殴られた方がまだ気 が楽かもしれないな。 沈黙が苦痛に変わってきた頃になって、ようやく古泉は口を開いた。 「森さん。僕には貴女がわかりません」 ……。 「機関の情報を調べました。涼宮さんを誘拐した事に関して、機関は何も知らされてい ませんでした。怪我をした同志も居ない、世界の再構築が機関の意向だという話も作り 話……貴女は、いったいどんな目的があってあんな事をしたんですか!」 ……。 「古泉さん違うんです、園生さんは貴方が思っている様な……」 無言でいる私に代わって話をしようとする江美里さんを、私は手で制した。 いいんです、伝えなくても。……古泉、私の予想では、お前はこの件に関して深入り しないと思っていた。 「僕もそのつもりでした。ですが、一つ気になった事があるんです」 気になる事? 「ええ、僕自身の事です」 そう言って古泉は自分の頭に手を当てる。 「僕の記憶の中では、貴女と僕は色んな場所へ出かけています。しかし、その記憶はど こかへ行ったという事実だけで、そこで何をしたのかは全く思い出せないんです。最初 は僕の思い違いなんだと思いました。ですが、それだけではどうしても納得出来ないん です。機関の意向であるという貴女の言葉を疑ったのは、それがきっかけでした」 ――まさか、2度も使う事になるとは……私は古泉に何も答えないまま、右手の掌に 小さな金属の塊を精製した。 それはイメージした形へと変化し、冷たく重い金属――小さな銃へと姿を変える。数 秒後、自分に向けられた私の手に銃が握られているのを見て、古泉は体を硬直させた。 銃口の先に古泉の額を定めて、そのまま口を開く。 古泉、いい男になったな。 「え?」 私が次にお前に会う時……その時は全てを話そう。約束する。 「森さん、貴女は――」 さよならだ、古泉。 ――これは私の規定事項。 私はトリガーを引き、掌に収まった小さな銃は弾倉に残っていた最後の弾を音もなく 吐き出す。 弾丸は光となって一瞬で目標を貫き――桜の花びらが舞う中、古泉は倒れた。 新川、すまないが。 「ご心配なく、うまく処理しておきます」 ……頼んだ。 「本当に良かったんですか? 何も伝えなくて」 新川に担がれて古泉もこの場を去り、私は江美里さんと2人っきりになっていた。 いったいどんな理由があるのかわからないが、この宇宙人は私と古泉の関係が気にな っているらしい。 まるで自分の事に様に彼女は辛そうな顔をしている。 伝える必要はありません。古泉とは、また会う事になりますから。 「……ですが、彼の記憶にあった貴女との思い出は消してしまったんでしょう?」 はい。今度は出会った時から全ての記憶を消しました。 「……それでは……それでは貴女の思いは……」 なるほど、彼女の杞憂の正体がやっとわかった。 江美里さん、あいつは違うんです。 「え?」 私が最初に恋した古泉は、あいつではありません。 「え? それっていったい」 続きは……そうですね、また――年後に会った時にお話ししましょう。どこかゆっく り出来る場所でお茶でも飲みながらね。父に美味しいお菓子を焼かせます。 「ま、待って!」 それでは、また。 はじめて見る彼女の戸惑った顔を目に焼け付けながら、私はこの時代に別れを告げた。 涼宮ハルヒの愛惜 ~終わり~ その他の作品
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文字サイズ小で上手く表示されると思います 「君達何? 面接? 悪いけど人事がみんな会議中だから、そこに座ってパンフでも見ててよ」 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない そして今、また一人… ……俺達は苦難を乗り越えついに秘密兵器を完成させ、最後の四天王「朱雀」を倒し、楽園を夢見て塔を登ってきた……はずだ。 だが、目の前に置かれているのは湯気を立てている人数分のコーヒー、それと茶菓子がにしか見えないし実際にそうなのだろう。 座って待つように案内されたのはどうみてもコの字型8人掛けの応接用ソファーだし、回りを忙しそうに歩いているのはスーツ姿の 男の人やOLだ。広いフロアーには整然とデスクが並び、引っ切り無しに電話が鳴り続けている。 「なんなのこれ?」 文句を言いながらも、自分のコーヒーにスティックシュガーを入れて混ぜるハルヒ。 「あはは……」 とりあえず愛想笑いの朝比奈さん。 黙々と茶菓子とコーヒーを交互に口に運ぶ長門。 「塔の中にこんな場所があるとは思いませんでしたね」 等と言いながらも、すでにこの状態に馴染んでいる古泉。 何故、俺達がこんな所にいるのかと言えば……だ。 ――ハルヒが塔の中で見つけた扉を開いたら、そこはオフィスだった。 以上、回想終わり。 唐突にも程がある……、扉の向こうは雲の上だとか南国だとか廃墟の街だとかの方がまだ納得できるさ。 一応、これは形としてはゲームなんだろうからな。 「いや~お待たせお待たせ……って何時の約束だったかな?予定が立て込んでて把握しきれなくてね」 人が良さそうなおじさんが額に汗をかきながらソファーに座った。 多分、この人が人事の人なんだろう。 あの、ここって何の仕事をしてるんですか? どうみてもただのオフィスにしか見えないんですが……。 「え? 派遣会社から何も聞いてないの?あそこはいつもこれだからな……まあいいや、簡単に説明するよ」 何か致命的な誤解があるような気がしてならないが、まあいい。 おじさんはテーブルの上にパンフレットを一つ、俺達に見えるように広げた。 そこには塔の概観図、そして俺達が旅してきた各世界の概略がこまごまと書かれている。 「我が社はここ、塔の18階ね。で、各世界で起きた災害復旧とか資材納入とかを請け負ってるんだよ。阿修羅があちこち破壊して くれてとにかく人手が足りないんだ。勤務の条件や内容とか詳しい事は資料で渡すからしっかり読んでね、返事は派遣会社にして おいてください……っと。おじさんからはこれだけ、質問があれば聞くよ?」 手早くそれだけ言って、おじさんは手帳を開いて次の予定を確認している。 質問っていうか……この会社はいったいなんなんですか? あの、阿修羅ってなんなんですか? 朝比奈さんの質問におじさんは困った顔をした。 「さぁ……それはさっぱりわからないんだ。阿修羅が神様を封じ込めてるとか言ってる人も居るけど、神様なんているのかねぇ」 俺達の居る応接コーナーに背広の集団が案内されてきた。 この人達はどこから来たんだ? まさかその格好で塔を上ってきたとか言うなよ? 「ああ! お待ちしていました、第2会議室開いてる? 今から2時間程使うからよろしく」 忙しい空気に口を挟む隙間すら見つからない。 俺達に「のんびりしていってくれ、いい返事を待ってるからね」とだけ言って、おじさんはそのまま会議室とやらに向かって歩いて 行ってしまった。 取り残された俺達の中で、長門の茶菓子を食べる音だけが続いている。 「なんだったんでしょうね……」 朝比奈さん。多分、その質問にはゲームの製作者にしか答えられませんよ。 塔に戻った俺達は、業務に追われるオフィスと石造りの塔のギャップに耐えて歩いていた。 廃墟と化した都市世界も、元はあんな感じのオフィスがいっぱいあったのかもしれないな。 塔の通路から19階への階段に差し掛かった時、 「待って」 長門が急に口を開いた。 「どうしたの?」 長門は驚くハルヒをよけて一人階段に進んで行き、じっと階段の上を見つめはじめた。 何を見ているのかわからない、まるで天井の一角を見つめる猫のようだ。 長門、何か見えるのか? 動こうとしない長門の隣に立って同じように階段を見上げてみるが、俺にはただの階段にしか見えない。 「ちょっとやめてよ……そ~ゆ~怖がらせる事言うの」 いや、そんな意味じゃなくてだな。 「次の階は危険。早く通り過ぎたほうがいい」 階段からハルヒに視線を戻し、長門はそう続けた。 感情の感じられない長門の声でそう言われると、心霊スポットを見つけた霊能力者みたいに見えるんだが。 「え、そうなの……?」 演出って訳じゃないんだろうが、長門は少し間を置いてうなずいた。 ハルヒは回りを気にしながら早足で階段へ向かって行く。 「ぼ、亡霊とかが出るんでしょうか?」 朝比奈さんも幽霊か何か出ると思ってしまったようだな。 大丈夫ですよ。幽霊なんて居るわけないでしょう? 仮にも未来人の貴女が霊に脅えるなんて、ナンセンスじゃないですか? 「ううう……」 ハルヒ以上に階段の影や手すりを気にしながら、朝比奈さんも上の階へ登っていく。 ……まさか、未来では霊の実在が確認されてるんですか? ハルヒが居るから今は聞けないが、後で聞いてみることにしよう。 階段を上り終えた俺達は、長門の指示通り19階を探索しないまま次の階段へと向かった。 ぱっと見は他の階と違うようには見えないのに、霊が居るかも? と考えただけで不気味に見えてくるから、人間の認識という ものは不確定な物だと再認識した。というこの認識もまた、どうでもいい出来事で認識を変えてしまう人間の…… そんな終わらない理論について考えていると、いつのまにか20階への階段を見つけていた。 最後には駆け足になりながら階段を上り終えると、 「待って」 また長門が口を開く。 「な、何? またここも怪しいの?」 ハルヒが羨ましい事に朝比奈さんを抱きつきながら長門を見つめている。 「この階は安全。でも、19階に何かの遺志が残っている」 静かに呟く長門の声に、朝比奈さんが早くも顔を青くしていた。 おいおい、あんまり驚かすなよ。 「有希。そ、それってどうすればいいの?」 ハルヒも幽霊は怖いのか声が震えている。 「処理してくる」 それだけ言って、長門は階段を戻って行ってしまった……。 「ちょ、ちょっと有希? 危ないわよ! 戻りなさい!」 追いかけようとしたハルヒだが、階段から下へはどうしても戻る気になれないようだ。 「僕が行きましょうか?」 この手の話題に耐性があるのか、古泉は平気そうだ。 ハルヒはしばらく考えていたが、 「ん~……キョン、あんた行ってきてよ。有希はキョンの言うことは聞くみたいだから」 皮肉ではなく、本当にそう思っているようだった。 まあ、そうかもしれないな。 わかった。長門はこの階は安全って言ってたから、待ってる間にみんなで探索しておいてくれ。 心配そうに朝比奈さんが俺の手を掴んでくる。 「気をつけてくださいね……? 霊に取り付かれたりしないでくださいね? ね?」 妙に深刻に朝比奈さんが俺の顔を見ている、貴女の住む未来の世界はそれが普通の事なんでしょうか……。 「さっさと有希を連れてきてね!」 少しでも早くこの場を離れたいのだろう、ハルヒは俺の手を掴んでいる朝比奈さんを強引に引きずって先へと進んでいった。 古泉もため息混じりに手をあげて、ハルヒの後を追いかけていく。 取り残された俺は、じっと19階への階段を凝視してみた。 ……幽霊……? まさかね……。 19階の階段を降りて長門の姿を探すと、長門は階段のすぐ近くに立っていた。 待っててくれたのか。 「そう」 長門は俺が近づくのを見てからゆっくりと歩きはじめる。 「離れないで」 歩く歩幅は男の俺のほうが広いのだが、俺との距離が広がらないように長門は気を使っているようだった。 ……まさか、宇宙人のお前も幽霊が怖いのか? 長門の意外な弱点を知ってしまったと思った俺のゆるい思考は、次の言葉を聞いた瞬間止まった。 「この階は放射能によって汚染されている」 ………。 えっと……。 何も言葉にならない、とりあえず俺は長門との距離を縮める事にした。 長門、今お前。放射能って言ったか? 「そう」 前を見たまま答えるいつもと変わらない長門の返事が今日は怖い。 放射能って……あれか? チェルノブイリとか菜の花とかのあれだよな? 「そう」 菜の花は確か放射能に汚染された土壌を綺麗にしてくれる……ってそんなのどうでもいい! って! じゃあここに居たら危険なんじゃないのか? こうしている間にも被爆しまくってるんじゃないのか? 放射能なんて物騒な物に詳しくはないが、やばい物だって事くらい俺でもわかる。 「周辺の空間は正常化させている。5人でここを通った時は通路全体を正常化させていたけれど、今は余力が無いから範囲が 狭い。あまり離れられると安全を保障できない」 俺は急いで長門の小さな両肩にしがみついた。 しがみつかれた長門はというと、なんだか歩きにくそうにしている。 すまんが、耐えてくれ。 変な意味でこんな事をしているんじゃないんだ。 そ、それでここで何をするんだ? まさか放射能汚染を食い止めるとかなのか? 「無視できないイレギュラー要素がこの階の部屋から検地されている。それを処理する」 長門はフロアーにある扉の一つに手をかけて、開いた。 扉の向こうは下りの階段で、足元だけが照らされている。 ここは……? 長門に続いて俺が階段を少し降りると、長門はすぐに扉を閉めに戻った。 閉められた扉は分厚い合金製で、厳重なロックがされている。 「シェルター、この中は大丈夫」 長門は呟いて階段を降りていく、慌てて俺もその背中を追った。 しばらく階段を降りていくと、やがて下に部屋が見えてきた。 避難所の様な簡素な部屋の床に何かが見えている。 ……おい、嘘だろ? ――それは、倒れたまま動かない子供だった。 階段を駆け下りて手を触れてみると、その冷たさと痩せ細った体を見て人工呼吸といった措置が既に無意味なんだと告げていた。 痩せ細った子供の遺体は3つ。 これ以上見ていられなくて、遺体から俺は目を逸らした。 ……なんなんだ。ここは何の為にあるって言うんだよ!? 吐き気がして頭が締め付けられるように痛い。 ふらふらとしている俺を横目に、長門は奥の部屋へと歩いて行った。 駄目だ、歩けそうに無い……。 俺が近くにあったソファーに座ってそのまま休んでいると、奥の部屋から長門が戻ってきた。 奥にあったのだろうか? 長門はさっきまで何も持っていなかったのに、今は小さな手帳を持っている。 処理ってのは終わったのか? うなずく長門は俺の前に手帳を差し出した。 ――嫌な予感がする、でも見なくてはいけない。 俺は手帳を開いた。 几帳面な文字が書かれたページが続く、途中強く開かれた跡があるページがあった――そこには ‥‥なんとかこのシェルターに逃げ込めた。 限られた水と食料を長持ちさせる為、私は殆ど手をつけずに子供達に与えてきた。 だがもう限界だ‥‥ケン、ユキ。 お前達を置いていく父さんを許しておくれ。 アキラ2人の事を頼むぞ。 神よ、私の命と引き換えにこの子達をお守り下さい! 私‥は‥‥ そこから先のページはどれだけめくっても白紙だった。 なんだよ……なんなんだよこれは。 俺はそっと手帳を長門に返し、奥の部屋へ行ってみることにした。 暗い通路の先、シェルターの一室。そこには、横たわる無残な程に痩せ衰えた大人の遺体が一つ。 その傍には、何故か見覚えのある乾パンが置かれていた。 これは……都市世界で長門が食べてた乾パンだよな。 俺が子供達が倒れていた部屋に戻ると、長門が子供達のそばにしゃがんで乾パンを並べている所だった。 3人の子供の遺体の前にそれぞれ均等になるように乾パンを並べ終えると、そっと長門は立ち上がった。 「終わった」 誰に言うのでもなく長門は呟く。 もしかして、みんなにこんな状態を見せないように先に行かせたのだろうか。 静かに子供の遺体を見つめる長門は、いつもと同じ無表情でいる。 ――錯覚だろうか。 俺には、そんな長門が泣いているように見えたんだ。 「あ、お疲れ様です」 20階に俺と長門が戻ると、古泉が一人で待っていた。 その顔にいつもの笑顔は無く、なんだか難しい顔をしている。 俺と長門も似たような感じだろうな。 長門はいつも通りにしか見えないかもしれないが。 ハルヒと朝比奈さんはどうしたんだ? 古泉はフロアーの途中にある部屋を指差して、 「この先の資料室に居るんですが、ちょっと意外な物を見つけたんです」 とだけ行って歩き始めた。 意外な物ってのはなんだ? 資料室、そう看板が下げられた部屋はそこそこの大きさの書庫だった。 いくつかあるテーブルでは、朝比奈さんとハルヒが書類を山積みにして読み漁っている。 「それが、わからないんです」 わからないって……どーゆー事だよ? 「そのままの意味です。本当にそれが何を意味しているのかわからない……いや、わかりたくないと言った方が正確なのかも しれません」 古泉が差し出してきた書類に目を通してみると、そこには……。 アーサー‥‥11階 19-3-21 くろう ‥‥13階 50-2-18 ハーン ‥‥19階 72-6-14 ジーク ‥‥ 6階 24-2-12 リズ ‥‥12階 80-1-28 なんの記録かはわからない、名前と意味不明の数字の羅列が広がっている。 なんだこの記録は?いったい誰が…… 次のページを見た時、俺は目を疑った。 ――涼宮ハルヒ‥20階 生存 なんでハルヒの名前がここに書いてあるんだよ? それに生存って……。 まさか、これはこの塔に挑んだ人達の記録だとでもいうのか? 「だめ……他に生存してる人がいないか見たけど、これだけ探しても一人も出てこないわ……」 ハルヒが書類の山に読んでいた資料を叩きつけて埃を舞い上がらせる。 埃の向こうに見えるハルヒはあきらかに苛立っていた。 そりゃそうだ。 ゲームの中の誰かに、自分がゲームのキャラのように観察されているなんて気持ち悪いとしか思えない。 その時、俺は誰かが俺の事を見ているような気がして思わず振り返った。 しかしそこには壁があるだけで、誰の姿も見えない。 それでも、嫌な感覚は止まらなかった。 ……いったいなんなんだ? 不機嫌オーラを全開にしているハルヒが資料室を出て行き、俺達も無言のままそれに続いた。 21階で俺達はまた扉を見つけた。 長門、ここはどうだ? ここはシェルターみたいな事になっていないか?俺はそう暗に長門に聞いてみた。 何も言わないまま長門は首を横に振る。それはどんな意味だったんだろう。 「開けるわよ」 ハルヒが躊躇いがちに扉を開けると、隙間から明るい日差しと暖かな風。そして花の匂いが広がってくる。 「わぁ……!」 明るく声をあげる朝比奈さんの心理状態をそのまま具現化したかのような、そんな明るい花畑がそこには広がっていた。 思わず駆け出す朝比奈さんを追いかけて俺達もその部屋、というか花畑に入った。 色や種類ごとに綺麗に区画分けされた花畑の横には小川が流れ、遠くからは鳥の声も聞こえてくる気がする。 「素敵なところですね」 嬉しそうに微笑む朝比奈さんを見るのは、なんだか久しぶりな気がするな。 「さっきまでと全然違うのね……」 ハルヒはこの空間に不自然さを感じているのか、素直に気を許せないようだ。 正直、俺も気を許せないでいる。 ここも、あのシェルターを塔に繋いだ奴が準備したかと思うと何か裏がある気がしてならない。 「あ、あそこに家があるわ」 花畑の中央、草花に埋もれるようにその家は建っていた。 近づいてみると、家の窓からベットの上で寝ている老人の姿が見えた。 「……お休みのようですね」 別に無理に起こす用事もないからな。 邪魔しないように戻るか。 俺達が静かにその場を去ろうとすると、 「おお、もしやあなた方は‥‥塔から来られたのか?」 掠れた老人の声が家の中から聞こえてきた。 しまった、起こしてしまったか。 仕方なく家の中に入ると、老人は俺達を見て大きく目を見開いて返事を待っていた。 「ええ、そうです。起こしてしまってすみません」 頭を下げるハルヒを見て、老人は嬉しそうに微笑む。 「おお! やはりそうでしたか……どうぞこちらへ、お渡ししなければならない物があります」 老人はベットの上で態勢を起こし、年輪のような深い皺の刻まれた腕で手招きしている。 初対面の俺達に渡さなくてはいけない物? 勧められるままハルヒがベットの隣にくると、 「これを受け取ってください」 老人はベットの隣にある細長い棚を開け、一振りの剣を取り出した。 丁寧な装飾が施された鞘に収められた剣は、素人目にも高価な物に見える。 老人は両手で剣を持ち、ゆっくりとした動作でハルヒに剣を渡した。 「塔から現れる者に渡せと神から授かって以来50年。ついにその日が来ました」 満足げにうなずく老人を前に、ハルヒはさっそく鞘から剣を抜いてみた。 鍔元が鞘から金属音を立てて外れ、白銀の長剣が静かに姿を現す。抜き身になったその剣は、過度な装飾の無い実践向きな 長剣だった。 見た目は重そうに見えるが、ハルヒは木の枝でも振るうように片手で剣を振っている。 どうやら本当に信じられないほどに軽いらしい、振っているハルヒも驚いている。 「凄い……。おじいさん、この剣本当に頂いていいんですか?」 ハルヒが剣から老人に視線を移すと、老人はすでにベットに横になっていた。 「……おじいさん?」 老人の瞼は殆ど閉じかけていたが、なんとかハルヒに視線を向けて、 「これで安らかに眠れる‥‥ありが‥と‥‥」 そう言い残し、穏やかな表情を浮かべたまま老人は瞼を閉じた。 シーツの胸の部分が大きく膨らみ、そして下がって止まる。 ――それっきり、老人は動かなくなった。 俺達は誰も動けなかった。 苦しそうな素振りが少しでもあれば、心臓マッサージや人工呼吸をしたり19階まで走ってオフィスにAEDを置いてが無いか 聞いてくるとか考えられたと思う。 でも、老人の顔はまるで家の周りの花畑の一部なのかと思えるほど安らかだった。 ようやく古泉が動き出し、念の為老人の顔の上に頬を寄せ首筋にそっと手を添える。 しばらくそのままじっとしていたが、起き上がり俺達を見て首を左右に振った。 まじかよ……。 「みんな。ちょっと先に行ってて」 ハルヒが搾り出すように呟く。 その言葉に従うようにまず古泉が、続いて俺の顔を見ながら朝比奈さんが家を出て行く。最後に長門も家を出て行った。 俺はなんとなく出て行く気になれなくて、近くにあった椅子に座る。 剣を鞘にしまって、ハルヒはそれをテーブルの上に置いた。 テーブルの上の剣に視線を向けながら、ハルヒが小さな声で呟いた。 「これって私のせい? 私がここに来たからお爺さんは死んでしまったの?」 それは俺への質問ではないのだろう。 多分、自分に対して問いかけているんだと思う。 ……なんでこんなイベントが終盤に準備されているんだ? 破壊の裏にある経済活動、シェルターの悲劇、何者かの監視、そして出会うことで息絶える老人……。 こんなイベントで俺達に何を感じろって言うんだよ? テーブルに置いた剣を再び手に取り、ハルヒは鞘の革紐を解いて自分の腰に巻いて止めた。 柄を握り、抜剣に支障がないか確かめるとそのまま家を出て行く。 阿修羅が居るって話の23階まで残り2階……。 これ以上何も起こらないように祈りながら、俺も老人の家を出た。 「ああ、お待ちしていました」 懐かしい声が通路に響く。 俺達の姿を見て話しかけてきたのは、案内係の人だった。 22階はフロアーそのものが狭く、探すまでもなく23階への階段が見えている。 階段の前に立つ案内係の人は、優しい笑顔で俺達を眺めていた。 「この上に阿修羅が住んでいます。気をつけて!」 その言葉はとても温かいものだったのだが、ハルヒは案内係の人を完全に無視して23階への階段を上っていった。 お、おいハルヒ! お前が今不安定なのはわかるが、いくらなんでもその態度は失礼だろ? 「私のことはどうぞお気になさらず。きっと阿修羅との戦いの前に気が高ぶっているのでしょう」 案内係の人は困った顔をしながらも、腹を立ててはいないようだ。 阿修羅が居るって場所に一人で行かせるわけにもいかず、俺達も案内係の人に会釈をしながら階段を駆け上った。 23階は緩やかな階段が続く通路で出来ていて、その先には扉が見えている。 そして扉の前に立つ、大きなシルエット。 あれが阿修羅か……。 階段の先で待っていたハルヒは、俺達の姿を確認すると何かを確かめるようにうなずいた。 「……みんな、行くわよ」 落ち着き払った声でハルヒはそう言うと、ゆっくりと通路を進んで行く。 まあいい、今はとにかく阿修羅を倒す事に専念しよう。 まっすぐ伸びている通路を進んで行き、シルエットが巨大な人の形に見えて来た。 「あんたが阿修羅?」 ハルヒが大きな声で問いかけた。 人の形に見えていたそれは、腹の位置らしい場所から何かが生えているように見える。 「そうだ。よくここまで来たな」 阿修羅は面白そうに返事を返してきた。 俺達が脅威の対象ではないのか、その声は余裕だ。 「どうだ、1つ取引をしないか?」 「取引?」 近づいて、ようやく阿修羅がどんな姿をしているのかがわかった。 頭には正面と左右に合わせて3つの顔があり、腕は左右に3本づつ。 なるほど、確かに阿修羅だな……。 しかも身長は白虎よりも遥かに高く、天井近くまで達している。ここまでくると遊園地の着ぐるみにしか見えなくて、恐怖感がないな。 「四天王に代わってお前達がそれぞれ世界を支配するのだ。いい話だろう?」 にやにやと醜悪な顔を歪めながら阿修羅は俺達を見回している。 本気で俺達がそんな話を受けるとでも思っているのか? 「あんたが全ての黒幕なの?」 ハルヒの言葉に阿修羅が顔をしかめる。 「黒幕……とはどんな意味だ?」 「あんたを影で操ってる人は居ないの?って聞いてるの」 ハルヒの言葉を鼻で笑い、 「ふっ、そんな奴はおらん」 阿修羅は首を振る。 「あっそ」 ――俺の目には光が走ったようにしか見えなかった。 その一瞬でハルヒは踏み込みながら剣を抜き、そのまま目の前の阿修羅の足を切り払う。 直径でハルヒの肩幅程はありそうな阿修羅の足首は、あっさりと胴体から切断されていた。 「な?」 目の前の出来事が信じられないのか、阿修羅は反撃もできないまま階段に倒れる。 無理も無い。阿修羅から見れば子供サイズのハルヒが、いきなり自分の足首を切り落としやがったんだ。 俺も目の前で見ていて信じられないんだからな。 そのまま階段を上り、まだ自分の置かれた状態を把握できない阿修羅を見下ろしながら、 「あんたのせいで苦しんだ人達の仇。取らせてもらうわ」 ハルヒの剣がまっすぐ阿修羅の胸に突き刺さった。 おいおい……たった一人で阿修羅を倒しちまいやがった……。 俺達は何も出来ないまま呆然とその場で立ち尽くしている。 「何故……エクスカリバーをお前が……」 阿修羅は、自分の胸に深く突き刺さった剣を見て驚いている。 胸を刺された事よりも、むしろ刺さっている剣そのものを見て驚いているようだ。 「神よ……貴方は私を選んだのではなかったのですか……?」 「え? それっていったい…… 阿修羅の意識が途絶え、体から力が抜けると俺達の体は浮遊感に包まれ落下を始めた。 なんの抵抗もできなかった、なんせ床が突然なくなってしまったのだ。 落とし穴だ! そんな事がわかっても仕方ないが、暗闇の中を落下しながら俺は叫んでいた。 どこまで落ちることになるかわからないが、なんとかしないとみんな死んでしまうぞ?! 必死に長門の姿を目で追うが、みんなの姿はどこにも見えなかった。 遠くから声がする‥‥。 「もう一度上って来れるかー?」 ――誰かが優しく俺を揺さぶっている。 「……ョン君、起きてください?」 その優しい声を間違えるはずが無い、この声は。 朝比奈さん? そう呟いた俺の前にあったのは、期待した通りの朝比奈さんの顔だった。 「残念でした。ミレイユです」 が、違った。 嬉しそうな顔で俺を膝枕してくれているのは、空中世界で朝比奈さんと入れ替わったりと色々あったミレイユさんらしい。 改めて見てみると、ここは薄暗い塔の中ではなかった。 視界に入るのは広い高原、俺を見下ろすミレイユさんの笑顔。 すぐ近くにある石造りの町、この町はもしかして……。 「大丈夫ですか?」 辺りを見回す俺を、ミレイユさんが心配そうに見つめている。 ここはどこですか? 「ここは塔の1階、大陸世界です」 1階だって? じゃあ俺達は20階以上の高さからここに落ちてきたのか? それにしては体には怪我の一つも無い、っていうか普通死ぬだろ? みんなの姿が見えないが無事なんだろうか。 長門が無事なら多分、全員助かってると思うんだが。 あの、長門を知りませんか? 俺達と一緒に居た無口な女の子です。 すぐに思い当たったらしい、 「ほら。向こうに居ますよ」 ミレイユさんが指差す先では、長門が恰幅のいい男の人と一匹のスライムと会話していた。 長門、何をやってるんだ? 俺が長門に近づくと、長門の前に居た男の人は嬉しそうに俺の手を取り、 「鎧を手放して初めて本当に大切な物に気づいたよ。ありがとう」 嬉しそうに話しかけてきた。 ……えっと、この会話が成立しない人には覚えがあるぞ。 確か鎧の王様だったか? えっと、気になさらないでください。 俺は適当に答えて、鎧の王様の手を振り払った。 「私、幸せよ。あの人の子供がお腹の中に居るの」 今度の声は下から聞こえてきた。 ……そこには、うようよと動くスライムが一匹。 ああ思い出した、声は綺麗な村一番の美スライムさんか。 それより今、なんて言った? あの人の子供がお腹の中に居るだって? 改めて見てみたが、そこに居るのはスライムだった。 まさか、お腹の中に子供を入れて消化中って事じゃ……ないよな? ……まあいいか、長門ちょっときてくれ これ以上深く考えるのは止めよう。 俺は長門の手を引いて、とりあえずその2人? から離れた。 落とし穴に落ちた俺達を助けてくれたのはお前か? まあお前しかこんな事はできないよな。 俺の問いかけに長門はしばらく不思議そうな顔をしていた。 なんだ、お前じゃなかったのか? まさか古泉? 「私達は落とし穴に落ちていない」 長門の返答は俺の質問そのものを否定するものだった。 え? でもハルヒが阿修羅を倒したら急に床が無くなって……」 「床と通路を含めた全ての情報が書き換えられ、私達の位置が変わった様に見えているだけ」 すまん、さっぱりわからん。 頭を押さえる俺を見て、意味が通じなかった事を察したのか長門は続ける。 「何者かによって私達が居た周辺の情報が書き換えられた。ここは塔の23階であり、1階でもある」 さらにわからなくなった……とりあえずだ。 みんなは無事なんだな? 俺の質問に今度はうなずき、長門は町の一角を指差した。 そこにはハルヒに朝比奈さん、ついでに古泉の姿が見える。 よかったとにかくみんなの所へ行こう、状況の把握はそれからだ。 「あ、目を覚ましたんですね!」 「よかった、キョン君だけ目が覚めなくて心配したんですよ?」 町の中に来た俺と長門を出迎えてくれたのは、2人の朝比奈さんだった。 え~っと、ちょっと待ってくださいね。 まずは消去法でいこう。 さっき町の外に居たのはミレイユさん、ということはここに居るのはジャンヌさんと朝比奈さんだ。 服はどうだ? ……だめだ、今は2人とも同じ服を着ているからわからない。 「あ~私がどっちかわからないんですか?」 「え~ショックです」 2人はからかうように戸惑う俺を見て笑っている。 町にはジャンヌさんだけではなく、これまでお世話になった人達が集まっていた。さっきの鎧の王様に村一番の美スライムさん、 海洋世界の老人に、朝比奈さんのそっくりさん姉妹、さらにさやかさんの姿もあった。俺達との出来事で話題が尽きないのか、 塔の前は賑わっている。 やれやれ阿修羅戦までのあの緊張感はどこへやら、だな。 「何にやけてんのよ」 ハルヒがいつの間にか俺の後ろに立ち、腕を組んで睨んでいた。 まあそう言うなよ、やっとゲームも終わりなんだ。エンディングくらい笑っててもいいだろ? 俺の言葉にハルヒは顔を曇らせる。 「本当にこれで終わりなの?……なんかあっけなさすぎて信じられない。もしかしてあの阿修羅は偽物とか、幻だったんじゃない?」 それはお前が強すぎただけだろ? 今更だが、俺達は長門のおかげでドーピングがしてあるんだ。 ……と、俺は思いたいんだけどな。 最後に阿修羅が言った言葉、あれはいったい。 俺が顔を上げると、海洋世界であった老人が俺の顔をじっと見つめていた。 「お前等の倒した阿修羅はただの幻だったのか‥それとも‥‥」 まるで俺の心を読んでいるかのように、老人は独り言を言っている。 お爺さん、それってどういう意味ですか? 「‥‥‥」 お爺さんは何かを考えるように俯いて、それっきり口を開かなかった。 「この世界から出てっても私達の事、忘れないでね」 聞き覚えのある声に振り向くと、ライダースーツの女の子がハルヒに抱きついていた。 赤い鉢巻でポニーテールを結わえたさやかさんはもう涙目になっている。 「ばっかね~さやかちゃんを忘れるわけないじゃない」 さやかさんの頭を優しく撫でるハルヒも、なんだか寂しそうだった。 ――これで終わりかな。 阿修羅の言葉はすっきりしないが……まあこれで終わりってのもありだろう。 町の中央に見える大きな塔は、はじめてこの町に来た時と同じように天高くそびえ建っている。 塔の入口の扉に以前は無かった4つ丸い窪みが見える、あそこにクリスタルを入れて扉を開けるって事なんだろうな。 扉の向こうはもしかして現実世界なんだろうか? 「あの扉の向こうに楽園への真の道があります」 その声は騒がしい町の中だというのに、不自然な程にはっきりと俺の耳に聞こえてきた。 別れを惜しむように盛り上がる輪から外れた場所に、あの案内係さんが一人で立っている。 あなたはいったい……? 俺の質問には答えないまま、案内係さんは塔の扉へと俺を促す。 示されるまま扉へと近づくと、自然に扉は開いていった。 扉の向こうには、残念ながら現実世界ではなく上へ登っていく階段が見える。 「あ! キョンあんた何勝手に一人で先に行ってるのよ!」 怒った顔のハルヒ、困った顔の古泉。名残惜しげに大きく手を振る朝比奈さんと、それに付き合うように手を軽くあげたまま 歩く長門。 全員が塔の前に揃った所で、ハルヒは町を振り返った。 「みんな! ありがとう! 元気でね~!」 楽しそうなハルヒの声をバックに、俺達は塔の中へと歩き始めた。 塔の中は、何故か階段ではなくエスカレーターが設置されていた。 「最初からエスカレータにしてくれればよかったのに」 エスカレーターの手すりを逆方向へ引っ張ると言う無意味な抵抗をしながら、ハルヒが誰に言うでもなく不満を言った。 それだと味気ないからじゃないか? 「やれやれ、これでクリアですね」 古泉が嬉しそうに息をつく。 お前、前にも同じことを言わなかったか? 「そうだったかもしれません」 俺に指摘されて古泉は小さく笑う。 これでまた海洋世界が待ってたら笑えないけどな。 敵が現れる事も無く、俺達はのんびりとエスカレーターに乗っていたのだが、 「先に行ってるわ!」 ハルヒは飽きたようだ。 おい! あんまり一人で先に行くなよ? 「わかってる~」 エスカレーターを2段飛ばしでハルヒは上っていってしまった。 まてよ? 本当にこれで終わりなのか? 長門、もう敵は出ないんだよな? あっさりと長門はうなずく。 そうか、ならほっといてもいいか……。 ほっとした俺に長門の追加説明が入った。 「大丈夫、エンカウント率は0のままにしている。本当はこのエスカレーターには復活した四天王が配置されていた」 マジか?! ……じゃあまだエンディングじゃないんだな。 やっぱりラスボスは別に居るって事か。 「このままエンディング」 終わりなのかよ?! 「復活した四天王以外にボスのような敵の情報は存在しない」 なんだそりゃ? ゲーム的に考えたら、復活した四天王って展開の後に待ってるのは真のラスボスの登場なんだが。 「変わった趣向ですね。このゲームの製作者の意図はよくわかりません、エンディングではどんなイベントが待っているんでしょう?」 こうして塔は救われた……塔を救った勇者達は元の世界に戻り、変な空間に閉じ込められる事も無くなって平和に暮らしましたとさ。 これじゃだめか? 「パレードとかあるんでしょうか?」 それは、どうでしょうね。あるかもしれませんよ? 来春公開の映画の内容を予想するようなのんびりとした時間を過ごしていると、 「遅いじゃない!」 エスカレーターはいつの間にか俺達を最上階まで運んでくれていた。 お前が勝手に先に行ったんだ。 エスカレーターの終わり、ハルヒの立つ後ろには大きな扉が見える。 今度こそ現実に戻れるんだろうか? 期待する俺の顔を見てうなずいてから、ハルヒは扉をゆっくりと開くとそこには……。 「これが楽園なの?……殺風景なところね」 白かった。 むやみに広く白い空間、足元はコンクリートなのか石なのかわからない不思議な質感の床がありどこまでも広がっている。 見上げる空には雲ひとつなく、というか太陽がなかった。 それなのに、不自然なほどに明るい。 地平線が見えないほどに広がったその空間には、所々適当に家具が置かれていた。木が生えている所もあるのだが、それは 何の法則があるのかわからないような疎らな生え方で、自然の状態には見えない。 風も無く、何の音もしない。 まるで最初に俺達が来た、あの白い部屋みたいだ。 「す、涼宮さん」 朝比奈さんの驚いた声に振り向くと、さっき俺達が通ったはずの扉はそこには無かった。 代わりにとでも言うのか、小さな泉が扉があったであろう場所の地面から沸いている。 閉じ込められちまったってことか? 「向こうに川が見えますね」 古泉が指差す方に、一直線に伸びる川が見えている。 他に目標になるような物もなかったから、とりあえず俺達は川の方へと行ってみた。 川は側溝を広くした程度のもので、またごうと思えばまたげてしまえるのだが川の上流に小さな橋が見えている。 橋があるって事は、その先に何かあるんだろうか? 異様な雰囲気にその後は誰も口を開かないままで橋へと歩いていくと、視界に見覚えのある姿の男性が見えてきた。 男性は木製の椅子に座り、テーブルに置かれたいくつかの水晶をじっと見つめているようだ。 「まずい事になりました」 古泉が小声で話しかけてくる、いつものにやけ顔はそこにはなく真面目な顔でこちらを見ている。 何がだ。 「手短に言います、涼宮さんと同じ力をあの男性から感じるんです」 周囲の環境を自分の思うがままに操る力、だったか? ……おい、まさか。 古泉はうなずく。 「今回の出来事を企てたのが誰なのか、それはまだわかりません。ですが、実行したのは恐らく……」 俺達が橋を渡り終えた時にはそれが誰なのかはっきりとわかった。 いつか聞いた古泉の言葉をふと思い出す。「その様な力を持つ存在を人は神と定義します」 顔がはっきりと見えるほどに近づいた所で、その人はようやく椅子から立ち上がる。 ――シルクハットをかぶり黒いスーツに身を包んだその人は、大陸世界の町で俺達を見送ったはずの案内係さんだった。 「やっと来ましたね。おめでとう。このゲームを勝ち抜いたのは君達が初めてです」 拍手をしながら案内係さんは近寄ってくる。 穏やかな笑顔はいつもと変わらないが、それはいつもの案内係さんではなかった。 「ゲーム?」 ハルヒが眉間に皺を寄せて聞き返す。 すると説明したくてたまらなかったのか、嬉しそうに 「私が作った壮大なストーリーのゲームです!」 両手を広げて案内係さんは明るく答えた。 「ど、どういうことなんですか?」 状況がわからないのか、朝比奈さんは脅えている。 「私は平和な世界に飽き飽きしていました。そこで阿修羅を呼び出したのです」 何考えてんだ! 俺の声に耳を貸す様子も無く、案内係さんは微笑んでいる。 「阿修羅は世界を乱し、面白くしてくれました」 その時の事を思い出しているのか、案内係さんは嬉しそうにテーブルに置かれた水晶を撫で回した。 水晶には破壊される町や繰り返される抗争が映っては消えていく……。 ふっと案内係さんの顔から表情が消え、水晶に映された映像も同時に途絶える。 「だがそれも束の間の事、彼にも退屈してきました」 ……なんてやろうだ……。 こいつ一人の娯楽の為に、都市世界の犠牲やあのシェルターの悲劇はあったっていうのかよ? 「そこでゲーム……ですか?」 怒りを隠そうともせずに古泉が呟くと、 「そう! その通り!! 私は悪魔を打ち倒すヒーローが欲しかったのです!」 嬉しそうに案内係さんは古泉を指差した。 「何もかも、貴方が書いた筋書きだった訳ですね」 古泉が睨みつけても、案内係さんからは笑顔が消えなかった。 「中々理解が早い。多くの者がヒーローになれずに消えていきました。死すべき運命を背負ったちっぽけな存在が必死に生きていく 姿は私さえも感動させるものがありました。私はこの感動を与えてくれた君達にお礼がしたい! どんな望みでも叶えてあげましょう」 本気でそう思っているのだろう、案内係さんの言葉は本当に感謝に満ちている。 もういい、黙れ。 聞くに堪えない。 俺が一発ぶん殴ってやろうと近寄ろうとすると、ハルヒが俺の前に出た。 「あんたの為にここまできたんじゃないわ! よくも私達を、みんなをおもちゃにしてくれたわね!」 我慢しきれず、ハルヒが老人の剣を抜いた。 剣先を自分に向けられても、案内係さんからは……いや、もうさん付けで呼ぶまでもない。 案内係は笑みを絶やさないでいる。 「それがどうかしましたか? 全ては私が創った物なのです」 黙って聞いていればさっきからこいつは……。 俺達は物じゃない! 俺は都市世界でハルヒに押し付けられた銃を案内係に向けた。 後ろでは朝比奈さんがこわごわとバルカン砲を構え、古泉も赤い玉を手に浮かべている。長門は何故かじっとしたまま動かないで いた。 「神に喧嘩を売るとは‥‥どこまでも楽しい人達だ!」 高らかに笑いながら案内係、いや神は俺達からゆっくりと離れていく。 ……逃げるつもりなのか? 隣に立つ古泉が神から視線を話さず呟く。 「涼宮さんがあの男を毛嫌いしていた理由が今ならわかる気がします。きっと、あの笑顔の下にあった邪悪さを無意識に感じ取って いたんでしょうね」 ああ、今となっては素直にあいつを頼りにしていた自分が恥ずかしいぜ。 古泉、一応聞くがあれはハルヒのお仲間みたいなもんなんだろう? お前らの機関としては倒しちまってもいいのか? 神から目を離さないまま、隣に立つ古泉に呟く。 「全く構いません。機関の考えはともかく、僕にも神を選ぶ権利はあると思いますから」 同感だ。 たとえ暴君で我侭だとしても、同じ神なら俺はハルヒを選ぶさ。 神はある程度離れた所で振り向いた。 そして俺達の顔を順番に眺めてから、何故かため息をついた。 「どうしてもやるつもりですね。これも生き物の欲望(サガ)か‥‥」 神の顔から、ついに微笑みが消える。 「よろしい。死ぬ前に神の力、とくと目に焼き付けておけ!!」 それまでの落ち着いた雰囲気を捨て、神は怒鳴りながら俺達に無防備に近寄ってきた! 俺や朝比奈さんが構える銃口を前にしても怯む様子は全く無い。 く、撃てないと思ってるのかよ? 撃つ自信はないが、このまま撃たないでいられる自信はもっとないぞ! 「こ、来ないでください!」 朝比奈さんが悲鳴混じりに叫んで引き金を引いた、朱雀をあっさり葬りさった銃弾は神に向かって真っ直ぐ飛んでいったのだが、 どれだけ撃っても何故か神には当たらずにすり抜けていってしまった。 長門がデータをいじってくれてるのに当たらないだと? 朝比奈さんは引き金を引いたまま、弾切れになった事にも気づかずに呆然としている。 俺も神の足を狙って引き金を引いてみた、が弾は虚しく地面にめり込んで止まる。 どうなってるんだ? 銃では倒せないと考えたのか、ハルヒが神に向かって走り出す。 あっという間に剣の間合いに入ったが、神は構えようとも避けようともしないでいた。 「懺悔なさい!」 ハルヒが老人の剣を高く振りかざし、神の肩から一直線に振り下ろした―― 「何をしているのですか?」 神の顔には笑顔が戻っていた。 そしてわざとらしく、ゆっくりとハルヒに問いかける。 ――神は何もしなかった。 阿修羅をもあっさり倒した老人の剣は確かに神の体を切りつけ、 「うそ……」 柄を残して消滅してしまっていた。 「まさか……私が創った武器で私が傷つけられるとでも思っていたのですか?」 動揺するハルヒに向かって無防備に腕を広げながら、神は笑っている。 「さあどうぞ攻撃なさってください。無残に散った人達の仇を討つのでしょう?」 「涼宮さんよけてください!」 ハルヒの背後に近寄っていた古泉が神に向かって赤い玉を投げつける。 玉は体をひねってかわすハルヒの目の前を通過して神に直撃する。 やったか? 爆炎が巻き起こり神の姿が見えなくなる、その間にハルヒは距離をとった。 炎が収まると、神は無傷のままそこに居た。 「私の創造物ではない存在だと……?」 神の顔からは笑顔が完全に消えている。 それに反比例するかのように、 「って事はとりゃー!」 ハルヒの明らかに顔を狙った上段蹴りが神を襲う、なんとか両腕で防いだものの 「ちいっ!」 神の表情に余裕は無い。 「素手なら殴れるって事ね! だったらいけるわ!」 さっきのうろたえた表情が嘘だったかのように、ハルヒは嬉々として神に接近していく。 顔を狙ったパンチを防ごうと神が腕を上げたところを掴んで下腹部に膝を入れ、さらに後頭部を両手で叩き落す。 無様に地面に崩れた神が起き上がろうとすると、今度は古泉の赤い玉が襲い掛かる。 2人の連続攻撃の前に反撃できず、神は防戦一方だ。 こうなるともう俺の出番はないな、朝比奈さんも何も出来ずにおろおろと戦闘を見守っている。 いいんですよそれで、ハルヒが神をノックダウンしたらタオルでも投げてやってください。 もう一人の傍観者、長門はハルヒではなく神の様子をじっと見ていた。 どうした長門? まだ何かあるのか? 俺が近づいても、長門の視線は神の動きに釘付けになっている。 長門? 「いけない」 神を見つめたまま、長門は答えた。 何がいけないんだ? 暴力か? そりゃまあ暴力はいい事じゃないが、あいつに同情はいらないぞ。 「彼を倒してはいけない」 神が動くのに合わせて、長門の瞳が細かく動く。 どうしてなんだ? まさか、あいつが居なくなったらこの世界が無くなるとかなのか? 「規模と力は限定されているものの、彼には涼宮ハルヒと同様の力があると考えられる。統合思念体は彼を新たな観察対象として 認定した」 ……その、認定されるとどうなるんだ? 「当該対象を観察し、情報を集める。また、当該対象に致命的な危害を加えようとする存在が現れた場合はそれを排除する。私の 担当は涼宮ハルヒ、遠からず統合思念体は彼を担当するインターフェースをこの場所に送り込む」 それってお前や朝倉みたいなのがここに来るって事なのか? 光の中に消えていったクラス委員の顔が記憶に蘇る。 長門はうなずき、そして続けた。 「新たなインターフェースの到着まで、私が彼を担当する」 ……それって。 「今よ古泉君!」 ハルヒのでかい声に振り向くと、とび膝蹴りが側頭部に決まり神が膝から崩れ落ちる所だった。間髪居れずに倒れこんだ神に 向かって飛んでいく赤い玉。 俺の隣で長門が何かを呟くと、赤い玉は急に進路を変えて地面に落ちてしまった。 「こら、ちゃんと狙って!」 起き上がる神に追撃しながらハルヒが古泉を指差して怒る、 「す、すみません」 頭をかきながら愛想笑いを浮かべる古泉は、そっと長門の方へ視線を送った。 古泉の顔に焦りが浮かんでいる、俺の顔にも浮かんでいるだろうな。 この世で最も敵に回してはいけない存在、長門が敵に回ってしまったのだ。 「この愚民どもめ……悔い改めよ!」 神は両手を広げて空に向かって何かを叫んだ。 見えない風圧のような何かが神から広がっていく、すぐ近くに居たハルヒは怯んだだけだったが 「きゃあ!」 「くぅっ!」 長門の傍に居た俺は影響を受けずにすんだが、朝比奈さんと古泉はその場に倒れてしまった。 「え、ちょっとみくるちゃん?古泉君?」 神に追撃してくる様子がないのを見て、ハルヒが倒れた朝比奈さんを抱き起こしに向かった。 となると俺は古泉か……。なんて残念がってる場合じゃない。 倒れたまま動かない古泉の元へ走り、背中に手を当ててゆさぶってみる。 おい古泉起きろ! 目を覚ませ! 俺が声をかけると古泉は目を開けてゆっくりと俺の手を掴んできた。 立てるか? 俺が引き起こそうと力を篭めると、逆に強い力でひっぱられて俺まで古泉の上に倒れてしまった。 って、何しやがる! 古泉は何故か俺の手を掴んだまま離そうとしない。 「意外ですね、貴方がこんなに積極的になるなんて」 妙に甘い声で古泉が囁く、っていうか囁くな気持ち悪い。 おい大丈夫なのか? 「ええ、僕はいつでもいいですよ?」 嬉しそうに古泉は俺を見つめている。 まて、これってまさか……。 「ちょっとみくるちゃん止めなさい!こら!そんなとこひっぱらないの!」 向こうでは朝比奈さんがハルヒの上に馬乗りになっていた。 「えへへ~抵抗しちゃだめですよぉ。さあ脱ぎ脱ぎしましょうね~」 とろ~んとした目つきで朝比奈さんはハルヒの服を脱がそうとしている。 「こらバカ! こんな事してる場合じゃないでしょ?! ちょっとみくるちゃん!」 2人とも混乱してるってのか? 「さあ、僕等も楽しみましょう?」 古泉の言葉の意味がやっとわかり、俺が本能的な恐怖を感じた時。 白く細い腕が古泉の額に触れて、そのまま古泉は意識を失って再び倒れる。俺の色んな意味での危機を救ってくれたのは、 無表情のまま俺達を見下ろす長門だった。 「わからない」 とにかく立ち上がり、まだ目を覚まさない古泉から俺は少し離れた。 何がわからないんだ? 古泉の今の言動の意味か? 頼むからそれは俺に聞かないでくれ。思い出したくも無い。 神の様子を確認してみると、ぶつぶつと何かを呟きながら自分の体についた砂や埃を念入りに落としているところだった。 「統合思念体との連結は依然限定的、指令は神と自称する男と涼宮ハルヒの情報収集、そして脅威の排除」 お前がわからない事を俺がわかるとは思えないが、それ以前に質問からわからんぞ。 つまりどうしろって言ってるんだ? 「涼宮ハルヒと神を自称する男、2人に対して危害を加える存在を排除する」 ハルヒに危害を加えるってのは神の事だろうが、神に危害を加えるってのはハルヒと……。 それって……俺達を……か? 長門は肯定しなかった、しかし否定もしなかった。 「その行動は涼宮ハルヒに極めて重大な影響を与えてしまうと考えられる。情報収集をする上でそれは避けなければならない。 でも、他に指令を遂行する方法が見つからない」 「……よくも、よくも万能の神であるこの我を地に這わせてくれたな……」 シルクハットを脱ぎ、髪型を整えてもう一度かぶりなおすと神はようやく落ち着きを取り戻したようだ。 くそっ! こっちは問題が山積みで忙しいんだ! もっとのんびり身なりでも整えてろよ! 「絶望という物を教えてやる……光、あれ!」 神が再び空に向かって何か叫ぶと、今度は視界が全て真っ白に覆われた。 目潰し? とにかく目を閉じてみた。 嘘だろ? それでも視界は真っ白なままだと? 「何よこれ? 何も見えないじゃない!」 ハルヒの声が聞こえるが、どこに居るのかすらわからない。 となると、俺達の中にはまともに動ける奴は一人も居ないって事じゃないか! 「せめてもの情けだ、何もわからぬままに殺してやろう」 神が何をしようとしているのか知らないがこのままじゃやられちまう! 焦る俺の手を冷たい誰かの手が握りしめる。 途端に俺の目に視力が戻り、目の前にはじっと俺を見つめる長門の顔があった。 ……助けてくれた……って感じじゃないな。 長門は俺の顔を見つめたまま、しばらくその場で立っていた。 そしておもむろに俺の腰に巻かれているホルスターから銃を取り出して、長門はそのまま銃口を俺へと向ける。 デジャブって奴か? かつて俺を殺そうとした同級生の言葉が思い出された。 『気をつけてね? いつか長門さんの雇い主が心変わりをするかもしれない』 朝倉の言葉は皮肉にも現実になっちまったわけか。 大人の朝比奈さんといい、長門といい、ハルヒの回りの人間が気をつけろって言ったら確実に危険が訪れるってのかよ。 長門は、いざとなれば俺がハルヒに「俺がジョン…スミスだ」と言う事を知っている。 そうなれば不確定要素のバーゲンセールだ、誰にも予想のできない未知の世界がくるんだろう。 だからこそ、長門にとって最大の不安要素は俺って事なんだよな。 無骨なマグナムは長門の細腕一本で支えられ、銃口は正確に俺の眉間を狙ったまま微動だにしない。 朝倉の時と違って動けないわけじゃないが、逃げようとか抵抗しようなんて考えは浮かばなかった。 それが無駄な事だってわかっていたし、これが俺の人生の最後だというのなら無表情な長門の顔を最後まで見ていたい。 長門の無機質な瞳に俺が映り、揺らいでいる。 ……揺らいでいる? 冷静で私情を挟まないというか、私情そのものが存在しないはずの長門はいつまで経っても引き金を引かないでいた。 俺をはじめて呼び出したあの日、長門は俺に自分の事を「この銀河を統括する統合思念体によって創られた、対有機生命体 コンタクト用インターフェース」だと説明した。 でも今、俺を見つめているのは誰だ? たとえ真実がどうであれ、俺には長門は大事な仲間だとしか思えない。 いや、俺にとって長門はそれだけの存在ではなく……。 俺の思考がまとまる前に、長門の目は閉じられ。 ――引き金は引かれた。 至近距離から自分に向かって発射された銃弾を見ることが出来る、そんな人間はこの世に居ないだろう。 万一居たとしても、高確率で死亡するだろうからやはりこの世には殆ど居ない事になる。 だが、俺の目の前で空中に静止しているのはどうみてもマグナム弾で、それはそのまま動こうとしない。 「通信情報連結。解除」 目を閉じたまま動かない長門が呟くと、マグナム弾は重力に従ってその場に落ちて乾いた金属音を立てた。 その音が合図だったかのように、長門の手に握られたマグナムが光に包まれて姿を変えていく。 数秒後、光は縦に伸びて一本の剣が長門の手に握られていた。 剣の刃は透明なガラスの様なもので出来ていて、刃の向こうには目を閉じたままの長門の顔が見える。 長門。 俺に名前を呼ばれて長門は目を開き剣を下ろすと、俺の手を取り剣を渡した。 この行動はさっきまでの長門の話からすれば、多分命令違反とかになるだろう。 いいんだな? 長門は俺の顔を見つめたままうなずく。 俺は空いている手で長門の頭を撫でてやった。 少しうつむいて、不思議そうな顔で長門はされるがままになっている。 いつもすまないな。 俺に撫でられながらも長門は横に首を振る。 しばらくの間、俺は長門の柔らかな髪を撫でていた。 覚悟を決めた俺が向き直ると、神は両手を空にかざしていて、その真上には巨大な赤い玉が出来上がっていた。 かなり上空に浮いているはずなのに、多少熱を感じる気がする。 太陽でも作ってるのか? あんなもんぶつけられたら即死だな。 そう思いながらも俺は何故か冷静になっていた。 おい! 俺は神に向かって怒鳴った。 その声に神に届いたようだが、意にも介さずにそのまま赤い玉を巨大化させていく。 やるしかない、俺は長門にもらった剣を握り神に向かって走り出した。 「ガラスの剣か……私が創った武器の中では最強の物だ」 視線だけを俺に向けながら神が呟く、 「だが、私が創った武器では私を傷つけることはできない……それくらい学習したらどうかね?」 知るかそんな事。 これで駄目なら全滅だろうが……俺にできるのは長門を信じる事だけだ! 「無駄なことを……」 加速した勢いそのままに飛び上がり、真正面から剣を振り下ろす。神はその様子を冷めた目で見つめていた。 その時、離れた場所で長門は呟いていた。 「アイテムコード、ガラスの剣のデータを置換」 俺の手に握られた剣が、再び光に包まれる。 「な………」 姿を変え、騒音を撒き散らしながら俺の手に握られていたのは、 「データ修正完了」 それは武器だと言うのもおこがましい大工道具、チェーンソーだった。 振り下ろそうとしていた動きはそのまま止まらず、驚いた顔のまま固まっている神にチェーンソーは振り下ろされる。 回転するチェーンが神に触れた瞬間。 まるで霧に突風が吹き込んだかのように神の体は四散していき…… ――かみは バラバラになった たった数秒の対峙で、世界をもてあそんできた神は何の痕跡も残さず消え去ってしまった。 やっちまったぜ……。 俺は振動を続けるチェーンソーを地面に落ろし、自分もその場に腰を下ろした。 今度こそ終わり、だよな。 もう戦闘なんてこりごりだ。 チェーンソーのエンジンも止まり、神が消えた空間は何の音もせず静寂に満ちている。 ――こんな場所で一人で居たらおかしくなるのもわかる気がするぜ。 俺は、ここまでじゃないにしろ殺風景な場所に住んでいる同級生へと視線を向けた。 「‥‥」 視線の先に居る長門はじっと俺を見つめ返してくる。 終わったぜ、長門。 「これからどうするんでしょうか?」 朝比奈さんがハルヒに肩を貸しながら俺のそばへとやってきた、どうやら正気に戻っているらしい。 ……そうですね、どうしましょうか。 俺は答えられないまま、とりあえず立ち上がった。 ハルヒは朝比奈さんにつかまって立っているが、まだ目が見えないのか視点が定まっていない。 「ねえキョン、そこに居るの? 神は?」 これは長門に頼んだ方がよさそうだな。 ああ。神は俺が倒したよ。 「あんたが?」 何で不満そうなんだよ。 俺は長門を呼んでハルヒの事を頼み、神の座っていたテーブルへと歩いていった。 テーブルの上には透明の水晶がいくつも並んでいる。 その表面には何も映ってはいない。 ……こんな小さな画面に映る世界を見るだけがあんたの楽しみだったのか。 神が作った世界は全てが神の思い通りになるんだとしたら、神にとってそれは退屈な世界でしかなかったんだろうな。 だからわざと壊したり、自分の意のままにならない存在を望んだりしたのか。 戦闘中は気づかなかったがテーブルの向こう側には真っ白な壁があり、そこには扉が見える。 テーブルに近づく足音に振り返ると、古泉だった。 ……見た感じ正気に戻っているようだが安心はできない。 身構える俺の隣に立ち、 「この向こうにも別の世界があるんでしょうか?」 壁の扉を指差して古泉が聞いてきた。 さあ、どうだろうな? もしかして楽園ってのがあるのかもしれないぞ? 試しに行ってみたらどうだ? 「僕はどちらでもかまいませんよ。万一この世界から出られないのであれば最低限の生活環境は確保しなくてはいけませんしね」 本気か冗談なのかわからない、いつもの口調で古泉は答えた。 そうかもな。でも、新しい世界を探さなくてもここも結構いいとこになったんじゃないか? 世界中のどこを探しても、朝比奈さんのそっくりさんが2人も居る場所なんて無い。 「そうですよね。悪い人はみんなやっつけちゃいましたから」 元気になったハルヒと長門を連れて、朝比奈さんもテーブルまでやってきた。 神に阿修羅に四天王。 この世界を支配していた存在は全部倒してしまった事になる。 ようやく目が元に戻ったのだろう、長門と一緒にハルヒが歩いてくる。 「ねえキョン、あんたはこのゲーム面白かった?」 水晶の一つを手に取り、覗き込みながらハルヒが聞いてきた。水晶の中で反転したハルヒの顔を見ながら答える。 それなりに、な。でもまあ所詮ゲームだ。 いつも巻き込まれてる不思議な出来事に比べればどうってことない。 「ふ~ん」 水晶をテーブルに戻し、ハルヒは俺達の前を通り過ぎて扉へと向かって歩いていく。 扉の前に立ったハルヒは、俺達を振り返った。 「行きましょう」 ハルヒの顔には迷いは無い、聞いても無駄だが一応聞いてやろう。 「何処へでしょうか?」 「何処へですか?」 何処へだ。 俺達の声が重なる。 我らの女神はいつものように胸を張り、満面の笑顔で宣言した。 「私達の世界へ!!」 そしてハルヒが扉を開き、隙間から溢れ出した光がその顔を照らす……。 「おい!誰か中に居るのか?」 乱暴にドアを叩き続ける音が狭い室内に反響する。 突然暗闇が視界を覆い、それが自分がヘルメットをかぶっているからだと気づくのにしばらく時間がかかった。 その間も苛立たしげなノックはエンドレスで続いていて、俺は慌ててヘルメットをテーブルに置いてソファーから飛び起きると ドアの鍵を外した。 扉を開けると、狭いブースの通路に知らないおじさんが立っている。 「あんた、いったいどこから入ったんだ?」 作業服に身を包んだおじさんは、俺の顔を見て不審そうな顔をしている。 えっと、入口の自動ドアからなんですが……。 「ああ、だから入口が開いてたのか。誰だ鍵を開けたままにしたのは……すまんがオープンは来週の日曜だ、また出直してきてくれ」 おじさんは俺を部屋の外へ追い出すと、部屋の中に色んな工具を運び込み始めた。 ……改めて自分の姿を確認してみる。 朝比奈さんに貸したはずの上着はちゃんと着ているし、ハルヒの力に負けて飛んでいったはずのボタンも全部付いている。 腰にはホルスターも当然銃もない。まあ、あったらあったで困るが。 ……ちゃんと現実に戻ってこれたって事か?それとも全部夢だったのか……? 俺ははっきりしない頭を振りながら、みんなを起こすために順番にドアを叩いていった。 全員が揃ってブースから出てみると、ゲームセンターの中には作業服に身を包んだ人が大勢溢れていて配線や機械の設定の 最中だった。 どうみても今日オープンって感じではないぞ、これは。 「なんで? オープンって今日じゃないの?……あれ? チケットって誰が持ってたっけ?」 ポケットを探すハルヒに長門が5枚のチケットを差し出した。 ハルヒはそれを受け取り、日付を確認してみる。 ……あの世界はやっぱり現実だったのか。 ハルヒが持つチケットの裏には、大陸世界で別行動する時に書いたマークが残されたままだった。 「来週じゃないのこれ!」 怒りにまかせてチケットを押し付けられた俺は、ハルヒがマークに気づかないようにそっと自分の上着にそれをしまった。 間違えた俺達が悪いんだ。とりあえずここを出よう、仕事の邪魔になってる。 俺の言葉を待っていたかのように、ブースの前に立つ俺達を押しのけるように大きな看板が運び込まれてきた。 看板には大きく「魔界塔士SaGa」と書かれている。 「ふ~ん……」 ハルヒは看板をしばらく見ていたが、やがて興味を無くしたのか出口へと歩いていった。 朝比奈さんが着替えを終え、俺達がゲームセンターから出た時にはすでに夕方を過ぎていた。 「……すみません、バイトが入ってしまいました」 外に出た途端、古泉がそう切り出した。 見るからにハルヒは不機嫌だからな、まあがんばれ。 「え~? ……古泉君はバイトだしもうこんな時間だし今日は疲れたし……今日はもう解散ね」 携帯電話を見ながらハルヒが愚痴った。 お前でも疲れるって事があるんだな。 解散と言って駅まではどうせみんな一緒に行くことになる。ハルヒについて長門と朝比奈さんが歩いていき、俺もそれについて 行こうとすると、 「よかったらご一緒しませんか? 今回のバイト先へ行く途中で貴方の家の傍を通りますので」 わざわざ俺だけを誘うって事は何か意味があるって事か。 俺は長門に古泉と一緒に帰る事を伝え、むかつくほど都合よくやってきた黒いタクシーへと乗り込んだ。 「今回は誰の仕業だったんだ?怒らないから言ってみろ」 俺の不機嫌な視線を受けながら古泉はいつもの笑顔で前を見ている。 「僕は最初、機関のメンバーの暴走。そう考えていました」 考えていました。って事は違うのか? 「ええ、残念ながら。確認してみましたがそのような事実はありませんでした」 いつ、どこで確認したっていうんだ? ……それはいいとして、 残念ながらってのはどーゆー意味だ? まさかお前、神になりたいなんて思ってるのか? 「今回のような力を持つ者が我々の機関に居れば、万一の時の切り札になるでしょう?我々には貴方のような切り札はありません ので」 何の事だ? 古泉の想像している切り札と、俺の持つ切り札は違うだろうがわざわざ教えてやる義理はない。 「ご想像にお任せします。さて犯人について、ですが」 知ってる事は全部話せ、知っていても何もできんかもしれんが心の準備はできる。 ついでに言えば、逃げ出す事もできなくもないかもしれんからな。 「長門さんでも朝比奈さんでもなく、涼宮さんも直接の原因ではなかったようです」 ……じゃあ誰だよ。 新たな人物の登場か? できれば常識のある人でお願いしたい。 「僕が以前、神の定義についてお話したのは覚えておいでですか?」 ああ、前にタクシーで聞かされたあれか。 残念ながら覚えておいでだ。 自らの意のままに世界を作り変えるような存在、などという妄想のことだよな。 「ではお聞きします。貴方も見たあの男性、彼は神と呼ぶべき存在だったでしょうか?」 シルクハットをかぶり、俺達を欺いてきたあの笑顔を思い出す。 いいや。 あんな奴が神様でたまるかよ。 面白半分に世界を壊すなんてのはテレビゲームの中だけにしておけってんだ。 「そうでしょうね。人間は神には自分達を庇護する親のような存在であって欲しいと願っているのでしょうから」 まるでお前が人間じゃないみたいな言い方だな。 天使なら朝比奈さんだけで十分だ。 「僕から見ても彼は神と呼ぶには身勝手過ぎました。涼宮さんが力を自覚したとしても、ああはならないでしょうね」 まだハルヒが神様だとでも言いたいのか? 「話が逸れました、ここから先は僕も聞いた話なので直接本人からお聞きになるといいでしょう。さあ、着きました」 俺の家まで送るとか言っておいてどこに運んでいるかと思えば……。 タクシーの窓から見える見覚えのある建物、それは長門の住むマンションだった。 まあいい、長門には色々聞いておきたい事がある。 俺は料金を支払う事無くタクシーを降りた。メーターが動いてすらいなかったからだけどな。 運転手も何も言わないでいる所を見ると機関とやらの一員なんだろう。 どうみても普通のドライバーにしか見えないが、閉鎖空間では赤い光に包まれて神人相手に戦っているのかもしれないな。 ……ゲームの世界よりも、むしろ現実世界の方が現実離れしてる気がしてならないのは俺の気のせいなのか? 「ではまた、部室で」 後部座席の窓を下げ、古泉は笑顔で手を振っているが……。 おい古泉。 一つ確認しておきたい事がある。 「なんでしょうか?」 ゲームの世界で、神の力でお前が混乱した時の事なんだが。あの時の事は覚えているのか? 意味深な笑みを浮かべながら、 「忘れられそうにありませんね」 寒気のするウインクを残して窓を閉めると、古泉を乗せた謎のタクシーは走り去った。 犯人は長門でも朝比奈さんでもなくハルヒでもない……まさか、俺だとか言うなよ? まあいい、ともかく長門に話を聞こう。 俺がマンションの入口に向かうと、暗証番号のパネルの前に立つ無表情な女子高生の姿があった。 こちらに無機質な視線を向けているのは、言うまでも無く長門有希。 どうやってタクシーよりも早くマンションまで戻ったのか? なんて事は聞いても無駄だろう。長門がその気になれば、距離も時間も関係無いんだろうし。 話を聞かせてくれるんだよな? 俺の言葉にうなずき、長門は暗証番号を入力してマンションの扉を開いた。 長門のマンションに入るのはこれで何度目になるんだろう? 一人暮らしの女の子の部屋を夜に何度も訪ねる俺の姿は、監視カメラの向こうではどんな風に見えているんだろうな。 恋人? 友達? それとも近所に住んでいる家族とか。 まあ、宇宙人に怪奇現象の発生理由を聞きに行ってるとか、過去に閉じ込められたので未来に帰る為の方法を聞きに行っている とか、暴走女を監視している事を打ち明けられに行っている等と想像できるような奴が居たなら即、SOS団に勧誘だ。 そんな妄想を広げながら現在の階数を表示するパネルを見ていると、目的の階に到達しエレベーターは停まった。 長門の部屋は以前見た時と同じで殺風景だった。 家具らしい家具は以前とかわらずコタツくらいしかない。 ある意味清清しいとも言える。 エアコンがついてるから暖房は大丈夫か、カーテンがないから非効率だな。 冬を目前に控えた宇宙人の暖房対策を確認していると、台所から長門がポットと茶器セットを持って戻ってきた。 電源コードの無いポットか、懐かしい物を持ってるんだな。 長門がお茶を準備し始めるのを見て、俺もコタツを挟んだ向側に座った。 俺の視線を気にする事無く、長門は黙々と急須にお湯を注いでいる。 古泉には先に犯人を教えたんだってな? 俺の質問には答えず、長門は湯飲みにお茶を注いで俺の前に置くとそのまま固まってしまった。 そのまま無言の時間が経過する。 ……お茶を飲むまでは質問には答えないつもりか? 宇宙人にはどんなルールが存在するのか知らないが、とりあえず俺は湯気を立てている湯飲みを手に取りそっとお茶をすすり 飲んだ。 もしかしたら、飲み干したらお代わりを注ぐのが長門の流儀なのかもしれない。 お茶を飲みながらそう考えた俺は、半分ほど飲んだところで湯飲みをコタツの上に戻した。 ……よし、お代わりは来ない。 俺が湯飲みから手を離すと、それに連動したかのように長門の手が急須に伸びた。 待て、お代わりが欲しいんじゃないんだ。 あまりここでのんびりしてると帰る方法がなくなる。今日は自転車で来ていないんだ。 犯人はいったい誰だったんだ? 頼む、俺を指差したりするなよ? 「犯人という言葉に該当する者は居ない」 ……自然現象だったって事か? 「その表現でも間違いではない」 なるべく簡単に説明してもらえるか? そしてできれば手短に頼む。 「涼宮ハルヒは神の存在を認めていない、しかし神という存在が持つであろう力は想像している。その力は自らの思うがままに 世界を作り変える力。彼女の力は神という存在にそんな力を与えた」 与えたって……。 神様なんていないんじゃないのか? 「確認されてはいない」 まあ、そうだけどさ。 悪魔の証明みたいなもんで、居るという証明ができなければ存在しないって事にはならないのか? 「殆どの人間はそう考え、同時に存在していて欲しいとも願っている」 確かに……。 「そんな不確定な筈の存在でしかない神を、大勢の人間が一つのイメージで認識するゲームが存在した。そのゲームは100万人 以上の人間がプレイし、結果多くの人の認識の中で神は一つの形になった。それが、彼。三年前のあの日、惑星レベルの 情報フレアの中で涼宮ハルヒの認識に従い、多くの人間の中で「神」と認識されていた彼もそれなりの力を手に入れた。ゲームの中 の彼は退屈していた、自分の想像するストーリーを超えるような冒険者がいつまで経っても現れなかったから。彼は自分を心から 楽しませるような存在が現れる事を願った」 ……でも、それは所詮ゲームの中の神様なんだろ? それがなんであんな事になったんだ? ゲームの世界に引き込まれるなんて事が起きたら、普通は失踪事件とかになるだろ。 「統合思念体は彼とコンタクトする事を望んだ。しかしゲームという制約の中の彼からは有益な情報は得られなかった。急進派は 彼に暫定的に現実世界に対して干渉できる力を与えた」 ……って事は何か? お前の上司の誰かが、ゲームの中の神様に余計な力を与えたって事か? 俺の質問に長門はうなずいた。 ……もしかして、その急進派ってのは朝倉を送ってきた奴と同じ奴か? それなら一発殴ってやらないと気がすまない。 「力を得た彼は自分が望むような存在が現れるのをじっと待った。その条件に適合したのは、涼宮ハルヒ」 あいつは予想の斜め上を行くのが基本だからな、製作者としては見ていて飽きないだろうよ。 じゃあ、お前があのゲームに興味を引かれたってのは 「ゲームから涼宮ハルヒの力に近い何かを感じた」 ……やれやれ、意思があるだけハルヒの描いた絵よりも性質が悪いぞ。 それであいつはどうなったんだ? またこんな事が起きたりするのか? 長門は首を横に振る、神のその後については長門は答えようとしなかった。 まあ、同じような事が起きないならそれでいいさ。 なあ、ここからは秘密の話なんだが。 まて、秘密の話をするにしても、だ。 ……俺がここで話す言葉ってのは統合なんとかってのにも聞こえてるのか? 「手に入れた情報は統合思念体に全て報告している」 そうなるとまずいな……。 それってなんとかなるか? 内緒話というか秘密の話をしたいんだが。 俺の言葉を聞かれても、長門は何故かすぐには答えてくれなかった。 まずい事をいったのか? と俺が思い出した頃になって、 「秘密にする」 長門はそう呟いた。 俺はコタツの向かいに座る長門の目を見ながら話し始める。 ……俺を殺さなくて大丈夫だったのか? 俺の言葉に長門は何も反応を示さなかった。 お前の上司は、あの場所に居たハルヒと神以外の存在を消せって言ってたんだろ? それなのに俺の手助けをしちまったら 色々大変なんじゃないのか? 今度は返事があった。 「大丈夫」 本当か? どう考えてもまずいと思うんだが……。 「あの時、情報連結は不安定な状況だった。貴方を殺害する為に発砲した直後に「連結は完全に途切れてしまった」事にした。 神が貴方によって消去された事は統合思念体に報告していない。ゲームセンターに戻った後、ゲームの世界に入る前の状態まで 情報を改竄。情報連結を復元して、涼宮ハルヒは現実に戻り神は消滅した。と事後報告した」 よくわからんが……つまり誤魔化したって事か? 長門はあっさりとうなずいた。 それってばれたりしないのか? まあ、お前が本気で誤魔化そうとすれば普通は誰も見破れないと思う。 でも相手はお前の上司なんだろ? 色んな可能性を考えているのか、しばらく沈黙した後に 「貴方が、秘密にしている限り」 長門は、そう付け加えた。 何故かはわからないが、長門は聞かれるまで黙っている事はあっても俺に嘘をつかないと信じている。 だからこの時も俺は長門の言葉をそのまま信じる事にした。 じゃあ2人だけの秘密だな。 俺はテーブルの上に右手の小指を差し出した。 長門は指の先を見てじっとしている。 ああ、知らないのか。 長門、右手の小指を出せ。 言われるままに差し出された長門の細く小さな小指に、俺の小指を絡ませた。 軽く手を上下してみたが、長門はじっとされるがままになっている。 これは、約束を守る時にする御呪いみたいなもんだ。 万能元文芸部員は不思議そうな顔で、俺と絡ませている自分の小指をいつまでも見つめていた。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅴ ~終わり~ その他の作品 ~後日談~ 週明け、これからはじまる一週間を考えていつもなら軽く憂鬱になるはずの登校中、俺はそれなりに機嫌が良かった。 平凡な日常に戻れたという事実、それだけで幸せを感じられる程に昨日の出来事は非日常過ぎたからな。 「おい~っす、なんか機嫌いいな?」 俺の肩を叩く谷口にも笑顔を返してやれるほどに俺は寛大な気持ちになっている。 たまにはのんびりした日常もいいもんだって思ってな。 「あ? 何言ってるんだお前。変な物でも食ったんじゃねえのか?」 気にすんな。 もしかしたら、こうして俺がのんびり歩いている間にも東京は朱雀に襲われているのかもしれない。 でもまあその時はその時だ。 昨日の俺達がいずれなんとかしてくれるだろうさ。 「……おい、本当に大丈夫か?」 薄く曇った灰色の空を見上げて微笑む俺を、谷口は不審そうな顔で見ていた。 いつもの教室、いつもの机。 「おはよう」 いつもの俺の後ろの席。ハルヒがそこに居た。 今日はちょっと変な顔をしている。 何か言いたそうな、言ったらばかにされそうな、でもいいから聞きなさいよと言いたげな……とまあそんな顔だ。 どんな顔だそれは、と言われれば迷わず俺を見上げるハルヒの顔を指差してやろう。 おはよう、今日も早いな。 月曜の朝にそんなに早く登校できる理由を教えて欲しいね。 席に座った俺にハルヒが詰め寄ってくる。 「あのさ、昨日のあれだけど……あれって本当にゲームだったの?」 ……。 ゲームをクリアして現実に戻れたらこいつをどうやって誤魔化そうか、阿修羅と戦うまでの俺はそればかり考えていた。 しかし、エンディングかと思ったら製作者が登場して戦闘になり古泉と朝比奈さんは混乱して、長門は寝返るしお前は 目潰しくらっちまうという状況で……言い訳はよそう、忘れていた。 「なんか釈然としないのよね……リアル過ぎたっていうか。説明できない事ばっかりだったもの」 さ、最近のゲームは凄いからな。 あまり余計な事は言わないほうがよさそうだ。 「……」 当然ながら俺の苦しい言い訳では納得できないらしい。 ハルヒ。 あれがゲームかどうかはおいといて、だ。 「何?」 俺が気になってるのはそこじゃなくて、お前の考え方なんだよ。 お前、誰かに決められたストーリーのゲームと、誰にも予測ができない現実ではどっちが面白いと思う? ハルヒの顔が当たり前でしょ?と言いたげな顔に変わる。 「そんなの、現実に決まってるじゃない」 そうかい、それならいいんだ。 俺は安堵しながら視線を黒板へと戻した。 「なによそれ」 お前が「ゲームの世界のほうが面白い」なんて認識になってないか不安だったんだよ。 放課後、掃除当番を終えた俺は朝比奈さんにも今回の事情を話しておかないといけないな~等と考えながら部室へと向かった。 別に長門に直接話してもらってもいいが、朝比奈さんは長門と2人っきりになるのはまだ怖いみたいだから俺が行くしかないので あろう。無論、せっかく朝比奈さんと2人っきりでお話できるチャンスを古泉にくれてやる気など欠片もない。 「ど~ぞ~」 元文芸部の扉をノックするとハルヒの声が返ってきた。 扉を開くと、部室にはPCの前に座るハルヒとその後ろに立つメイド姿の朝比奈さんが居た。 古泉が居ないのはよくある事だが、長門が居ないってのは珍しいな。コンピ研にでも遊びに行ってるんだろうか? 「ねえキョン、昨日転送したはずのみくるちゃんのコスプレ画像が届いてないのよ。あんた知らない?」 ハルヒが睨みつけるモニターを見てみると、メールの受信箱に未開封のメールは無く、既読にもそれらしいメールは無かった。 お前が送信先アドレスを間違えたんじゃないのか? 「そんなはずないんだけど……おかしいわね」 リロード繰り返したりごみ箱を確認したりしているハルヒの後ろで、朝比奈さんは苦笑いを浮かべている。 まさか、朝比奈さんがお昼休みに部室に来てこっそり削除しておいたとか。 俺の思考を読んだのか、朝比奈さんが慌てて口元に人差し指を立てる。 あらら、正解ですか……そうですか……。 俺は落胆する本音を隠しつつ、ハルヒにはばれないように朝比奈さんを真似て口元に指を当てた。 後でコンピ研の部長氏の所に行ってみよう、削除されてしまったデータの復元方法を知っているかもしれない。 小さな音を立てて扉が開き、無言のまま部室に入ってきたのは長門だった。 いつものようにハードカバーの並んだ本棚から迷う事無く読みかけの本を取り出し、定位置の窓際の椅子へと歩いていく。 「お茶、入れますね」 朝比奈さんが茶器セットへと向かい、長門はしおりを挟んだページから読書を再開する。 ハルヒはまだPCと格闘中だ。壊すなよ? その内古泉の奴も来るだろう――俺はいつもの日常が完全に戻った事を実感しながら自分の席へと戻った。 パイプ椅子に座り、朝比奈さんのお茶を待つこの時間こそが幸せってもんさ。 モニターを睨んでいたハルヒの視線が俺の方を向いている事に気づいてしまったが、気づかない振りをしておく。 ……どうせすぐに非日常になるんだろうけどな、それまではこののんびりとした時間を楽しませてくれよ。 「はい、お待たせしました」 優しく微笑みながら朝比奈さんが、いつものようにお茶を持ってきてくれた。 やはり朝比奈さんに一番似合う服装はメイド服だと確信せざるをえない。 お茶配ったのは俺が最後だったので、空になったお盆を持ったまま朝比奈さんは感想を待っている。 「ありがとうございます。美味しいですよ」 俺のありきたりな言葉に嬉しそうに微笑みながら、朝比奈さんは茶器セットを片付けて俺の向かいに座った。 どうかこんな幸せな日常が少しでも長く続きますように……。 神様はバラバラにしてしまったので、俺は代わりに目の前に居る可愛い天使にそう祈った。 「あ、キョン君。ちょっと見て欲しい物があるんです」 そう言って朝比奈さんがいそいそと鞄の中から取り出したのは、小さな半透明のケースに入った灰色のゲームソフトだった。 「懐かしいですね、ゲームボーイのソフトじゃないですか」 「え?なんですかそれ」 そうですか、ゲームボーイを知らない年代ですか……って貴女は俺より年上なんですけどね。 「昨日、家に帰ったら鞄の中にそれが入ってたんです」 どうやら箱と取扱い説明書は無いらしい。 タイトルを見ようとソフトを手に取ると、俺の肩越しに顔を出したハルヒがそのまま持ち去っていく。 「SaGa2秘宝伝説……。キョン、これってもしかして昨日のゲームの続編?」 ハルヒは俺の肩を掴んで揺さぶっていたが、俺は中々振り返る気になれないでいた。 涼宮ハルヒの欲望2 へ?